5-35:The Body and The Tiger 上

 最も厄介な相手がいなくなったという算段は甘かった。T3とアラン・スミスが去った後、ハインラインの器を討つという指名の前に二人の少女が往く手を阻んだのだ。


 一人は、チェンの報告にあったクラウディア・アリギエーリ。境界性人格障害によるもう一つの人格には畏敬が効かない。ただ、もっと厄介なのはもう一人の方だった。


「……ぬん!」

「甘いですわ!!」


 こちらの投擲を巨大な鉄棒でひと払いする少女――アガタ・ペトラルカの動きが掴み切れない。身体能力と経験値で比較すれば、仮初の体であったとしても自分が遅れを取る理由もないはずだ。


 もちろん、後方で失意に暮れるテレジア・エンデ・レムリアと入れ替わりで、エリザベート・フォン・ハインラインがアウローラを使って加護を二人に付していること、クラウディアとアガタが互いに補助魔法を掛け合い、同時に連携を取っていることもあるのだが――それ以上に、アガタはこちらの攻撃をある程度事前に察知しているような動きをしてくる。


 そもそも、不完全といえアガタが自分の畏敬を完全に無効化している理由も気になる所だ。


「君が本物のニンジャかい……しかし、考え事とは余裕だね……!」


 こちらが状況を把握している中で、緑髪が陣を蹴り、低姿勢で一気に近づいてくる――その拳には第六天結界、直撃すればかなりの威力のある攻撃だ。


 それを躱すために後ろに跳躍すると、空を切った拳の裏で、クラウディア・アリギエーリが笑う。


「アガタ!!」


 後輩から強烈な闘気を察知し、一度きりの切り札である空蝉の術――踵に仕込まれている炸薬を蹴りだし、一気に煙を巻きだす同時に天井にまで移動する。だが、その行動も読まれていたようで、背後にいたはずのアガタが煙を突き破って追撃をしてきている。


「天井突き破って、そのまま星にして差し上げます!!」

「……うぬぅううううう!!」


 逃げ場無し――ならばと、いやむしろ活路を見出すため、こちらも天井を蹴って加速し、相手の鉄棒の一振りにぶつかりに行く。これが単純に力の強い攻撃ならば厄介だが、幸いにして結界の斥力を帯びている一撃だ。体を捻って鉄棒の上部に当たりに行き、上手く結界に乗って敢えて弾き飛ばされる。再び天井へと弾き飛ばされたが、そのまま自分は再度天井を蹴り、二人の少女と距離を取って着地した。


「……なかなかの化け物ですわね、貴方」


 華奢な体が、その手に持つ鉄塊と共に床に着地して轟音を響かせる。


「そういう貴様もな……」


 しかし、やはり今の行動は不可解だった。煙の中で上に移動したことは、原初の虎ですら見切らなかったのだ。それを初見で見切っているとは考えにくい――単純な戦闘力ならこちらが上回っているはずなのに、アガタの予知能力に近い読みのせいで上手く捌かれてしまっている。


(ならば、前提を変えてみよう……初見でないとするならば?)


 彼女が何かしらの力を持って、自分のことを知っているとするならばどうだろうか――思えば心当たりは一つある。少々危険な賭けにはなるが、試してみるか。


「アシモフの子供たちに、この技を見せることになるとはな……」


 手印を切りながらチャクラを練り――実際にこの技を出すのに手印は関係ないし、チャクラなど非科学的なモノも存在はしないのだが、そこは在ると信じ込み、自身を鼓舞することが重要だ――意識が最高に高まったタイミングで、素早く動き出す。


「タカカゼ流忍法奥義……分身の術!」


 紫髪の少女を囲うようにその周囲を周り、時々立ち止まって自分が分身しているように見せかける。周っているときに見えるクラウディア・アリギエーリやエリザベート・フォン・ハインラインは驚いているようだが、肝心のアガタ・ペトラルカは冷静そのものだ。


「アガタ! 今……」

「助太刀は不要ですわ!!」


 取り囲む輪に割って入ろうとするクラウディアを、アガタが左手で制止する。


「……私を信じてください、ティア」

「……分かった」


 二人頷き合い、中央のアガタは鉄の棒の先端を両足の間に置いて眼を瞑った。


「……さぁ、来なさいホークウィンドとやら。そのまやかしを打ち砕いて差し上げます」

「その意気や良し……いざ、参るッ!!」


 少女の周囲を高速で回りながら、徐々に円の半径を狭めていく――牽制として打ち出す投擲に対しては、アガタは少しだけ身を逸らして致命傷は避けている。とはいえ、こちらの最後の一撃に備えて動きは小さくしているせいで、衣服は割かれ、宙に鮮血が待っている。


 そして、投擲で足を狙って相手がバランスを崩した瞬間、一気に背後から――その瞬間、少女は眼を見開き、両手でこん棒を持つ。


「……そこ!!」


 掛け声とともに横に薙がれた一閃は、確かに一つのシルエットを断ち切った――しかし――。


「……手ごたえが無い!?」

「それは分身だ。以前の私なら、そこで貴様に手を出していただろうが……」


 そう、本体である自分は、アガタ・ペトラルカが棒を振りぬいた時には正面に立っていたのだ。彼女が振り向いたことで、結果的に後ろを取ることになったが。


「……これで分かった。貴様が予知能力じみた読みでこちらの動きを捉えていた理由。旧世界の記録から私の戦闘データを参照し……この星の海、すなわち有機型超電子演算器であるレムがどのように動くかを予測し、貴様に助言を与えているのだろう?」


 だから、旧世界と違う動きに対応できなかった――レムのアーカイブに無い動き、それなら予見されない。そして図星なのだろう、アガタ・ペトラルカは初めて少し動揺したように瞳を揺らしていた。


「確かに体に染み込んだ技を敢えて使わず、というのも骨は折れるが……種さえ明ければ対応は可能。さぁ……」

『……ホークウィンド。T3が危機的状況です。私の指示に従って、可及的速やかに指定のポイントまで移動して下さい』


 こちらが勝負を決めようと、改めてチャクラ、もとい呼吸を整えた瞬間に、脳内にチェンの声が響いた。向こうもこちらの状況は見えているはず――あと少しでアガタとクラウディアを倒し、ハインラインの器を倒せるというのは分かっているはず。それを中断させてまでということは、事態は急を要するのだろう。


 しかし、冷酷な軍師としての立場なら、チェンはT3よりハインラインを優先したはずだ。その理由として考えられることは――。


『……情が移ったのか?』

『ははは、まぁ……たかだか三百年、されど三百年……共に歩んできた仲ではありますから』

『そうか……しかし、そういうのは嫌いではない』


 実際、仲間を裏切るような行為に走ってしまえば、奴らとそう変わらない――ならば、ここはチェンの言に従うことにしよう。


「……アガタ・ペトラルカ。なかなか見事な手前だった……レムの助力があると言えど、その覚悟と闘志は一流……また相まみえようぞ」

「なっ……また逃げるの!?」


 アガタの代わりに答えたのはエリザベート・フォン・ハインラインだったが、アガタはレムの声が聞こえるのだからT3側の状況も察しているのだろう、こちらの制止はしてこなかった。ただ、彼女は静かに頷き――それを見て自分は振り向き、夜の闇へと身を投げ出した。

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