3-25:魔王城侵入 上

 軍団が最後尾まで渓谷を抜け切り、ソフィアと合流して後、自分たちも魔王城の方へと向かい始めた。シンイチたちが大規模な集団はすでに殲滅しているので、こちらとしては突発的に魔族の小隊に襲われる程度で大きな戦闘はない。それも、エルとソフィアとクラウが何とかしてくれるので、自分としては後ろで応援するだけだ。


「エル、強いぞ! ソフィア、偉いぞ! クラウはなんか……凄いぞ!」

「褒め方、雑過ぎません!?」


 実際、クラウはなんか凄いのだから凄いとしか言いようがない。もちろん細かく説明すれば、彼女は敵の魔術を結界で防いで自分やソフィアを護り、エルの手が回り切っていない時には的確に体術で敵を倒してくれている。


 ただ、せわしなく動き回ってるせいで、自己主張が凄い部分が凄いのだから、もう総合して凄いという他ないのだ。


「その貧弱な語彙をもうちょっとどうにかした方が良いと思うのだけれど……というか、アナタ暇そうでいいわね」

「ぬぐっ……」


 今は敵の攻撃もなく、四人で前に向かって走っているところだ。走っていると言っても、クラウの補助魔法がある上、ソフィアが無理なくついてこれる速度に合わせているから、エルなど余力が有り余っているだろう。


「アランさんはいいの! 昨日しっかり、スカウトとしてのお仕事をしてきてくれたんだから! それに、前に出られると魔術の邪魔になるし……」

「……フォローしてるんだか貶してるんだか分からないわね、それ」


 ソフィアの悪意なき言葉のナイフに傷つけられたガラスのハートを、幾分かエルの突っ込みが癒してくれた。また、自分がガックシと肩を落としているのを見て失言と気付いたのか、ソフィアは走りながらもごめんなさいごめんなさいとペコペコ頭を下げている。


「こらアラン君、ソフィアちゃんをいじめちゃダメじゃないですか」

「えぇ……むしろ何もしていないんだが」

「何もしてないのがダメなんじゃないですか?」

「なるほど……なるほど?」


 ソフィアからは何もするなと言われていて、クラウからは役に立てと言われている。あっちを立てればこっちが立たない、つまり、これが詰みというやつか。


「まぁ、ソフィアの言う事も一理あるわ。魔族の大群を相手に、人類側がほとんど消耗せずに進めたのはアランの偵察のおかげだから」

「しかし、シンイチがほとんど全部読んでいたけどな……」

「いいえ、勇者の読みは正確でも、それを確信に変えられたのはアナタのおかげ。偵察が無ければ、他の可能性も全て考慮したうえで軍隊を編成しなければならなかった。今回ほどの最適解にはならなかったはずよ」

「ま、まぁそう言われと悪い気はしないな?」


 珍しくエルに褒められて、なんだかむず痒いような心地になる。


「むぅ……」

「どうした緑」

「呼び方すら雑!?」

「目に良さそうで良いと思うがな」

「むっきー! 折角私も何か褒めてあげようと思ったのに!」

「お、それは聞きたいな。いくら褒められても損はないし」

「えーっと、えーっと……アラン君、なんか凄いです!」

「褒め方が雑過ぎないか!?」

「ふん! さっきのお返しです!」


 クラウはべっと舌を出して、エルとともに再び前から来た魔族を討つために前へと出た。三体ほどの獣人なら、危なげもないだろう――ソフィアも魔術は使わず、前進することに注力しているようだった。


「しかし、もし偵察が無かったとしたら、もう少し苦戦していたかな?」

「うん、それは間違いないと思う……多分、マルドゥークゲイザーをもう一度使う必要があったんじゃないかな」


 そこまで言って、何か彼女の中でひらめきがあったのだろう、ソフィアはいつものように少し思考を巡らせるために一旦言葉を切った。


「今回の魔族の布陣は、渓谷の地形をいかんなく利用した物だった。魔王戦にシンイチさんが切り札を二枚残せているのは僥倖……というより、多分もう一発、使わせようとしてたように思う。

 レヴァルへの侵攻もそう。シンイチさんと三人の実力があれば、私たちが動かなくてもレヴァルを解放することも出来たはずだよ。でも、レヴァルが陥落している状態だったら、人員が不足していて、勇者パーティーの負担が重かったはず……敵の狙いは、勇者パーティーが魔王城に着くまでに、少しでも消耗させることだったんじゃないかな」

「それはどうなんだろうな。レヴァル侵攻で魔族側は魔将軍二人と多くの兵を失った訳だろ? 勇者を疲弊させるにしても、過剰すぎる気はするがな」

「そうなんだけれど……うーん、考えすぎかな」


 今回ばかりはソフィアの推理も飛躍しすぎか。とはいえ、彼女のこういった推測が外れていたためしがない。確か、魔王は聖剣の一撃でないと倒せないはず――そうなれば、ソフィアのいう事も一理あり、あの聖剣レーザーを三発消費させてれば、魔王側にも勝機がある訳なので、道中で二発でも使わせられればと腐心した可能性は無くはないか。


 とはいえ、憶測を語ったところで実際の所は敵側の参謀にでも聞かないと分かりはしない。自分が考えたところで、なんたらの考え休むに似たりだ。


 ソフィアが話を切ったタイミングで、ちょうどクレーターの天辺が見えてきた。エルとクラウはそこで立ち止まり、眼下を眺めている――自分とソフィアもその横に並び、下の様子を見た。


 クレーター内に反響するような形で、爆発音や魔族の方向、金属の打ち合う音が聞こえてくる。また、ここから正面には、所々煙が立ち上っており――アレイスターの魔術だろう、火柱が立ち上がっているのは魔族の集落の浅い部分で、そう遠くない。もう少し進めば、シンイチたちに合流できそうだ。


 事前の段取りとしては、魔王城に入る前にシンイチたちと合流、その後は後続の兵たちを少し待ち、安全を確保してリソースの補填、魔王城に突入という流れになっている。振り返ってみると、後ろから中隊規模の兵たちが、あと数分すれば追いつくという所まで近づいて来てくれていた。


「……勇者たち、先行しすぎでしょう」


 エルの突っ込みはもっともだ。もう少し手前で合流したほうが安全そうなのだが。


「多分、アガタさんがガンガン進んでるんですよ……あの人、猪突猛進ですから」

「それを言ったら、テレサもその気はあるわね」


 確かに、シンイチとアレイスターは慎重派のように思うから、どんどん進んでしまっているのは女性二人な気はする。とはいえ、君たち二人も大概ガンガン行けど、とは喉元で止めておくことにする。


「……よく、三人で特攻して、シンイチさんにたしなめられてたよ……」


 ソフィアがそっぽを向きながらぼそりと呟いた。まぁ、この世界は女性のほうが積極的なのかもしれない。ともあれ、後続もそう遠くない先に合流しそうなのだから、こちらもまだ前進してもいいだろう。


 クレーターを下って進む分には、ほとんど魔族からの襲撃はなかった。というより、戦える魔族は勇者達の侵攻を止めるのに回っていて、こちらまで手を回す余裕は無いのだろう。


 ほとんど廃墟となっている街並みまで降りてきて、魔王城まで続く道を進む。敵の本拠地だというのに、生き物の気配はほとんどない。というより、戦闘が行われている前面に集中しているというべきか――雨風を防ぐには最低限の機能しか果たさないであろうボロ布で出来たテントの方を見ると、普段は幼い子供でもいるのだろう、中に簡易な玩具の様なものも見えた。


「……戦えない個体は、避難しているのかしらね」


 エルは自分と同じものを見て呟いたのだろう。冷静に考えれば、魔族だって完成された状態で自然発生するわけでないのだ。生まれ、成長し、老いていく――この前の偵察の時も思ったが、魔族にも生活があるなど考えると、多少やりにくい気もする。


 そんな自分の気持ちを察してか、クラウが横に並んで心配そうにこちらを見ている。


「……アラン君、気持ちは分からないでもないですが、今は目の前のことに集中しましょう」

「あぁ……そうだな」


 頷き返し、改めて前に向かって走ることにする。少し進むと、ようやっとアレイスターの背中が見え始めた。


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