2-21:クラウの悩み 上

 先ほど落ちてきた天井は、こちらの力ではどうすることもできなかった。ソフィアの魔術ならとも思って少し待ったが、向こうから壁を壊されることもなかった。彼女の得意とするのは冷気と雷、壁に穴を開けるような物理的な魔術は習得していないのだろう。


 かと言って、大声で連絡を取ろうとも、雑兵に居所を知られてしまうリスクもある。そうなれば、とりあえず移動するしかないということで、二人で通路を進んでいるのが現状だった。


 ちなみに、カンテラはクラウが持っている。敵が出てきたとき、まだ俺のほうが戦えるという事での人選だった。不死者相手なら、聖水を利用すれば俺でも結構やり合えることは分かった。昨日のヴァンパイアの襲撃を見て、俺たちが寝ている間にクラウがたくさん聖水を用意してくれていたらしいので、しばらくは戦闘でもそれなりに対処できそうだった。


「……アラン君、凄いですね」


 背後からクラウに声を掛けられる。声はしおらしく、いつもの人を舐めた調子が全くない。


「どうした、今更ながらに俺の偉大さに気付いたか」

「ふぅ……ごめんなさい。今はあんまり、おとぼけ出来る気分じゃないです」


 適当を言えば少し元気でも出るかと思ったが、逆効果だったようだ。


「魔法の件、ジャンヌさんの件、クラウには短い時間の中で色々あったもんな」

「はい……」


 それだけ返答して、クラウは押し黙ってしまう。


「えぇっと……とりあえず、地上への出口を探しながら、あわよくば二人と合流する、が目標でいいか?」


 恐らく、分断されたソフィアも同じように考えているはずだ。地上に出れば、まだ幾分か合流しやすいはず。とくに、こちらは不要な戦闘は避けられるが戦闘力が足りていないし、向こうは向こうで強さは一級品だが消耗戦を強いられる。そうなれば、危険な所に居続けるのはリスク、まず出口を探すだろう。


 そして、こちらの提案に対しても、クラウは「はい」と小さく返事をするだけだった。


 しばらく、何事もなく真っすぐ通路を進み続ける。それは、敵との遭遇もなく、会話も無いということを意味する。自分一人でクラウを護れるか不安だが――いや、本来は護るなんてのもおこがましい程の実力なのだが、やるしかない。


「……アラン君、私、役に立ってますか?」


 ふと、自分が心の中で気合を入れなおした瞬間に、後ろから小さく声が上がった。アイテムを作成するにしても魔法にしても体術にしても、本来は詰め込みすぎで頼りになりすぎるくらいなのだが、多分現状は魔法が使えないことに端を発して、何事にも自信を失っている感じだろう。


 こういう時に、単純に「頼りにしている」というのも逆効果な気がする。多分、他人から許してほしい以上に、彼女は自分で自分を許さなければ根本的な解決にならない。なので、ひとまず今の彼女の疑念を洗い出す方が先決か。


「んー……なんでそんなこと聞くんだ?」

「なんでって……予想外の返しが来ました。普通、頼りにしてるぞって返しません?」

「確かにな。それで、なんでそんなこと聞いたんだ?」

「むー……それは……」


 クラウは不満げな声をあげる。そして少し間があってから、こちらの疑問に答える。


「……私、不安なんだと思います。ルーナ神の加護を失って、レム神にまで見捨てられたんじゃないかって……」


 つまり、本質はそこだったのだろう。彼女は、一度自分の信じた神に見捨てられている。だから、ソフィアの呪術による阻害という推理を信じ切ることができず――もう一度神に見捨てられていたとするなら、それはこちらの想像を超える不安があるに違いない。


 そこに、世話になっていたジャンヌが敵かもしれない、そんな話まで重なったうえ、現状では戦闘面で貢献できていないと思っている。そうなれば、不安になっても仕方なし、というところだろう。


 しかし、こと今回の件は、納得できる材料を自分は持っている。とくに他人にレムのことや転生者であることを言うなとも言われていない。むしろ好きに生きろと言われているくらいなのだから、自分の身の上を話しても問題ないだろう。


「なぁ、もしもなんだが」

「はい」

「俺に実はレム神の加護があって、ここに入る前に『この先は私の目が届きません』って言われてたって、信じるか?」

「え、それは……」


 また間が開く。それはそうだろう、神聖魔法も使えない、教会に属していたわけでもない自分が、女神の加護があるなんて、本職の人に失礼な気がする。


「……アラン君、冗談は言う人ですけど、嘘をつく人だとは思いません。だから、信じたいです……もちろん、にわかには信じがたいですけど。でも、どういうことです?」

「うーん、まぁ言ったところで信じてもらえないかと思って黙ってたんだがな……俺は、この世界でない、どこかの世界で死んで、女神レムに転生させられた……んで、たまにレムの声が聞こえると、そんな感じなんだが」

「……すいません、もし証拠があれば、それを提示してもらえるとありがたいのですが」


 証拠、証拠か。物的証拠など何もないからな――そう言えば、かなりに死ににくいのは見せているから、それを伝えてみるか。


「目に見える証拠はないが、龍に抉られて、回復魔法で復帰できただろ? なんか、アレはこの肉体に、魂を無理やり定着させているから、外傷さえ治れば死なないんだそうだ」

「はぁ……確かに。普通なら失血死してましたからね、アレ。それなら、確かに女神の加護があると言っていいのかも」

「言っていいかも、じゃなくてあるんだよ。だけど、さっき言ったのは本当だ。ここに入る前に、大怪我するなって忠告されたからな。

 だから、クラウがレムから見放されたわけじゃない。ソフィアが推理していたように、この空間が女神の加護が届かなくなってるだけなんだ」

「それじゃあ、本当に……というか、勇者と同じように、異世界から……」

「それはちょっと違うんじゃないかな。近いと言えば近いが……異世界の勇者は、その体ごと転移してるわけだろ? 俺の場合は、生まれ変わってる訳だから」

「はぁ……いや、私からしたら似たようなモノですけれど……ちょっと待ってください。それじゃあ記憶喪失って……?」

「それは本当だ。なんか、死んだときに頭を撃ったせいで記憶が飛んだらしい」

「ぶっ……!」


 記憶がない理由があまりにも間抜け、いや間抜けすぎたせいだろう、今まで神妙な空気を出していたクラウが後ろで噴き出している。笑ってもらえるなら、過去の自分が間抜けなこと、また女神が記憶を戻さずに転生させてくれたことに感謝すべきか。


「ちなみに、せっかく生まれ変わらせたってのに、文字が読めるのと現地の言葉が分かる以外、超能力も何も持たせてくれないんだ。レムはケチだな、ケチ」

「は、はは……でも、スカウトとしての能力と、投擲は本物ですが」

「そればっかりは謎だ。本能的に出来るからな」

「ふぅむ……前世のアラン君が元々持っていた力なんですかね。それじゃあ、アラン・スミスって言う名前は?」

「レムがくれて、しっくり来たからそのまま使ってる」

「なるほど……それじゃあ、本当の名前じゃ、ないんですね」


 そこで話が途切れ、少しの間は会話なく進み続ける。とはいえ、背中に感じる気配は、幾分か柔らかくなっている印象だった。

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