2-22:クラウの悩み 下

「……でも、何となく納得です。アラン君、記憶喪失っていうより、この世界のことを知らないって感じのこと多かったですし。それに、頑丈さと異様な索敵能力があって、なんだか不思議な人でしたから。だから、信じます……でも、なんで転生させられたんですか?」

「よう分からん。この世界を見てくれだと。好きに生きていいそうだ」

「はぁ……レム神の見方が変わりました。なんだか、変わってますね。それで、好きに生きていいって言われたのに、こんなヤクいことに首を突っ込んでるわけですか」

「まぁ、成り行きでな……まぁ、エルにもソフィアにも、それにクラウにもティアにも、この世界に来てから世話になったし、その恩返しってことで」

「あはは、アラン君は義理堅いですねぇ……それで、このことって、エルさんとソフィアちゃんは……?」

「いや、クラウに言うのが初めてだ」

「そうですか……」


 そこまで話して、壁に突き当たった。つまり、ここは石の中――というには少し語弊があるかもしれないが、行くことも引くことも出来ない袋小路になってしまっていた訳だ。しかし、目の前の壁は、先ほど落ちてきた天井と同様に、先ほど出来た感じがする。つまり、元々は通路があった部分が、何者かによって埋め立てられた、そんな印象だった。


 ふと、左側の壁が音を立てて開いていく。敵の気配は無い。しかし代わりに、下り階段が出てきた。中はカーブしているようで、これは螺旋階段――つまり、一気に下へと降れる階段なのかもしれない。


「……どうする?」


 そう言って振り返ると、クラウと目が合う。その瞳には力が戻っているようだった。


「どうするもこうするも、ここで生き埋めになって死ぬよりは、罠だとしても進んだ方がマシだと思います」

「同感だ……それじゃ、行くか」


 先に階段を降り始めて、神経を周囲の気配に尖らせる。階段にも、引き続き敵の気配は無い――これは、誘っていると考えるべきか。実際、ジャンヌが敵側にいるとなれば、世話をしていたクラウと接触しようと考えているのかもしれない。


 そして、数段降りた先で、気配が少し動いた。敵が居るというわけでなく、クラウが横に並んできたのだ。


「……すいません、少し自分語りいいですか?」

「あぁ、ただ降りてるのも暇だしな」

「ありがとうございます」


 礼を言ってから、階段を降りる音が響くだけ。しかし少しして話すことの整理が済んだのか、クラウは口を開いた。


「……ルーナ神の加護が無くなって、教会を追放されて……私は、それでも自分にできることを探しました。レム神の加護で基礎的な神聖魔法は取り戻せましたけど、上位の魔法は使えませんから。

 それで、クリエイターも始めたんです。魔法が使えなくなった分、それ以外のことを、出来るようになろうって」

「体術は違うのか?」

「あはは、体術は教会にいたころから練習してましたよ。ともかく、私は……きっと私は、私にしかできないことを、探していたんです。魔法も体術も、ティアと……アガタさんのほうが出来ますから」


 本来なら、この世界では魔法が使えるだけでもエリートだし、そのうえ体術まで使えるとなればクラウはかなり希少な存在と言えるはず。それでも自身の存在意義を見失ってしまうのは、身近の人が凄すぎるせいだろうか。


 そんな風にボンヤリと話を聞いていると、クラウは一歩先に進み、覗き込むようにこちらを見てくる。


「……ねぇ、アラン君、疑問に思いませんでした? ここに入ってから、ティアと交代すれば良いんじゃないかって」

「あぁ、思った。だけど、クラウとティアの脳内会議の結果、交代しないって決めたんだろうからな。俺から言う事でもないかと」

「ふぅ……アラン君、馬鹿だけど頭は悪くないですよね」

「同じこと、エルにも言われたな」

「あはは……うん、それで、ご推察の通りです。ティアと相談して、でも交代はなしって。元々、ティアはあまり外に出たがらないのもありますが、自分の魔法も使えるか分からないし、作ったアイテムを有効活用できるのはクラウだろうからって……」


 なんとなく、ティアと会話したときのことを思い出す。彼女は、クラウの自主性を大事にしていた気がする。もちろん、今言ったことも本心なのだろうが、可能な限りはクラウに頑張ってもらいたい、だからなるべく表に出ない――ティアは、そういう存在に感じる。


 きっと、戦闘に関する能力は、クラウよりティアの方が高い。しかし、クリエイターとしては、きっとクラウのほうが優れている。


「……なぁ、クラウ」

「なんですか?」

「そのカンテラも、お前が作ったのか?」


 その質問に、クラウは目を輝かせて、カンテラをぐい、と持ち上げた。


「はい! これは、魔晶石を利用しています。火を使っていないので火事の心配もありませんし、ある程度は光の強さを調整できます……手が塞がっちゃう分、こういう場では魔術に劣っちゃいますけど」

「でも、普段使いとかには便利そうだ」

「そうなんです! これを使って夜な夜な色々作ってたんですよ!」


 敵地だということを忘れているのか、クラウのテンションは段々上がっている。しかし、相変わらず下からも、もちろん上からも敵の気配は感じない。だから、ひとまずこれでいい。


「それなら、俺も何か作ってもらおうかな」

「えぇ、いいですとも……何をご所望で?」

「そうだなぁ……機械系とかはいけるか?」

「うーん、このカンテラ以外はあんまり作ったことが無いので、ちょっと自信はないですが……やってやれないこともないと思います」

「そうか。まぁ、具体的な案とかはまだ固まってないんだが。後でまた相談させてくれ」

「はい! お任せを!」


 そう言ってほほ笑む彼女は、すっかり自尊心を取り戻していたようだった。こういう時にこそ、本心を伝える価値があると思う。


「クラウ、さっきの質問の答えだがな。頼りにしてるぞ。今までも、これからも」


 こちらの言葉がちゃんと聞こえなかったのか、クラウは目が点になっている。どうしよう、言い直そうか、しかし結構言うのも恥ずかしかったんだがな――そう思っていると、カンテラに照らされている彼女の頬が一気に赤くなったようだった。


「な、な……突然そういう恥ずかしいことをさらっと言わないでくださいよ!」

「いやぁ、元々お前が聞いたんだろ?」

「ふん、アラン君なんか知りません!」


 クラウがぷい、と背を向けたタイミングで、ちょうど螺旋階段も終わったようだった。


「……ねぇ、アラン君」


 背を向けたまま、クラウに名前を呼ばれる。


「うん?」

「もし、思い出したら……ちゃんと教えてくださいね。アナタの本当の名前を」


 緑の髪が揺れ、クラウは頬を上気させたまま横顔を見せる。そう言えば、宿でもこんなことがあった――喋ると面白い奴だが、女の子らしくされると普通に緊張するので、止めてほしい。


「……ふふ、アラン君、照れてるんです? まぁ、美少女相手ですから、仕方なしですよ」

「うるせー言ってろ……さて、ここが終点か?」

「いえ……まだ、道は続いているようですよ」


 クラウが腕を上げ、奥のほうを照らす。すると、そちらの方にはまた通路があり――しかし、よく使われる場所なのだろう、左右に松明が設置されているおかげでかなり明るくなっている。


「アラン君、敵の気配は……?」

「……近くには、いない。だが……」


 点々と灯っている通路の奥、視認は出来ないが、その先に、何者のかの気迫を感じる。遺跡の蜘蛛型魔獣や龍の魔獣とも違う、しかし冷や汗の出るような気配――それが、通路の奥から漂ってくる。きっと、ここは上から見た時に感じていた場所、地下迷宮の最下層、言わば奈落の底なのだろう。


「……恐らく、誘ってるんだろうな」

「なぜ……?」

「さぁ……それは、本人から聞いてみないと分からん」

「質問の代償は命、とかなら勘弁してほしいですけど……どちらにしても、他に道もありませんしね」

「あぁ、クラウ、俺の後ろへ」


 そう言いながら、クラウよりも前に出た瞬間、背中をぽん、と叩かれる。


「ふふ……頼りにしてますよ、アラン君」


 自信を失っていたところから、素直に人を頼れるようになる彼女の心の強さに感心しつつ、灯りの揺らめく通路を進み始めた。

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