1-8:小さな将軍 下
「さ、アランさんこちらです。ここもちょっと、応接って感じの部屋ではないですけど……」
言われるがままに部屋に入ると、確かに誰かをもてなす様な部屋ではなかった。下は今度は砂利が敷き詰められており、真ん中に木でできた椅子が一つ鎮座しているだけだった。
「こちらで、アランさんの身体をチェックします。気を悪くしないで聞いてほしいのですが、身元の分からないアナタは、魔族の間者である可能性を考えなければならないので……こちらに座っていただけますか?」
本当に申し訳なさそうに話しているので、こちらも責める気も沸かず――こんな可愛い子が言うのだから、言い方がもう少し悪くてもなんとも思わなかっただろうが――頷いて簡素な椅子に腰かけた。
「ありがとうございます。服は着たままで大丈夫です。それでは……」
ソフィアは入ってきたレオ曹長に、下敷き付きの紙とペンを手渡され、ペンを右の親指と人差し指ではさみながら、こちらに手をかざしてきた。見ると、手のひらが淡く光っている。何か、相手を測る魔法なのかもしれない。
「……街の正門にも、簡易のチェックはあるんです。魔族が人間に化けていないかを見破る程度ですが……でも、高位の魔族の変化は見破れない恐れもあるので……」
そうぶつくさ言いながら、ソフィアはこちらを観察し、時に手をかざし、ペンを動かしていく。しばらくすると、ソフィアはうーん、とうなりだした。
「……なんかマズイことでもあったか?」
こちらの質問にも答えず、ソフィアはペンを口元にあてて、しばらく書類を眺めている。少しすると、意を決したかのように強い目で、こちらを見てきた。
「……アランさん、少し痛いけど自由になれるかもしれないのと、全く痛くないけどしばらく幽閉されるの、どっちがいいですか?」
「え、ちなみに幽閉ってどれくらい?」
「恐らく、最短で一か月、下手すれば年単位です」
「それは嫌だなぁ……ちなみに、痛いってどれくらい?」
「問題なければ、ちょっと気合を入れるのにほっぺパチン、ってする程度です」
言いながら、ソフィアは下敷きを脇にはさんで実際にぱちん、と自分の頬を叩いていた。その程度なら良いのだが――。
「問題があったら?」
「……それはお答えできません」
問題があった場合、言えないことが起こるのか。それは怖い。
しかし、先ほどまで腰が低かったソフィアだが、今は妙に強い目をしている。なんというか、一つ覚悟を決めた顔というか――年相応でない、ある意味では彼女も軍人というか、強さを秘めた顔をしている。
「えぇっと、一応聞いていいか? 問題があるケースって、どんなんだ?」
「それもお答えできません……でも、多分大丈夫ですよ」
その大丈夫はフラグっぽいが、最悪数年幽閉は勘弁してほしい。
「……分かった、それじゃあ、ちょっと痛い方法を頼む」
「はい、それでは……レオ曹長」
今度は、レオ曹長は長い棒を取り出して、ソフィアに渡していた。この世界風に言う魔法使いの杖なのだろうが、中世風にややそぐわない――異世界ファンタジ―風の杖と言えば木で出来ており先端に宝石などの装飾があるイメージで、概ねそうなのだが、少女の手にあるそれは金属製で、先端付近にはレバーや弾倉のような金属板が付いている。
少女はその杖の先端を、こちらの鼻先に向けた。そして、杖の先にあるレバーを捻って先端側に押し込み――動きは早く、力強く、圧倒され、その気迫に身のすくむ思いを抱くほどだった。
「いくよ、グロリアスケイン。第五階層魔術弾装填、構成……魔術、解析、分解、分解、分解……!」
詠唱と同時に、杖の先端に魔法陣が重なっていく。計五段の陣が回り、重なり、止まり、そして少女が目を開いた。
「高位魔術分解【ハイ・アンチマジック】!」
杖から光線が飛び、こちらの眉間を貫く。刹那、感じたのは――。
「……何ともないが?」
見た目の派手さのわりに、痛みは無かった。それどころか、あまりにも何事とも無さ過ぎたせいで、返って不安になった。小さな痛みがあるんじゃなかったのか――しかし、少女はこちらの不安に反して笑顔だった。
「……ふぅ、お疲れさまでした、アランさん。これで、検査は終了です」
「いや、パチン、ほどの痛みもなかったが?」
「えぇ、さっきのは嘘ですから。むしろ、問題があった場合に痛みがあるんです」
レバーを引いたのと同時に、金属板が開いて煙が噴き出した。そしてソフィアは杖を脇に抱えたまま紙の下のほうに書き込みをした。
「さぁ、ちゃんとした部屋にお連れしますね。レオ曹長、それで……」
「指令室にコーヒーを淹れていきます、オーウェル准将。片方は、ミルクたっぷりで」
なんというか、情報過多だった。まず、この世界の魔法ってあんな感じなのかということ。次に曹長の声が存外に高くて拍子抜けしたということ。
そして何よりも一番驚いたのは、目の前でたはー、と呟きながらバツの悪そうにしている幼い女の子――恐らく、ミルクたっぷりがバレて恥ずかしいのだろうが――准将などという、恐らく軍隊の最高クラスの役職を持っていることだった。
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