3-15:魔王と邪神について 上

 兵舎で寝泊まりするようになってから一週間ほどが経った。テレサとの立ち合いが数日前、結局あの後からエルに訓練をつけてもらうことにした。といっても、逐一試合形式でやるわけではなく、筋トレや素振りなどの基礎的な訓練メニューを考えてもらい、それをこなしているという感じではあるが。


 午前のメニューが終わり、しばらく自室で休憩をしてから食堂へと向かう。正午の時間帯は滅茶苦茶に混むので、少しずらして空き始めを狙うため、敢えてちょっと時間をずらしている。


 しかし、時間をずらしたにも関わらず、今日はまだ食堂は混んでいた。見れば、食堂の一角に男たちが集まっており、アレが混雑の原因なのは想像できた。


「あ、アランさん!」


 ぼぅっと男祭りを眺めていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、小走りにソフィアがこちらに近づいて来ているのが見えた。


「ねぇ、アランさん、お時間あるかな? もしよかったら、ディック先生と一緒に、執務室でご飯食べようよ」


 その提案は、この混みあっている食堂を見れば、至極ありがたい提案だった。肝心の食事は配膳を受けないといけないが、むしろそちらは空いているので、すぐに飯の準備は出来るだろう。


 ソフィアの提案を呑み、食堂の中を歩いている時に、混んでいた原因にやっと気づいた。席で食事にありついている兵の多くは、盆の横に可愛らしい小包を置いている――あれが配られていたから、今日は混んでいたのだろう。


 ◆


「……はい! アランさん!」


 執務室で食事が終わるのと同時に、紙をリボンで止めた小包をソフィアが差し出してきた。そう言えば、レヴァルが攻撃を受けた際、外の兵を鼓舞するのにソフィアがお菓子を奢るとかなんとか言ったらしいのを小耳には挟んでいた。要は、その約束が守られ、それが配られたのが今日だった、ということなのだろう。


「あぁ、ありがとうソフィア……でも、俺も受け取っていいのか?」

「いいの! アランさんもレヴァルを守るのに頑張ってくれたんだから」

「それじゃ、ありがたく」


 受け取った小包を開いてみると、中にはクッキーが三つほど入っていた。食後のデザートがてらに頬張ると、味はいたって普通――よりも若干ぼそぼそしているというか、そんな感じのクッキーだった。


「……レヴァル襲撃のあおりで、普段飲食店をやっている人が休業状態だったから。その人たちを臨時で雇って、なんとか作ったんだけど……やっぱり物資が不足しているから、一人三つが限界で……」

「うん、まぁいいんじゃないか? 物資が無いことは皆わかってるだろうし、それにこういうのは約束を守るのが大切だと思うしな」


 そう言いながら、残りも一つ、二つと頬張る。ストレートに言えば味はしょぼいが、それでもソフィアからもらったことには充足感がある。アレイスターも自分と同様に食べ終わったようで、手についた油を袖でふき取っていた。


「えぇ、アランさんの言う通り……何せ、皆のアイドル、オーウェル准将の奢りですから。兵たちの士気も上がることでしょう」

「そ、そんな、アイドルだなんて……!」


 ソフィアは顔を少し紅潮させながら、両手をぶんぶんと振っている。それをアレイスターはにこやかな顔で見送ってから、こちらに向き直った。


「アランさん、知っていましたか? この子、レヴァルの軍部じゃ大人気で……みんな、ソフィアに無茶させたくなかったのでしょう、それで仕事をなるべくソフィアまでいかないように頑張っていたらしいんですよ」


 なんとなくそれは理解していたが、改めて第三者の口から聞いて確信できた。シンイチは後ろ向きな理由でソフィアを遠ざけたが、ここの人たちはなんというか、不器用だったのだろう。


「……一人やもめが多いですから。娘のように思ってくれていたのでしょうね。しかも、娘との距離感も分からないから、大事にするのと腫物を扱うのを取り違えてしまっていたのでしょう」


 そこまで言って、アレイスターはソフィアのほうへと向き直る。


「まぁ、不器用な大人たちの対応も一理あります。アナタは放っておくと無限に仕事をしますからね、ソフィア」

「むー……でも、みんな頑張ってくれてるのに、私だけのんびりしているわけには……」

「はい、そういうところです。何度も注意したと思うんですが、それはもうアナタの根幹なのでしょうね」


 アレイスターはソフィアの先生だったのだから、ソフィアの悪癖もずっと見てきたのだろう。そして、それを注意しても直らなかった――そしてそれは今もそうであり、執務机の上には、書類が山積みになっている。


「ソフィア、最近も忙しいのか?」


 実際、ここに寝泊まりするようになってから、毎日どこかでソフィアと顔は合わせるものの、ほとんど一緒の時間は無かった。まぁ、どうせ首を横に振るのだろうが――案の定、少女はその通りの動きを取った。


「本国とのやり取りはちょっと多いけど、結局書類に判子を押してるだけだから、そんなに忙しくないよ! それに、今は先生が半分やってくれてるから……申し訳ないくらい」

「ふふふ、私も結局、不器用な大人の一員ってことでしょうかね?」


 アレイスターは照れくさそうに笑い、ソフィアもそれにつられている。二人の歓談を尻目に、先ほどまでつついていた食器に視線を落とすと、その横に地図が広げられていた。


「書類仕事以外にも、これで作戦を練っていたのか?」


 地図を指さすと、アレイスターがこちらを向いて頭を振った。


「一応アレコレ話し合ってはいますが、実際には現地についてみないと何とも言えないのが結論ですね。普段は人類、魔族両軍とも、死の渓谷でぶつかり合い、勇者パーティーが中央突破し、魔王城を制覇する……という流れなのですが。

 今回は、魔族側に参謀がいるみたいですから、どんな布陣で向かい撃たれるかも分かりません。敵方も、こちらが進軍するまでは陣を敷かないでしょうし……なので、出たとこ勝負としか言いようが無いのが現状です」


 その後、ソフィアが白い指で地図を撫で始める。


「一応、魔王城がある場所の地形は分かってるんだ。展開できる場所が死の渓谷を抜けた後の荒野になるから、軍隊が衝突するのはそこになるのが定石だね。まずは勇者パーティーを含む寡兵で山道を突破、残りの兵は勇者を追わせないように後ろから迎撃して、最後は勇者様が魔王城を制覇する、というのがいつもの流れだよ」

「成程なぁ。今回はそれがどうなるか分からない、と」


 こちらの意見に、二人は頷いた。とはいえ、毎回同じパターンで攻められる魔族サイドには問題がある気もするし、相手がどう動くのか分からないのが本来の戦争というものな気もするのだが。


「一応、有力なスカウトを送り込んで、可能な限り情報は収集しています。敵の兵力数などは、ある程度のことは推測できそうですが……どこにどう布陣をされるかは分かりませんね。ただ、勇者の突貫力が並外れているので、基本的にはゴリ押し可能です」


 知的な雰囲気のアレイスターが、眼鏡を上げながらゴリ押しとかいう脳筋な言葉を出してきたので少々笑ってしまった。とはいえ、確かに先日の聖剣の一撃、それに神剣アウローラに、レヴァルの外の大群を追い払ったアレイスターの魔術があれば、あながちという感じではある。


 そうなると、本当に大変なのは、魔王城に突入してからかもしれない。というか、自分は魔王についての情報があまりにも少ない。俺だって魔王と対峙する可能性もあるのだ、聞いておいた方がいいだろう。 

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