1-11:冒険者ギルドと職業について 上

 冒険者ギルドに来るのには、本来なら道案内は必要なかった。何せ、通りを挟んで第一駐屯地の目の前にある建物こそが、冒険者ギルドだったからである。正規軍に継ぐ戦力もある訳だし、ならず者も多少集まるであろう場所で治安的な問題もあるのだろうから、正規軍の目の前、正門のすぐ近くに冒険者ギルドがあるのも納得の立地だった。


 とはいえ、場所的な案内は必要なくとも、冒険者としての作法や登録方法を知るのには、分かっている人がいるのはありがたい。少女の背中を追って自分もスイングドアをくぐると、目の前に掲示板があった。恐らく、ここに依頼が貼られているのだろう、小さな文字の書かれたボロ切れ――紙ではなく、恐らく使わなくなった繊維――が所狭しとピンでとめられているのが見える。


「アランさん、こっちですよー」


 掲示板の左手の方で、ソフィアが手招きしている。ちなみに、右手は食堂兼酒場といった趣になっており、たくさんの机がある。しかし、埋まっている椅子はまばらにしかいない。恐らく、まだ午前中の比較的早い時間帯であり、そして冒険者は朝に弱いせいで空いているのだろう。


 さて、手招きされたほうに行くと、お役所的なカウンターがあった。こちらにはソフィアと自分、そして受付で眠そうにしている壮年の髭男しかいない。


「なんだ大将、討伐の依頼か?」

「准将ですよ、バーンズさん。それで、今日は依頼ではなく、冒険者の紹介に来ました」

「なんだい、大きいの方が景気がいいだろう……それで、後ろの坊主か?」


 バーンズと呼ばれた男は、髭を擦りながらこちらを見た。しばらく品定めするように眺められ、若干の居心地の悪さを感じる。


「おい、ここでやっていくには、全然強そうには見えないがな」

「でも、ワーウルフを一体、倒しているらしいです」

「ほぉ……んじゃ、完璧な素人ってわけでもないわけだな」

「それが、記憶喪失らしく……」

「……はぁ?」


 再び、髭男がいぶかし気にこちらを見た。


「俺も長いことギルドで冒険者を見てるがな、記憶喪失ってのは初めてだぜ……んでまぁ、戦えなくもなさそうで、難民になるのも嫌だから、冒険者になりにきたってことか」

「はい、その通りです。登録用紙、いただけますか?」

「はいよ、ちょっと待ってな」


 バーンズはカウンターの下から、羊皮紙を取り出した。羊皮紙というと一気にファンタジー感が強まるが、先ほどソフィアが使っていたのは普通のパルプ紙であった気がする。製紙技術は一部では進んでいるのか、それも軍の専売特許なのだろうか。


 ともかく、自分もカウンターへ向かい、羊皮紙に向かった。冒険者認定書と書かれており、途中は不思議と二段構成になっている。上は表語文字――簡易な文で、強盗してはダメとか、そんな基本的なことが書かれている。下は表音文字で、もう少し専門的なことが書かれているが、結局上下とも意味するところはそう変わらなかった。そして、最後に署名の枠がある。


 書面を一応眺めていると、横からすい、と碧眼が覗き込んできた。


「……先ほどから思ってたんですけど、アランさん、文字読めてますよね?」

「あぁ、こういうことに関する記憶は、無くなってないようで助かったな」

「それじゃあ、署名も自分でできますか?」

「多分、書けると思う」


 バーンズから羽のついたペンを受け取り、カウンターに置かれているインクに浸して、アラン・スミスと署名欄に書き上げた。


「ふむ……やっぱり、航海士だったんですかね。それなら、上位文字セレスティックの読み書きが出来ても不思議ではないので……ご家庭は、上級な商人の家柄なのかも」

「けっ、そんな品のありそうな感じはしねぇがな……ほれ」


 髭男は、腰から細身のナイフを抜き、それをカウンターの上に投げた。一瞬何をすれば良いのか分からなかったが、ソフィアが右手の親指の腹をツンツンしているのを見て察した。


 ナイフを取り、その先端で右手の親指を刺し、少し抉る。そして拳に力を入れ、血が出てきたところで、署名の横に押し付けた。そして血判状をバーンズの方に差し出すと、男はもじゃもじゃな口元を引き上げて笑った。

 

「ようこそ、血を分けたくそ野郎。てめぇが元貴族であれ、元犯罪者であれ、今からお前はただのクソッタレの冒険者だ。歓迎するぜ」


 バーンズは羊皮紙を受け取ると、今度はカウンターの下から金属製のバッジと、同じく金属製のカードを一つ出した。


「ほれ、これが冒険者の証だ。バッジでお前の身分が一目で分かるようになる……ただ、普段から付けておくかは判断に任せるぜ。居住地区とかで付けておくと、良い顔はされねぇからな。カードはギルドで仕事を請け負ったりするときに出す身分証だ。後で名前は入れておきな」


 成程、一応身分が保証された身と言えども、荒くれものには変わりない。一般人が忌避するのも仕方ないだろう。ひとまず、渡された二つの身分証はポケットにしまった。


「あとは、金が欲しいなら依頼を受けるんだ。入口の所に掲示板があっただろう?」

「あぁ、了解だ。それで、なんというか、職業とか、そういうのってないのか?」


 冒険者とは冒険するものの総称で、その中で戦士とか魔法使いとか色々分類されるイメージであるため質問してみた。まったく見当違いだったのか、バーンズは「はぁ?」と言って眉をひそめている。一方、横からソフィアの助け船が入った。


「冒険者は冒険者という職業ですよ、アランさん。でも多分、アランさんが知りたいのは、武器を持って戦う戦士とか、そういった冒険者としての役割的な物ですよね?」

「あぁ、うん、その通り!」


 この子は察しが良くて助かる。


「えぇっと、そういう意味では、別段細かく分類されているわけではありません。大雑把に言えば、戦闘系と非戦闘系に分かれますが、もちろん戦闘系の冒険者は非戦闘系の依頼を受けることもあります」

「ふむふむ!」

「す、凄い食い気味です……! えとえと、折角なので、適性を見てから色々話しましょうか」


 適正、なるほど、そういうやつか。御多聞に漏れず、バーンズが奥から水晶玉を持ってきて、それをカウンターに置いた。


「まぁ、適正なんぞ無視してる奴が多いがな……ほれ、これに手をかざしな。お前さんの持って生まれた才能ってやつが見れるぜ」

「あぁ、分かった」


 水晶玉に右手をかざすと、結晶の表面に以下の文字が浮かび上がった。


 力:5

 生命力:10

 素早さ:8

 賢さ:6

 恩寵:1


「……これっていいのか?」


 冷静に考えれば、この数値の判断基準を自分は知らなかった。ソフィアがそれに対し、パッと笑顔になって応える。


「かなり優秀って言っていいんじゃないでしょうか。十段階評価なので、生命力は最高値ですね。とくに前衛に一番重宝される能力です。五が人並なので、前衛職なら何をしても人並以上に活躍できると思いますよ」

「でも、恩寵ってやつが一だぞ?」

「まぁ、ここだけは文字通り運というか……恩寵は、神にどれほど愛されているかの指標です。これが八以上ないと、そもそも神聖魔法が使えません。他にも、日頃の運の良さにも絡むようですが……神官職の人以外はあまり重視されませんので、冒険者としては問題ないかと」


 自分は女神によって蘇生されたはずなのだから、恩寵は十でも良い気がするのだが。まぁ、それ以上の不運が足を引っ張ったのかもしれないし、そもそも前世の感覚でいうと普段から神様を信じているほど信心深くもなかっただろうから、妥当なのかもしれない。


 しかし、贅沢な悩みとは思うが、それでも普通に優秀は面白味には欠ける気もする。転生したら一個凄い能力があるのが――あぁ、それが生命力か。まぁ、何も出来ないよりは良いだろう、素直にソフィアに褒められたことを喜ぶことにしよう。


「ちなみに、ソフィアもこの適性検査ってやったことあるのか?」

「はい、冒険者以外でも、正規軍では実施しますからね」

「どんな結果だったか聞いてもいいか?」

「はい。私は力が三、生命力が四、素早さが八、賢さが十で……恩寵が一です」

「いくつかの数字が俺とお揃いだな」


 一応、お互い神には見放されてるんだな、何て言うのは控えておいた。恩寵を言う前に少し溜めていたことを考えると、ソフィアはそこが低いのを気にしているのかもしれない。こちらの言葉に対して、少女は「えへへ、お揃いです」とはにかんでくれた。

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