1-10:執務室にて 下
「アランさんのこれからなんですけど、取れる道は二つあります。一つは難民申請をして、レムリアの方へ移動するという道。こちらに関しては、難民キャンプの方で待ってもらって、次の連絡船に乗る、という形です。この紙に私が捺印すれば、難民としてレムリアへ行けます」
少女が手に持つ紙には、確かに難民認定証明書と書かれている。ただ、恐らくそれを受け入れても、今度は牢屋でなくとも、ある程度自由を拘束されてしまうだろう。
「もう一つは?」
「冒険者登録する道かなと」
「じゃ、冒険者登録で」
「即答!? も、もう少し細かい話を聞いても……」
「じゃあ、おすすめは?」
「それは、アランさんみたいに若い男性でしたら、冒険者のほうが良いかなぁと……?」
「よっしゃ、准将殿のお墨付きだな」
「え、えー! ちょ、ちょっと待ってください!」
准将殿は少し大げさに両の手をぶんぶん、と振ってこちらの決意を制止した。
「そのっ、一応、説明義務があると言いますか、冒険者は決して安全ではないので……」
「うーん、それじゃあ簡単に説明してくれ」
「うー……アランさん、ちゃんと契約書とか読まないタイプですね?」
素晴らしいプロファイリングに心の中で拍手を送り、ソフィアの続く言葉を待つ。
「ごほん、それでは……まず、難民申請をした場合ですが、先ほども言ったように難民キャンプで連絡船を待っていただきます。
ただし、難民用の連絡船はこの前出たばかりで、次は一か月後になります。更に、やはり戦時中ではありますので、難民キャンプに回せるのは簡易な食事のみ。
一応、このレヴァルが魔族により陥落しない限りには比較的安全ではありますが、自由は結構拘束されますね」
「ふむふむ」
「一方、冒険者なんですが、戦時は結構扱いが特殊です。というのも、戸籍の無い方でも、冒険者になれば身分証明書として冒険者証が付与されます。
これは、税が払えずに故郷を追われた人や、魔族の侵攻で行き場の無くなった人への最後のセーフティネットでもあります」
「夜盗や山賊になられるより良いってことだろ?」
「はい、その通りです。ですので、身寄りのないアランさんは、ひとまず冒険者になるのも良いかなと。住所こそありませんが、冒険者ギルドで仕事は斡旋してもらえますし、街に入るにも海を渡るにも、冒険者なら可能ですので。
ただし、冒険者に振られる仕事は基本的に大変なものが多いです。もちろん、危険性の低い物でしたら、農耕の手伝いや採掘、土木工事などもありますが、これは基本レムリア側での話ですね。レヴァルでの依頼は、もっぱら戦闘を伴うことが多いです」
「まぁ、3Kってやつだな」
「さんけ……?」
今までエルやソフィアと話していてカルチャーショックはあまり感じなかったが、ここで初めて意思疎通が出来ない部分が出てきた。しかし、きつい、汚い、危険は承知の上――いや、もちろん、こういった世界にどことなく興奮してしまっているだけで、まったく危険に対して認識が甘いのかもしれない。
それでも、女神に世界を見てほしいと言われているのに、自由が拘束されるのは問題だ。何より、自分自身が、この世界を渡り歩いてみたい。あとで甘かったと後悔することになっても、今はチャレンジしてみたい。
「話ありがとう、ソフィア。やっぱり、冒険者になってみようと思う」
「そうですか。分かりました」
ソフィアは笑顔で書類を裏返し、机の上に置いた。
「それで、アランさんが良かったらなんですが、冒険者ギルドまでご案内しましょうか?」
「そりゃもちろん、案内してもらえればありがたいが……いいのか? きっと、ソフィアはかなり忙しいだろう?」
「いえいえ、普段からハンコをペッタンペッタンしているだけなので、そんなに忙しいことはないですよ」
少女はペッタンペッタンの仕草を取っておどけて見せた。確かに、疲労がたまっているようには見えないが、こちらが彼女の疲れを察知できていない可能性もある。
「さっき休んでくださいって言われてただろう? 働き詰めなんじゃ……」
「そんなことありませんよ。それに実は、今日は非番なんです」
「こらこら、それなら余計に休まないとダメだ……というか、休みなのになんで職場に来てるんだ?」
「え、えーと、それは……」
こちらの指摘に、少女は視線を泳がし始めた。レオ曹長やその他の人たちとのやり取りを見るに、仕事を押し付けられているというわけでもあるまい。どちらかというと、仕事を探している、そんな風に見える。
それでいて、そんなに押しの強い子でもない。先ほどからチラチラとこちらを覗き見ているが、絶対に着いていきます、と言えるほどの度胸はないのだろう。恐らく、俺に対してどうこうというより、誰に対してもこんな感じで――なんというか、居場所を探しているけれど、どこに行けばよいか分からず迷っているようにも見えた。
それなら、折角の申し出だし、一人で行くよりは余程心強いのは確か。ここは厚意に甘えることにしよう――他の兵士からは疎まれそうだが、本人がその気なのだし、まぁ良いだろう。
「よし、ソフィア。やっぱり、案内してもらえるか?」
「は、はい! ありがとうございます! 一生懸命、誠心誠意、ご案内いたしますね!」
こちらの言葉に、将軍とは思えないほど無邪気に瞳をきらめかせ、両手をぐっと握って応えてくれた。
「礼を言うのはこっちなんだよなぁ」
「あ、そうかもです。おかしいですね」
「そうだな、おかしいな。まぁ、特にお礼として払えるものも無いんだが、よろしく頼むよ」
「いえいえ、お気になさらず! それでは、行きましょうか!」
そう言いながら、少女は軽やかな足取りで入口に掛けていたコートと杖を取った。
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