4-25:七柱の創造神について 上
「話を戻しましょう。武神ハインラインは、二対の神剣を手に、邪神ティグリスと激戦を繰り広げた神と言われています。邪神ティグリスを封印してからは、箱舟にて星の海を渡り、惑星レムにたどり着いてからは、多くの魔獣を倒してこの地に安寧をもたらしました」
「……うん? 魔獣?」
「はい。実は魔獣は、この星に先住していた種族と言われているんです。人や動物たちに仇成す魔獣を人が住めるまでに倒した神が、ハインラインと後に語る魔術神アルジャーノンです」
その話だけ聞くと、また七柱の創造神に対する疑問が出てくる。魔獣を見る限り、確かに知的生命体では無いものの、それらを一方的に排除することは前世的な感覚で言えば違和感がある。人もまた生物の一種であるのだから、人類の倫理観で生態系を崩すのは好ましいことではない、というような視点だ。
とはいえ、七柱は神なのだから、すでに人の倫理観など超越しているのかもしれない。それにレムの民にとっては魔獣は恐るべき捕食者であるので、それらを滅した神々となれば人々は疑問も抱かないか。
また同時に、一つの仮説が成り立つ。なぜ七柱の創造神達は、この星を移住先として選んだのか。それは、環境が違うとはいえ、生物が住めるだけの材料が揃っていたからだろう――そんな風に推察している横で、クラウが話を続けている。
「……魔獣を倒してこの地を平定したのち、武神ハインラインは再び邪神ティグリスが復活したときのために眠りについたと言われています。その子孫たちが、勇者の片腕として、魔王征伐に参加していたのですから、本当に由緒正しき家系なんですよ」
「なるほど……ちなみに、邪神ティグリスは復活するって言われているのか?」
こちらの質問に対し、クラウは小さく頷く。
「古の神々との戦いで倒された邪神ティグリスですが、その怨念は七柱の創造神達を追い、この惑星レムにまでたどり来ました。七柱の創造神達が人類を生みだしたのに対応して、邪神ティグリスは魔族を生みだしたと言われています。
そして、いつの日か肉体を取り戻し、再び人類に堕落と絶望をもたらさんとしている……と伝えられているのです」
しかし、実際に邪神ティグリスと言われていたのは白いパワードスーツで、恐らくその主はべスターだった。べスターは魔王を倒すのに協力してくれたし、何より状況を理解できていなかった――つまり、今クラウが言った部分は、恐らく都合の良いように改竄された部分だろう。
そうなると、ブラッドベリが言っていたことも一定の信用があるように感じられる。魔族も七柱の創造神が創った――そもそも、本物の邪神ティグリスはこの星にたどり着いてすらいなかったのだから。
同時に一つ疑問が生じる。本物の邪神ティグリスと呼ばれる存在は、たった一か月程前に初めて惑星レムに降り立ったのだとすると、魔族やジャンヌに力を貸していたティグリスを騙る者は一体何なのか?
それは、考えても答えは出なさそうだ。ひとまず、クラウの話の続きを聞くことにする。
「さて、名前を出しましたし、次は魔術神アルジャーノンについてお話しします。魔術神の名の通り、アルジャーノンは今日存在する魔術のうちほぼ全てを編み出した神様です。ソフィアちゃんを見たらわかりますけど、魔術は大変強力なので、アルジャーノンはハインラインと並んで戦いの神という側面もあります。
そのため、古の神々との戦いや、魔獣征伐にも大いに活躍しました。しかし、アルジャーノン自身は攻撃魔術は好きでなかったようですね……なんでも、簡単で野蛮だとか。この辺りは、ソフィアちゃんの方が詳しいと思いますよ」
クラウは一旦呼吸を入れ、話を続ける。
「魔獣を征伐した後のアルジャーノンは、人々の中で特に知恵のある者を集め、今日の学院の基礎を築きました。学院の目的は治安維持と魔族への対処という側面もあるので、軍にもかなりの影響力がありますが、一番の目的は学問の追求です」
「まぁ、学院なんて名前なんだからそりゃそうだろって感じではあるが……」
「うーん、この辺もソフィアちゃんが話したほうが誤解が無いかもしれないですね。私も正確に伝えられるかちょっと不安なんですが……古の神々の慢心は、学問の追及が発端だったと言われています。過剰な知識は信仰の失墜を招くと……。
そのため、あまりに知ることは好ましくないとされているんです。そんな中で、信仰を忘れずに、同時に人々の生活を豊かにするために学問をする場、それが学院なんです」
あまりに知ることが信仰の失墜を招く、それは前世的な価値観からも頷ける部分ではある。個人の信心の差異は置いておくとして――何か超常的なモノをどの程度認めるかの差異はあったように思うが――科学の発達した世界では、学問の中そのものでは神の存在を前提としない。それはある意味、人が理解しえない領域を神という言葉に任せていたのに対し、知れる領域が増えてきたことで、神という曖昧な概念が希薄になっていっていたのではないか。
そういう視点では、旧世界の人類は、神に近づいていたとも言えなくもないか。それは人間の奢りであったのか、曖昧なものからの自立するという成長を意味するものだったのか――まぁ、それはこの際どちらでもいいか。
肝要なのは、この世界では旧世界の人類が歩んだ道を、七柱は歩ませないように意図的に仕組んでいるという点か。だが、それなら最初から学院などないほうが合理的な気もするが――一部のエリート機関にのみ知識を授けることで、社会のバランスを取ろうとしているとするなら、ある程度の納得は出来る。
「……ともかく、魔術神アルジャーノンは、学院を作ってからは女神ルーナの作った月で隠居をしていると言われています。ただ、学院長はアルジャーノンの声が聞こえるなんて噂もありますが……本当の所は分かりません」
クラウがまた言葉を切ると、今度は少し沈んだ表情になる。
「次は、名前も出しましたし、月の女神ルーナの話をしましょうか……」
そう言いながら、クラウは物憂げな表情で祭壇を見つめた。やはり自分を見捨てた神について話すのは抵抗もあるか。
「無理に話さなくても大丈夫だぞ?」
「大丈夫ですよ……仮に見放されたとしても、祈りを捧げることに意味はあると思っていますから」
クラウはそっと両手を合わせて目を瞑る――先ほども、こうやって自分を見放した神について祈っていたのだろうか。そう思うとやるせなさもある反面、同時に彼女の信仰の厚さと甲斐甲斐しさが垣間見えて、自分としては複雑な心境になる。こちらとしては純粋な彼女の気持ちを裏切ったルーナ神に文句の一つでも言いたいが、それはクラウ自身が望まないだろう。
実際、こちらとしてはクラウを見捨て、アガタに中指を立てられるような神という認識しかルーナ神にはない。むしろ、もう少し客観的な情報が欲しいのもまた事実ではある。
「それじゃあ、ルーナ神についても教えてくれ」
「はい……女神ルーナは七柱の創造神の中でも、女神レムと並んで主神に最も近い位置に居るとされている女神です。古の神々との戦いでは、主神の詔を受け、女神ルーナがそれを他の神々に向けて発信していましたが、説得は上手くいかなかったようです。
創世記では天上にもう一つの月を作り、この世界の大気を鎮めました。ルーナが大気を鎮める前の惑星レムは、灼熱と極寒を繰り返す厳しい環境だったようですね……これらを平定したことから、ルーナは慈愛の女神とされています」
もう一つの月を作ると、大気はどうなるのか――確か、衛星があると惑星の自転速度が遅くなり、地軸が代わるという話だったか。むしろ衛星が無ければ、地表では強風が吹き荒れるという事だった気がする。
なるほど、元々一つあった衛星だけでは旧世界と同じ環境ではなかったから、もう一つ衛星を足したと考えれば荒れ狂う大気を収めたといういう伝承とも辻褄が合う気がする。とは言っても、もう一つ衛星を作るという作業自体、とてつもないスケールの話ではあるのだが。
「……月をお創りになられてからは、人々に正しい信仰を伝えるため、ルーナは教会を作ったと言われています。その後はアルジャーノンと同様に自ら作った月へとお戻りになられましたが、現在でも教皇に詔を預け、主神と七柱の意向を世に知らしめる活躍をしています」
「へぇ、教皇なんているんだな」
「はい、月から遣わされ、教会の頂点に君臨されるお方で……多大な奇跡を行使する力の代償に、短い年月しか生きられない信託の乙女、それが教皇、通称月の巫女です」
「……月から遣わされるって、文字通りに?」
「はい、本当に月から月の巫女が送られてきます。巫女は少女の姿で現れ、成人する前にお亡くなりになり、また次の少女が送られてくる……こんな感じですね」
月から教皇なる巫女が送られてくる、それが意味するところは分からない。同時に、ルーナの人となりの部分も詳しくは分からなかったが、どうせ掘り下げても本当かも分からないエピソードがずらずらと出てくるだけだろう。そう思い、敢えてそのあたりは突っ込まないことにする。
「次は、女神レムですね。もしかすると、直接お話が出来る分、アラン君の方が詳しいかもしれませんが……」
「それなんだがな、最近ちょっと声が聞こえないんだ。多分、魔王と戦った時に眼から神経をやられた影響だと思うんだが……」
「えぇ!? それって大丈夫なんです!?」
クラウが食い気味でこちらに身を乗り出し、本気で心配そうな表情を浮かべている。とはいえ、彼女からしてみたら崇拝の対象と直接話が出来るなんてすさまじい特権だったのだから、心配するのも仕方なしか。
「まぁ、声が聞こえなくなる直前に、頑張って復旧するとか言ってたし、変わらず見守ってるって言ってから大丈夫だと思う」
「ふぅ……そうですか……早くまた聞こえるようになるといいですね」
「あぁ……まぁ、それで声が聞こえないついでに、折角だからクラウが知っているレムを教えてくれよ」
「……多分この場も見られていると思うので、あんまり下手なことは言えないですけど……」
「大丈夫大丈夫、ジョークも皮肉も通じるやつだから」
「……なんと恐れ多く、罰当たりな……まぁ、私もお力を借りているのですから、なんとかアラン君に誤解の無いようにお伝えしましょう」
クラウはわざとらしく大きく咳ばらいをし、両手を膝の上において姿勢をただした。
「女神レムですが、古の神々との戦いではルーナ神と並び、正しい信仰を伝えるために活躍した女神と言われています。しかし、こちらは上手くいかなかったのは先ほどお伝えした通り……レムの主な活躍は、やはり創世記からになります。
この星に七柱の神々がたどり着いた時、一番最初に対処しなければならなかったことが、荒れ狂う海の平定です。惑星レムの海は意志があり、七柱の来訪を歓迎していなかったと言われているからです」
「……海に、意識があった?」
「うーん、そのあたりは本当のことは分かりませんよね。私も信徒の端くれですが、聖典の記述が全部文字通りにあったとは思いませんし……とはいえ、恐らく近いことがあったのは事実ですよ」
まぁ、クラウの言う通り、海に意識があったということを、単純にそうですかと鵜呑みにはしにくい。実際、海に意識があるというのは、前世的な考えから言うとピンとこない。確かに星を一つの生命体と見なす考え方はあったかもしれないが、それでも星そのものが生物に語りかけてくることは無かったし――まぁそれも、前世の人類が気付いていなかっただけなのかもしれないが――またこの星の海を実際に見た感じでも、生きているというのには違和感がある。
「……ともかく、この星と分かり合うために、女神レムがその身を投げ、海と一体化することで、荒れ狂う海を平定したと言われています。同時に、この星に元々あった強力な意志と一体化したため、この星の全てを見渡せるようになった女神レムは、全ての人の魂を管理していると言われています。
そのため、女神レムには、嘘や偽りは通じません……人々の考えを見通せる女神レムが、厳格な神と言われていたのはこの辺りが所以ですね」
「まぁ、思考が読めるって言ったって、厳格とは限らないってこったな」
「そうかもしれませんね……そう言えば、アガタさんも言っていました。女神レムは優しい女神だって……私も、今は優しい女神であると理解しているつもりです」
アガタから口止めされているからクラウには言うつもりはないが、実際に彼女はレムの声が聞こえるので、伝承という名の又聞きよりはアガタの主観であっても説得力はあるか。
しかし、同時にまた疑問が一つ出てくる。アガタはレムの声が聞こえるというのなら、クラウが多重人格者であるということを公表するように指示を出したのは、実はレムなのではないか?
事実、アガタはなぜ友達を売るようなことをしたのかと聞いた時、黙秘権だとか言って語ってくれなかった。それは、自分の崇拝する神の尊厳を護るためだったのかもしれない。だが同時に、レムとしても致し方ない処置だったとも想像できる――恐らく、クラウに泥をかぶせてしまったせめてもの償いに、レムは彼女に力を貸しているのかもしれない。
こんな風にアガタやレムを擁護するような発想が出てくるのは、自分が二人に対して肯定的な感情があるからには違いないが――実際、二人のクラウやティアに対する接し方を見ると、自分の推論もあながち間違えてはないように思える。
「……アラン君、大丈夫ですか? 難しい表情をしてますけど……」
「……あぁ、ちょっと話が難しくてな」
「ガーン、分かりにくかったです?」
「いいや、そんなことはないさ。ただ、いっぺんに聞いて少し混乱しているのかもな……こちらから聞いておいて失礼かもしれないが」
「いいえ、そんなことはないですよ。情報が多いと、頭を使いますしね……」
クラウはそこで言葉を切って、教会の中を見回した。気が付けば、窓から差し込む光はすっかり鳴りを潜め、内部も細い蝋燭の明かりだけが頼りの薄暗い空間になっている。
「残りは三柱ですが……ひとまず、そろそろ移動しましょうか? 宿までの帰りがてら、残りは話せると思うので」
「あぁ、そうしようか。あんまり帰りが遅いと、二人も心配するだろうし」
ここで一旦話を切り、エルとソフィアの待つ宿へと移動するべく、教会を後にした。扉を開けて外に出る前、今一度祭壇に向かって祈りを捧げているクラウの後ろ姿が印象的だった。
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