4-26:七柱の創造神について 下

「それで、どうします? 創造神たちの話、また今度にしますか?」


 教会から出て少し歩いて、クラウの方からそう切り出してきた。先ほど話をいっぺんに聞いて混乱していると言ったせいか、話を続けるべきか悩んでくれているのだろう。


「いいや大丈夫だ。話を続けてくれ」

「はい、分かりました……それでは、生物の神であるレアについてお話しします。レアは生物の神であると同時に、主神から遣わされた天使を統べる神でもありました。そのため、古の神々とレア神は天使に命を下して戦いに参加していました。

 また、箱舟の中で旧世界の生物たちを管理し、この星に来るまでに人類をお創りになられたのも彼女です。創世記においては、まずは旧世界の植物を世界に植えました。そして世界に草木が満ちた時に、箱舟より動物と人類を降ろしたと言われています」

「なんだかそれだけ聞くと、要は人類の母なわけだから、また人気そうな女神だが……今日まで名前を聞かなかったな」

「理由は二つですね。人類の信仰は教会を起点に集まるので、教会で主に信仰されているルーナ神とレム神が人気なのが一つ。あと、レア神は生物の神であると同時に、エルフの信仰の対象なんですよ。

 レア神は世界に草木を満たした後は、自身の魂を長寿のエルフに移し、南大陸の奥地にある世界樹の下で他のエルフと共に静かに暮らしていらっしゃると……そして、魔王が復活したときには勇者に試練を課し、エルフの宝珠を授けると言われています」

「現役の神様なんだな」

「一応みな現役ではありますが、肉体をお持ちということになるとその通りですね。ちなみに脱線にはなりますが、エルフの使う精霊魔法は、レア神が契約している精霊の助力によって成り立っています。そのため、ある意味レア神は、精霊魔法の祖でもある形です」

「なるほどな……ちなみに、話を少し戻すが、天使ってのはどんなやつだか分かるか?」


 先ほどから名前は出ているが、このまま行くと詳細は聞けずに終わりそうだ。そのため、ここで七柱の講義を中断して聞いてみることにする。


「そうですね、最初にお伝えしたように、主神が七柱に遣わした天からの使者であり……人に近い形を持ち、強力な力を行使する神の御使いですね。

 一説によると、人の目には映らないのだとか……ともかく天使は、古の神々との戦いが終わった後、惑星レムについてからはハインライン神やアルジャーノン神と共に魔獣を倒し、その多くはルーナの月へと還って、邪神ティグリス復活の際に備えて眠りについていると言われています」

「ふぅん……羽とか生えてないのか?」

「羽……ですか? 一応、そのような解釈は聞いたことは無いですが……」

「いいや、気にしないでくれ。俺の前世の辞書の中では、天使には羽が生えてたってだけだから」


 そもそも、前世的な天使の知識だって人々の創作だろう。それが正しいとは限らないし、同じ名詞だからといって同一の存在とは限らないというだけの話だ。しかし、人に近い形を持っているのに、人ではない存在とはなんだろうか。ただ単純に神話の賑やかしと言えばそれまでかもしれないが、数の上で劣勢なはずの七柱が古の神と戦えたのは天使で数を補っていたからのように感じるが。


「……なんだか、アラン君の世界の神話も聞いてみたいですね」

「そうは言っても、色々な宗教があったからな……一概には言いにくいな」

「そうなんですか? ルーナ派とかレム派とか、そういう感じでなく?」

「あぁ、多分この世界でいうところの、主神が色々いるというか……地域によって話す言語も文字も違ったし、それで信じる神様も違った形だな」

「ふむぅ……なんだかちょっとイメージしにくいですね……」


 それも仕方のないことだろう。彼女は生まれた時から、世界的に共通の言語に文化、信教を持つ世界にいたのだから。恐らく多少の地域性はあるだろうが、根本は七柱によって作られた世界に生まれ落ちたのだから、そもそも文化的な違いとやらもピンとこないに違いない。


「まぁ、興味があったらそのうちこっちの話もするさ……今は、七柱の続きを聞かせてくれ」

「はい、分かりました。こちらも大詰めになってきましたね。六柱目は鍛冶の神ヴァルカンです。ヴァルカン神は、古の神々との戦いでは他の創造神達や天使が振るう武器を作っていました。また、惑星レムの海と大気が平定されて後は、天使に土地を開墾するための道具を授けてレア神の植林を手伝ったと言われています」

「なるほど、裏方的な神様なんだな」

「裏方なんていうのは失礼だと思いますよ? 二対の神剣を作ったのも、星を渡る箱舟を作ったのも、そして魔王を封じる聖剣レヴァンティンを作ったのもヴァルカン神と言われています。

 確かに表立った活躍はしていませんが、同時にヴァルカン神なしには今日の惑星レムはあり得ないというくらいご活躍成された神なんです」

「そうだな、裏方は撤回だ、縁の下の力持ちってヤツだな……でも、レヴァンティンって、魔王を倒すための剣だろ? つまり、人間がレムリアの大地に降り立ってからも、ヴァルカン神はどこかで人類に力を貸しているってことなのか?」

「はい、その通りです。南大陸にある険しい山々の奥地、そこにはドワーフたちが住んでいます。ヴァルカン神は、ドワーフ達に自分の技術を伝えて、今もその山からドワーフを見守っていると言われています。

 魔王が復活した際には、エルフの試練を超えてきた勇者に、聖剣レヴァンティンを授けるのもヴァルカン神の役目です」


 そう言えば、この世界に来た時に、エルフとドワーフの試練を乗り越えた勇者に聖剣を授けるとかエルが説明していた気がする。そもそもエルフとドワーフもこの世界に来てから全然見かけていないが、南大陸という所を拠点にしているせいか。


 そんな風に今までの話を脳内でまとめていると、隣を歩くクラウは腕を組んで首をかしげながら小さく唸った。


「さて、最後を飾るのはアルファルド神ですが……実は、私から言えることもあまりないんですよねぇ……」

「えぇっと、そいつは聞き覚えがあるな……自身の名を呼ばれることを嫌う神で、ティアに力を貸していたのはそいつなんじゃないかって話だったな?」

「はい、その通りです。アルファルド神は、確かに聖典にその名はあります。ですが同時に、古の神々との戦いにも、創世記にも、また現在の世界に対する影響に関してもほとんど記述が無く、何をしているか不明な神様なんです」

「だから、ティアに助力をしているのはアルファルド神って推測してたのか……ルーナとレム以外の神でかつ、ハインラインは眠っていて、アルジャーノンとレア、ヴァルカンはそれぞれ縄張りがある。それで、消去法的にアルファルド神って考えてたわけだな?」

「はい、その通りです。ジャンヌさんの言葉を借りるなら、ティアの助力をしていたのはティグリス神になるんですけど……ともかく、そんな訳なので、アルファルド神に関して言えるのはこれくらいです。

 一応、明確に名前はあるのに役割が分からないことから、実は七柱のリーダーなのだとか、はたまた一つ格が下なのだとか色々と論争はあるみたいですが、真実は分かりません」

「なるほどなぁ……」


 本当に居るかも不明な神――本当にいるのなら、何もしていないとしても何某かの役割を教典に偽装して載せればいいし、存在を隠したいのであればわざわざ名前を載せなければいいのに。


 そう思うと、アルファルド神というやつは不気味にも感じる。存在を仄めかした時点で、こうして自分はその神に惑わされているのだから。とはいえ、これに関してもあまり考えても答えは出なさそうだ。深く追求するのはやめておこう。


 ともかく、惑星レムの民に伝えられている神話がどの程度まで事実に基づいているかは不明だが、恐らく幾分か真実も混ざっている。ひとつの仮説ではあるが、旧世界――かつて自分のオリジナルがいた世界で、天使と呼ばれる者と結んだ七柱と、その敵対勢力の間で争いがあった。その結果、旧世界は荒れ果て、七柱達は宇宙船で、生物の住めるこの星に降り立ち、環境を変えて、人と魔族を争わせて文明を停滞させていると。


 また、ゲンブやホークウィンドは、恐らく七柱の敵対勢力になる。同時に、ホークウィンドと味方であったべスターも七柱の敵対勢力側だ。もう一つ、ホークウィンドは、自分のことを原初の虎と言ってはいたが、伝え聞くだけで実際に会ったことは無かったようだ――つまり、自分のオリジナルは、ゲンブやホークウィンドと出会う前に死んだことになるのか。


 さて、果たして七柱とゲンブたち、どちらに正義があるのか。はたまたどちらにものないのか――一応自分は元々べスターと旧知だったのだから、七柱と敵対関係にあったと考えるのが自然だ。


 しかし、そう考えるとまた疑問が出てくる。自分が七柱と元々敵対勢力にあったとして、何故レムが自分を蘇らせたのかだ。レムが七柱である以上、本当に自分が敵対勢力側だったとして、何故敵である自分を復活させるのか?


 一応、彼女はこの世界の在り方に懐疑的だから、そもそも七柱の目的を否定して欲しかったのかもしれない。そうなれば、自分を蘇らせたことも納得する。とはいえ、そうなれば七柱の中でも様々な意見があり、一枚岩ではないのかもしれない。


 そして結局のところ、何故旧世界で七柱達とゲンブたちが争ったのか、そこは全く分からない。自分が出すべき答えは、それが分からないと結論が出せない気がするが――とはいえ、クラウから七柱の説明を受けたおかげで、魔王城から抱えていた疑問には一定の答えは見つかった。


「助かったよクラウ。ご教示ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして……お役に立ちましたかね?」

「あぁ、バッチリだ」

「……本当ですか? アラン君、結構私達に隠し事している気がするんですけど……」

「そんなことは……」


 ない、とは言い切れない。しかし、自分が考えていることは、彼女たちには言うべきではないことだとも思う。クラウたちは、世界に神が居るのが当たり前で、その神々は自分を導いてくれる存在だと信じて疑わない。対して、自分は七柱に対して疑問を抱いている。要するに、自分と彼女たちでは価値観と前提が違うのだ。


 同時に、下手なことを言って彼女たちが七柱に対して疑問や反抗心を抱いてしまうのも危険だ。人の心を読めるのはレムだけと言っていたが、それでもレムだってどこまでこの子たちを護ってくれるかは分からない。そうでなくとも、他の神々に彼女たちの反抗心が読まれれば、どうなるか――そうなれば、自分は彼女たちの一歩先で、この世界の真理に近づかなければならない。


 気が付くと、隣を歩いていたはずのクラウが、いつの間にか自分の背後にいることに気付く。振り返ると、クラウは両手でスカートを握って、視線を落としていた。


「……なんだかね、ちょっと寂しいんですよ……アナタは最初に出会った時には、記憶が無くてちょっと頼りない感じだったのに、どんどん一人で先に行って……置いていかれそうで」

「クラウ……俺は、そんな大したもんじゃ……」

「……なぁんちゃって!」


 ルーナが作った青白い月の光が上がったクラウの顔を照らし出す。そこには舌を少し出して、おどけて見せる表情があった。


「アラン君なんて、ガサツだし無茶するしいい加減だし生活力ないし下品だしスケベだしダメダメなんですから……そんな大層なものじゃないですよね?」

「い、言うねぇ……」


 色々抱え込んで気を病む癖に、おどけて心配かけまいとする――だから、お前だって人のことは言えないけどな、そう言おうかと思ったが止めておいた。


「ともかく、そんなアラン君に一つお願いがあります」

「ふぅ……ダメダメなヤツに頼むのかよ?」

「お願い聞いてくれたら、ダメダメからただのダメくらいに昇格できますよ?」

「なんかそっちの方が単純にダメっぽくて救いが無さそうなんだが……」

「かー! そんな細かいことを気にしたら負けですよ! それじゃあ、七柱に関する講義代でもいいですから、お願い聞いてくれませんか?」

「あぁ、言ってみてくれ」

「はい、えーっと……その、ずっと言おうか悩んでたんですけど……私も、エルさんと同じように、ちょっと帰郷をしたら駄目でしょうか?」

 

 かしこまってお願いするくらいだから、もっと大事かと思ったが、そんなこともなかった。そのせいで、少し構えていた肩の力が抜けてしまう。


「なんだ、それくらいだったら全然いいんじゃないか?」

「いやぁ、でもその……ここからどれくらいの距離にあるのかも皆目見当も付かないものでして……」


 そう言いながら視線を逸らして頬を掻くクラウを見て、そう言えばコイツ、方向音痴だったな――そんなことを思い出しながら、ひとまず沈んだ彼女の表情が落ち着いたことに安堵した。

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