3-24:勇者の力と三位一体の儀 下

 その後、エルや他の兵と並んで崖上の魔族をある程度殲滅し終わると、崖下の方でも動きがあった。眼下では先ほどのシンイチの一撃でほぼ壊滅した第一陣との戦闘が行われている。大きな動きがあったのは、むしろ最後列の方だ。


 最後尾と自分のいる位置とでは結構距離はあるが、それでも分かる――というか、何故この気配に偵察の時に気付けなかったのか、恐らくある程度遠方で控えていたのだろう。見れば、対岸の木々がなぎ倒され、巨大な何かが近づいてきている。アレは巨人だ、一つ目の巨人、サイクロプス。それも体長にして十五メートルほどで、木々を薙ぎ払って渓谷に向かってきている。


 巨人が渓谷へと飛び込む――しかし、巨人が着地すると同時に、一瞬で氷の柱と化し、そして灰と化して散ってしまった。ソフィアのシルヴァリオン・ゼロにより一撃で葬られたのだろう。その後も一体、また一体と巨人がやってきたが、全てソフィアの魔術で氷柱になっていた。


 偵察の報告をしたとき、シンイチからは報告内容は八十点と言われた。もしシンイチ自身が敵なら、密集陣形の背後から確実に圧殺する術を考えると――そして魔族側の策はその通りに実行されたということか。


 要は自分が偵察に行かずとも、シンイチは敵の布陣をある程度は正確に把握していたのだ。崖上の罠は偵察に行く前に読んでいたし、報告している時にも知っている風な感じで頷いていた。ソフィアがシンイチは聡明だと言っていたが、まさしくその通り――一応、シンイチからは自分が見てきてくれたから確信できた、とフォローはされたのだが。


 さて、人類側の快進撃は続き、渓谷の出口が見えてきた。自分はと言えば、崖の終点で辺りを見回す。聖剣の一撃で崩された魔族側の隊列も既に復活しているようで、荒野の北側と東側を蓋するように隊列が組まれているのが見える。


 対して、人類の旗柱は迷うことなく渓谷を進み続けている。


「……テレサ!!」


 シンイチが声高にその名を呼ぶと、対岸から亜麻色の髪が飛び降り、軍団の先頭に合流する。そして、シンイチの前にこちらから見てアレイスター、テレサ、アガタの順に三人が並ぶ。


 背後で、シンイチは目をつぶりながら、聖剣を胸の前に掲げる。


「……さぁ、いくよ、みんな!」


 聖剣の鍔の部分にはめ込まれている宝石が輝いたと思うと、アガタたちの体を金色の光が包みだした。


「三つの心を……!」

「今、一つにして……!」

「我らの力を、限界まで引き出す!!」


 三者の叫びが渓谷に木霊するのと、勇者が輝く機械剣を前方へと突き出した。


「トリニティバースト、発動!!」


 シンイチが叫ぶと、勇者とその仲間たちを中心に金色の柱が立ち上がった。

 

「神剣アウローラよ、我らに加護を!」


 更に、テレサが剣を掲げる。聖剣の加護が勇者の仲間と後続との兵士達を包み込んでいる。


「神官部隊は結界の準備! みんな私に続いて!」


 アガタ・ペトラルカがそう叫ぶと、そのまま前方へと突撃した。当然、人間が近づいてくれば、魔族側も迎撃の態勢に入る――眼下に一斉に魔法陣が展開され、炎や風の刃、電撃などが合わさり、禍々しい一撃となって谷間をめがけて発射された。


 その災禍の嵐に怯むことなく、紫色の流線が、恐ろしい速度で魔術群に近づいて行く。


「第六天結界! 全! 開!! ですわッ!!」


 その声と同時に、谷間の出口部分をピッタリ覆うように巨大な結界が展開された。その壁は魔術を通すことなく人類側が一気に渓谷の出口まで近づくのに十分な時間稼ぎになった。


 敵の魔術の掃射が終わるのと同時に、アレイスターが魔術杖を振り回し、魔法陣が北側魔族の上空に展開される。


「出し惜しみはしません! ディヴァイン・サンライトノヴァ!!」


 杖から熱線が照射され、上空の魔法陣を穿つと、すぐさま大爆発が巻き起こった。その衝撃は凄まじく、慌てて近くの木にしがみつかなければ吹き飛ばされてしまうほど――人類側の軍団のほうは、アガタと神官部隊の結界でその衝撃を防いでいるようだった。


 耳がおかしくなるほど爆音と、巻き上がる砂塵で、下がどうなっているかはほとんど確認できない――埃が晴れた瞬間、渓谷の出口を少し進んだ辺りにテレサが立っており、神剣を両手に持って、左肩の上に構えている。


「テレジア・エンデ・レムリア……アウローラ、参ります!!」


 翡翠色の剣閃が斜めに走ると、東側に構えていた魔族たちに向けて横薙ぎのような形で光波が走る。その光に呑まれた魔族たちは、塵も残らっていないようだった。


 テレサの神剣による一撃は、先日エルが放ったものよりも強力に見える――アガタの結界だって、普通ならあんな大規模で展開できないだろう。先ほど力を限界まで引き出すと言っていたが、つまりトリニティ・バーストとは、その者の持つ潜在能力を更に引き出す勇者の奇跡なのだろう。


 勇者の仲間がその力をいかんなく発揮した結果、先ほどまで、渓谷の出口に展開されていた圧倒的な数の敵の軍勢は、その過半数を失っているように見えた。


「……もうアイツらだけでいいんじゃないかな」

「馬鹿なこと言ってないの……と言いたいところだけれど、今回ばかりは同意ね……」


 普段は真面目でこちらのいう事を諫めるエルも、今だけは半ば驚き、半ばあきれ顔で眼下の状態を見ていた。


 とはいえ、勇者の仕事は魔族の殲滅ではない、魔王を倒すことだ。人類側の軍勢が谷を抜けきると、シンイチはテレサの横に並ぶと剣を再び掲げた。


「レムの民たちよ! 僕らが魔王を止めてくる……この場所は任せた!」


 シンイチは剣を脇に構えると、一気に魔王城の方へと向けて駆けだした。ここまで最初の一撃以外、目立って戦っていなかったシンイチだが、近接攻撃も普通に強いらしい。刀身部分の端からレーザーのような物が現れ、その巨大な刀で道をふさぐ魔族たちを切り裂いて進んでいる。


 改めて、勇者が進む先を見つめる――昨日は夜明け前でそのフォルムが朧げにしか見えなかったが、今ははっきりと見える。大地に埋まる傾斜した柱、その基幹は金属の板。それは魔族の技術では作れないものなのだろう、痛んだ部分を木材や石材で継ぎ足していった結果、子供のブロック遊びのような歪な建物になっている。


 同時に、先日確認した赤く走る流線は、結界の役割を果たしているらしい。そのため、外からの魔術の一撃や、勇者の聖剣の一撃では倒壊は難しいということだった。


 何より、気になるのは、その柱の刺さっている個所を中心に、地面が隆起している――要はクレーターが出来ている点だ。クレーターの内側に、先日みた集落が、放射線状に広がっているのだ。


 端的に言えば、アレは何某かの人工物が、天から降ってきて、地表にぶつかり、その残った基幹部分を魔族が居城として利用している――改めて日の光の下で見てみると、そんな印象を抱いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る