3-16:魔王と邪神について 下

「なぁ、そう言えばなんだが。今更ながらに魔王のこと、もう少し聞いてもいいか?」


 こちらの願いには、ソフィアが頷いた。しかし、いつも自分が質問したら率先して答える感じというより、真剣なものだ。流石に人類の仇敵の話ともなれば、真面目にもなるか。


「魔王……魔王ブラッドベリ。およそ三百年周期で蘇り、魔族を束ねる闇の王。その力は強大で、不滅の肉体と魂を持つ……だから、異世界の勇者様の力が無いと、倒すことが出来ないんだ」

「うん、その強大って所をもう少し細かく聞きたいな。もしかすると俺も戦うことになるのかもしれないし、知っている範囲でいいから聞いておきたい」


 自分の質問に対しては、ソフィアよりもアレイスターが先に口を開いた。


「ブラッドベリの力の正体は良く分かってはいません。恐らく、邪神ティグリスの加護があるのだと思われますが、神聖魔法とも、魔術ともつかない能力を持っているようです。

 伝え聞くところによれば、詠唱無しで炎や漆黒の風を操り、触れずとも物を動かし、時に人の思考に干渉し、操る力もあるようです」

「ふぅん……」


 なんとなくだが、前世でいうところの超能力者みたいだ。いや、超能力者が一般的であった訳ではないはずだが――それでも魔王の持つ能力は、パイロキネシスやサイコキネシスとか、そういう現象に近い気がする。


 何にしても、本来は予備動作が必要なはずの魔術ではなく、瞬時に炎や風を出してくるのなら厄介だろう。


「あ、そうだ。その攻撃は、神聖魔法の結界では防げるのか?」

「高い確率で、という言い方にはなります。私も実際に見たことがある訳ではないので……しかし、結界はありとあらゆる物理的な現象を妨げることができますから。第六天結界……枢機卿クラスの結界があれば防げるようです。その点は、アガタさんがしっかり満たしていますね」


 なるほど、それなら魔王に関しては、相手が新しい力でも得ていない限りはシンイチ達に任せておけばなんとかなりそうか。それよりは、もう一体いると推察されている謎の存在――それと対峙する可能性のほうが自分は高いから、そいつの情報が欲しい。


 とは言っても、この場の全員がそれを知っている訳でもないのだから、聞いたところで無駄だろう。恐らくあの地下で聞いた声の主がそいつなのだろうが、如何せん声しか分からない。ここに関しては考えたところで仕様もなさそうだ。


 そう言えば、地下空間で一つ異様なことがあった――それは、先ほどアレイスターが名前を出していた。邪神とはいったい何なのか、恐らく邪神が現れて戦うなんてことは無いのだろうが、聞いておいても損はなさそうに思う。


「なぁ、もう一個。邪神ティグリスって何なんだ?」


 この質問の前に、説明したがりのソフィアが珍しく渋い顔をする。


「うーん……邪神ティグリスについては、人類側にあまり情報はないんだ。分かっていることは二つだけ、七柱の創造神が旧世界において封印した最大の邪神であること、もう一つはそれを魔族が信仰しているんじゃないか、ということくらい」

「ふぅん……なんか、悪を倒した神話のストーリーなんか、人気でみんな知ってそうだけどな」

「そうだね……えと、先生?」


 ソフィアはこちらの意見に同意した後、アレイスターの方を覗き見た。そちらを見ると、いつもの柔和な感じが鳴りを潜め、重苦しい雰囲気になっている。


「……これは、あまり他言して欲しくないのですが……邪神についての情報の少なさは、恐らく教会勢力の情報統制が関係しています。アランさんの言う通り、悪を倒すというストーリーは分かりやすく、七柱の創造神への信仰へと寄与すると考えられます。

 しかし同時に、正義に対する悪という存在は、この世界からはみ出してしまったもの達の心の拠り所になりえます。世の正義が自分に合わないのならば、その抵抗者が自分の味方になりうる、そんな感じですね」


 そこでアレイスターは言葉を一度切った。しかし、彼の言う通り――前世でいうところの判官贔屓や悪魔崇拝、それに先日のジャンヌ・ロペタを見れば、その推察の正しさが証明されるだろう。


 そして同時に、クラウ――いや、クラウディアが教会を追放されたのにも納得か。ティアが正体不明の神から加護を受けているとなり、それがティグリス神の加護である可能性を考慮すれば、彼女自身が言っていたように異端審問に掛けられてもおかしくない状況だったのだろう。


「……なので、教会は邪神の情報を、なるべく人間世界に広まらないようにしているのかと。教会や学院、王国という権威に対抗する旗を作りたくないんですね。だから、この世界では邪神ティグリスはその名を語ることが忌避されるのです……アランさんも、なるべく口に出さないほうがいいでしょう」

「なるほど……忠告ありがとう、気を付けることにするよ」

「えぇ……アランさんの質問の答えにはなっていなくて、申し訳ありませんが……私は教会と学院の知識の占有に関して、少々疑問を持っています。もちろん、人類の目先の課題は魔族との戦いですが、それと同じくらい、今の社会構造が正しいものか問いかけていかなければならないと……。

 しかし、この件は慎重にことを進めなければいけません。恐らく、私の前にも同じように思った者がいて、その誰もが成果をあげていないことを考えれば……迂闊な啓蒙は自らの破滅を招くと、そういうことなのでしょう」


 そこまで言い切った後に、アレイスターはいつもの柔和な雰囲気に戻った。要は、権威に対して危険な思想を持っていることがバレると困るから、少し気が張ったという感じか。


「……まぁ何にしても、まずは魔王退治、だな」

「そうですね。アランさん、相当な達人とのことで……テレサ姫が驚いてましたよ。その実力、世界のためにお貸しください」


 笑うアレイスターの横で、ソフィアが「そうなんです、アランさんは凄いんですよ!」と食い気味で乗っかっていた。それに少し気恥ずかしくなってしまう。


「いやぁ、達人は尾ひれがついてるって。全然お姫様の実力には敵ってないんだからな……まぁ、やれる範囲で頑張ってみるさ」

「はい、よろしくお願いしますね」


 そこで話が切れると、ソフィアが思い出したかのようにこちらを向く。


「そう言えばアランさん、クラウさんに魔術杖の職人を紹介してくれって言われたんだけど、何か知ってる? 最近、ずぅっと工房に立てこもってるみたいだし……」

「あぁ、俺がちょっと、武器の制作依頼を出したんだが……結構マジにやってくれてるんだな、ありがたい」

「ほへー……どんな武器なの?」

「まぁ、それは見てからのお楽しみってことで」


 実際、製図を渡したのは自分だが、お粗末な機構と突っ込まれていたからにはこちらが想像していたものと別物が出てくるだろう。そう思えば、自分自身も完成品を見るのは楽しみだった。

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