3-23:勇者の力と三位一体の儀 上

 砦に戻ってから、偵察の報告をすぐに行った。自分は心身ともに限界だったので、そのあとはすぐに寝る準備に入ったが、シンイチとアレイスターで作戦は決めたようで、明日の夜明け前には進軍が始まることになった。


 翌日、ギリギリまで寝かせてもらえたのだが、起きてからの準備はあわただしいものになった。何せ、こちらの寝起きでほぼ他の兵たちは出立の準備は出来ていたのだから、用意が出来ていないのは自分だけだ。寝る前にクラウから強壮剤をもらって飲んでおいたおかげか、疲労感はそこそこ和らいでいる。とはいえ元気の前借というやつには変わりないので、魔王の討伐が終わったらのんびりと眠りたい。


「……大きなあくびね。余裕ってことかしら?」

「おっと……」


 エルに突っ込まれて、慌てて口元を隠す。確かに、人類の命運を掛けた決戦が控えているというのにあくびもないだろう。とはいえ、エルの方は呆れているわけでも怒った様子でもなく、こちらを見て微笑んでいるようだった。


 大まかに部隊を分けると、現状は死の渓谷を三つに分けて進んでいる。とは言っても一本道、分けるほどの広さは無い。中央の谷の部分に二万人規模の師団が進んでいる――いわゆるファランクスというか、地形の特性上で密集陣形にならざるを得ない。


 師団の前方は、アガタの率いる聖職者達が固めており、その後ろに魔術師部隊と槍兵の混成という形になっている。相手の魔術を結界で弾きつつ、こちらも魔術で応戦する形だ。とはいえ、最前列にはシンイチとアレイスター、二人の火力で正面突破していく感じにはなっている。


 分隊としては、渓谷の崖上を足の速い少数の精鋭で固めている。自分とエルが西側、東側はテレサが配置されている形だ。師団よりも先行して敵の罠を先に潰しておくのが役目になる。なお、クラウは師団前方右翼、ソフィアは師団のしんがりを務めている。


 冬の入口が見え始めているせいか、夜明けは遅い――四時には出立して、すでに七時は回っているだろう。それでもまだ辺りは薄暗いが、ちょうど渓谷の東側から明かりが差し始めた。


 それと同時に、眼下の最前列の進軍が止まった。そこは、罠が仕掛けられていると指摘したところの手前の地点――そのラインを超えれば、二つの種族が雌雄を決する激突が始まる。向こうにも、既に第一陣が配備されているのがうっすらと肉眼で視認でき、ここで開戦の合図を始めようという気なのだろう。


 初めて会った時と同じように、背中に大剣、マントを羽織った勇者が、軍団より一歩前に出た。


「……惑星レムの民よ、どうか聞いて欲しい! 十五年間の軛、人類にとっての災禍……辛く苦しい時だったと思う! だが、それも今日までだ!!」


 叫びながら、シンイチは背中の大剣を抜き出した。その剣を抜き身で見るのは初めてだが――見た瞬間、ぎょっとしてしまった。てっきり、アウローラと同じような透き通るような神聖な刀身をしていると予想したのに、その正反対だったからだ。


 その刀身は、金属を単純に鍛冶によって鍛え上げたものではない。ネジや歯車などの機械部品が見えるその剣は、むしろ前世の武器に近い――要は、聖剣とやらは機械で動く剣のようであった。


「人類の進むべき道を……僕と、聖剣レヴァンテインが切り開いて見せる!!」


 鍔の部分についているトリガーをシンイチが引くと、刀身というべき部分の両端が広がり、中心部分が顕わになる。そして、勇者が機械剣を天に掲げると、中心部分を走る配線のような物に白い光が走り出した。


 剣を掲げた天の先から、一瞬何かが煌めく――アレは、レヴァルの大聖堂を吹き飛ばしたときと同じ物だ。天から一条の帯が、文字通り光の速さで降りてくる。そして、その全てのエネルギーは、少年の持つ機械剣の刀身に宿ったようだった。


「星神【マルドゥーク】……閃光撃【ゲイザー】ッ!!」


 咆哮と共に振りかざされた刀身から、圧倒的な熱量を持つ光線が発射される。その一撃は、ちょうど渓谷の両端に収まる程度の大きさで、真っすぐに進んでいく。いや、正確には収まりきっておらず、左右の崖を抉っている。なるほど、開戦の合図まで前に出るなと事前に言われていたが、これのせいか。


 勇者の一撃が作り出した衝撃の余波のせいで、崖上の木々は蒸発し、谷間に煙と埃が舞っている――次第にそれが晴れてくると、元々見えていた遠方の敵影は姿を消していた。


「……さぁ、レムの民達よ、僕に続け!! 共に人類の明日を、未来を掴み取るんだ!!」


 シンイチが剣を掲げて前に走り出すと同時に、背後の兵たちは歓声を上げ、そして少年の背中を追い出した。


「……なぁ、アレを連発してれば、俺たちいらなくないか?」

「馬鹿なこと言ってないの……聖剣の力は巨大で、全力の一撃は一日に三発が限度らしいのよ……最初の一発はまぁ、兵たちを奮い立たせる景気づけって所ね」

「なるほど、どう足掻いても魔王に叩き込む一撃は残しておかないといけないから、俺たちみたいな雑兵の露払いが必要ってことだな」

「そういうこと……さ、行くわよ!」


 エルはそう言いながら、赤い刀身の魔剣を抜き出して走り出した。自分も慌ててそのあとを追うが、圧倒的な速度で着いて行くので精一杯だった。東側の崖の方を見ると、エルに近い速度でテレサが部隊を先導しているのが見える。


 なんにしても、谷間の兵が進み切る前に、岩石が落とされないように対処しなければならない。そして、茂みから何体か魔族が飛び出してくる――恐らく、岩を落とす係を守るための連中だろう。


「邪魔よ!!」


 黒衣の剣士は、接敵するよりもかなり離れた間合いで真っ赤な刀身の剣を振り下ろした。剣が描いた軌跡に炎が現れ、鞭のようにしなって現れた獣人を焼き払う。エルの勢いはそのまま止まらず、敵の軍団の中央に飛び込み、右手の剣を大きく薙ぎ――その剣閃からほとばしる炎が伸び、一撃で六体ほどの魔族を倒してしまった。


「……アラン! 残りを処理して着いてきて!!」


 エルは振り向きもしないで、剣を振った反動をそのまま、一気に体のばねを使って前進を始めた。茂みから二体ほどエルを追う獣人が現れたが、ご命令の通りその後頭部に毒付きの短剣を投げあてた。


 さて、こんな感じでエルの取りこぼしを処理するのが自分の仕事になりそうだ。周囲を少し見ると、対岸では緑の剣撃が走って、魔族たちを薙ぎ払っている。テレサとアウローラの力があれば、東側の崖も問題ないだろう。


 少し進んでから、眼下のほうに目を向ける。あの辺りは、魔法陣が書かれていた箇所だ。報告した結果、恐らく地面や崖の壁に眠っている死体をアンデッド化する陣だろうとアガタが予測していた。


 しかし、明るくなってきたせいで陣の光が目立ちにくい――夜でなければ気が付かなかったかもしれない。その陣の前には、見慣れた緑の後ろ髪が見える。


「……ティア、頼みますわよ!」


 今の声は、自分の足元の方から聞こえた。見るとアガタ・ペトラルカが陣の前で両手を突き出している。


「あぁ、了解だアガタ!」


 なるほど、いつの間にかティアと交代していたのか――しかし、ティアの声には何の迷いもない。アガタに対してあからさまな敵愾心を抱いているクラウとは大違いな気がする。ともかく、神聖魔法でアンデッド召喚の魔法を打ち消しているのだろう、足元とティアの前に光の柱が立ちあがった後、陣は消えているようだった。


「流石ですわね、ティア!」

「ははは、君に褒められると悪い気はしないね……でも、あんまり仲良くしてるとクラウに怒られちゃうからさ」 


 遠目からだが、どうやらティアはアガタの方へ向かってあっかんべーをしているようで、下からは「二人そろってめんどうくせぇですわ!」という叫び声が上がった。

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