2-27:諸刃の刃 上

 アランたちと分断された現状、ソフィアと二人で亡者どもを蹴散らしながら迷宮を出れる出口を探している。ソフィアの意見としては、下手に迷宮内で合流しようとしても、こちらは索敵が出来ず、向こうは火力が足らないから、まずは外に出ようと向こうも考えているはずだというものだった。


 そして、ようやく外へと繋がりそうな登り階段を発見した。恐らく、こちら側は魔族が兵団を送り込むために利用していた道――方角的には目的の方面から逸れて行っていたが、そもそも分断された時に跳んだ方が悪かったのだ、仕方はない。


 階段を上ると、上に天板があり、それを力ずくで押しのける。ソフィアの魔術による人工的な明かりではなく、自然の光が地下空間に差し込んでくる。もっとも、空模様は鈍色なのだが。しかし、大分遠くまで来てしまったようだ。レヴァルの城壁が遠景に見えるから、戻るのにも少し時間がかかるだろう。


「……アランさんとクラウさん、大丈夫かな」


 外に出た瞬間、ソフィアが心配そうに呟いた。魔法の使えないクラウに、前衛としての戦闘力は高くないアランのコンビともなれば、心配するのは仕方なしとも思える。


「……大丈夫よ。アランの索敵があるし、クラウも魔法なしでもそれなりに心得はあるはず。聖水も山ほど持ち込んでいたしね……それに、殺しても死ぬようなたまじゃないでしょう、あの二人は」


 とくにアランなぞ、本当にしぶとい。むしろ死ぬところが想像できないくらいのしぶとさがある。ソフィアもそう思ったのか、不安げな顔が一転して笑顔に変わった。


「そうだね、あの二人なら問題ないよね! それじゃあエルさん、街に戻ろうか」

「えぇ、そうね。そうしましょう」


 二人で街のほうへ歩みだして数分すると、街の警護をするための軍隊が陣を展開しているのが見えてきた。その軍団に近づくと、筋骨隆々といった調子の男が、ソフィアの方へと小走りで駆け寄ってくる。


「ソフィア准将!? どうしてここへ……」

「レオ曹長。レヴァルの地下通路、やはり魔族が蔓延っていて……」


 そう、金髪の少女が端的に部下に説明をしているうちに、妙な感覚が体を襲う。なんとなく、空気がざわついているような、地面が振動しているような――。


「お、おい、なんだ、アレは?」


 顔も知らぬ兵士が、後ろを指さして驚いている。自分もそちらを見てみる。すると、街の上空の雲がうねり、その中央から闇の柱のようなモノが街に差し込んでいる――いや、むしろ逆なのか、アレは地上から天へと上る柱なんだ。


 そして、異常事態は立て続けに起こる。まず、街を囲む城壁が、暗黒の霧のようなモノに包まれたかと思うと、直後に僅かに反射する光が失われた。アレは、恐らく結界が壊されたのだろう。


 さらに、背後から、いや付近からも、先ほどイヤというほど聞いていた声が聞こえ始める。近くの地面が隆起し、そこから動く屍どもが這い上がってきた。


 そして、不死者どもの目覚めを合図にするように、遠方から土煙が巻き起こり始めたのも視認できた。


「……魔族の群れだ!!」


 手持ちサイズの望遠鏡で土煙の方角を見ている兵士からその声はあがった。つまり、端的に言い表せば、私たちは地下に渦巻く陰謀を止めることが出来ず、魔族の侵攻を許してしまったことになる。


 魔族が現れたことに対する兵たちの動きはまちまちだった。すぐに近くから這い上がってきたアンデッドたちと交戦を始めている者もいれば、遠くから押し寄せてくる魔族に恐れおののき立ちすくんでいる者、神に祈り始める者――ともかく、まずはあの大軍の進行を止めなければならないし、同時にこの場を纏める者が居なければならない。


「……どうやら街へ戻るのは、アイツらをどうにかした後みたいね」

「うぅん、エルさんは街へ戻って……ここは、私が指揮するから」


 剣に手を掛けて応戦しようとすると、それをソフィアが制止した。


「でも、ソフィア……」

「……確かに、あの大軍がレヴァルになだれ込んだらひとたまりもない。同時に、恐らく今、壁の向こうも不死者達の襲撃を受けている。

 何より、あの異常現象を起こせるのは、おそらく魔将軍レベル……街を警護している兵たちじゃ、多分太刀打ちできない。エルさんの技と、その短剣が必要だと思うんだ」


 ソフィアは、腰の宝剣を一瞥する。宝剣ヘカトグラム――確かに、魔将軍レベルを相手にするなら、衆前でこれを抜かなければならないだろう。しかし、それは同時に、自分が今まで目を背けていた、この剣の本当の重さを直視しなければならないことを意味する。


「……亡き父の使命を思い出して。それは、その遺志は、本当はアナタに受け継がれているはず……そうでしょう?」


 こちらの迷いを見通してか、少女は真っすぐにこちらを見つめて問うてきた。確かに、そうだ。もし、お義父様がこの場にいれば、間違いなく人々を救うために駆けただろう。


「……言うわね、ソフィア。でも、覚悟は決まったわ。私は、ハインライン……エリザベート・フォン・ハインラインだから」

「うん。むしろ、これはめぐり合わせかもしれない。もし、テレサ様の下に宝剣があれば、レヴァルの窮地にその剣は無かった訳だから」

「そうね……しかしそのプラス思考、誰かさんに影響されたのかしら?」


 なんとなく、アランが居たらそんな風に言いそう、そんな風に思った。お互いに頷き合い、そしてこちらは少女に背を向ける。


「それじゃあ、ここは頼んだわよ、ソフィア。代わりに、大将首を取ってくるから」

「うん、レヴァルをお願いね、エルさん」


 その言葉を合図に、私は走り出し、そして長剣を抜いた。不死者どもは、レヴァルの街に行こうとしているらしく、城壁に向かうにも人類の敵を切る必要があるからだ。


「……皆さん! 私が、ソフィア・オーウェルが居ます! どうか、今こそ力を貸してください!」


 少女の檄を背中に受けると、自然と足が早まった。


 道中の魔族を切り捨てながらしばらく走ると、城塞の入り口が見えてくる。堀に囲まれている構造上、不死者の多くがそこに集まっている。見張りの対応が早かったのか、すでに桟橋は上がっているようであった。


 しかし、本能的に中に入ろうとした結果なのだろうが、亡者どもが桟橋を超えようと群がっているせいで、桟橋の上の先端しか見えなくなるほどの、文字通りの死体の山が築き上げられていた。


「……あんまり気乗りはしないけれどね!」


 不死者どもの体を足場に駆けあがり、一番上の硬そうな頭の不死者を踏み台にして、一気に跳躍する。幸い、まだ門は開いており、なんとか城壁内へと戻ることは出来た。


 中空から中の様子を見渡すと、入口付近では不死者と兵士、それに冒険者たちが戦っているのが見える。そう言えば、こういう時のための建物配置なんだった――しかし、このまま着地すると戦っているところに巻き込まれる。


「……オラァ!!」


 掛け声は、冒険者ギルドのバーンズのモノだった。彼がウォーハンマーで敵を薙ぎ払ったおかげで下に密集していた亡者どもが退き、なんとか無事に着地することが出来た。


「おぅ、エル! 重役出勤だな!」

「遅れて悪かったわね。街中はどう?」

「ずっとこの辺りにいたんだ、こまけぇことは分からねぇ。だが、死体どもは街の至る所から沸いて来てるから、安全な場所はなさそうだ! あと、大聖堂のほうにヤバい奴が居るらしい!」

「そう、そいつがボスね」


 襲ってきたスケルトンの首を斬り飛ばしながら、街の中央に視線を合わせる。まだ距離があって見えないが、向こうでは魔術が飛び交っているらしい。確かに、あそこが災禍の中心と化しているのだろう。


 そもそも、こんな数の亡者を、逐一相手にしていればそれこそ日が暮れる。そして日が暮れれば、夜の眷属たちの力が増す。それならば、アンデッドを操っている術者を倒すのが先決だろう。


 街の中央へと向かって走り出すと、段々と周囲の景色は凄惨なものになっていく。徘徊する亡者、転がる兵や冒険者の死骸――ソフィアの判断が無ければ、兵の警護が無かったはず。そうなると、ここにもっと多くの町民の亡骸が並んでいてもおかしくはなかった。


 そして、死霊使いの恐ろしい点はここだろう。先ほどまで人間だったものの遺体に、黒い霧が纏わりついたと思うと、皮膚が浅黒く変質し――呻き声を上げて起き上がりだす。


「……悪いわね」


 先ほどまで人間だった者を斬りつけるのは心も痛むが、情けをかけていては自分も彼らの仲間入りだ。こちらに襲い掛かってくる個体の首は容赦なく斬り飛ばしていく。


 さて、大聖堂付近のほうは、飛び交っていた魔術の光が鳴りを潜め、代わりに土煙が舞っている。広間に着かんとするに合わせて、徐々に視界が晴れていく。中央広場には、軍人の死体が転がり散らかしており、聖堂の前には――本来、そこは神聖な場所のはずで、それが立っていては行けない場所――長身の悪魔が、最後の生き残りの首を片手で持ち上げていた。

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