63★魔力封じの魔装具VSオリハルコンの剣

 帝都の片隅に、一軒の廃屋が建っていた。一階の床は土だらけ、内装を一新するつもりだったのか部屋仕切りは外され、壁には廃材が立てかけられている。


 その前に大きな白いものがふわりと舞い降りた。街灯のない小道の奥にとけるように、白い布が地面に落ちた。それはハーピーでもロック鳥でもなく、シーツをかぶった二人の男だった。


「ハァ、ハァ、ようやく着いた」


「おいサムエレ、このほこりっぽい場所はどこなのだ?」


「帝都ですよ。ここでアカデミー代表と落ち合う予定なのです」


「帝都だと!?」


 オレリアン殿下が大声を出したので、サムエレはびくんと両肩を跳ねさせて周囲をうかがった。


「ありえん! 僕は生まれてから二十年以上帝都で暮らしているが、こんな汚い場所はただの一度も見たことはない!」


「庶民の暮らす地区だからでしょう」


 オレリアンはまだ何か言おうとしたが、ぽっかりと口を開けた廃屋の闇から、ぬるりと人影がすべり出たので口を閉ざした。


「久方振りじゃな」


 武器屋の息子が、偽大聖女の口調で挨拶する。


「お、お前は――」


 皇子は何度か口を開けたり閉じたりしたあとで、ようやく言葉をつむいだ。


「本当にラピースラ、なのか?」


「さよう。そこのサムエレを介して何度も打ち合わせをしたというに、まだ信じておらなんだか」


「お前の身体が朽ちるのを、目の前で見せられてはな」


 皇子は不気味な情景を振り払うように頭を振った。


「あれは我の身体ではない。ただの器じゃ。我はそう簡単にくたばりはせんよ」


 それから皇子を廃屋の中へとうながした。


「さあ、もうじきオペラとやらが始まる時間じゃ」


 サムエレは修道服のポケットから回復薬ポーションの入った小瓶を取り出した。修道院の商品である魔法薬の中から拝借してきたのだ。廃屋の中で淡い光を放つ液体を喉に流し込んでいると、


「まったく情けないのう。ほんの半刻ばかり空中遊泳しただけで魔力切れとは、竜人族とも思えぬ」


「お言葉ですが、僕は竜人族の中でも魔力量が多いほうですよ」


 しっかり言い返してから、サムエレは事前の打ち合わせ通り呪文を唱えだした。


「聖なる光よ、この者包みてまもりたまえ」


 皇子の左足に両手をかざし、


聖光結界ルクスバリア


 聖魔法で結界を張った。


「では行くぞ」


 ラピースラはいつの間にか、その手に鞘から抜いたオリハルコンの剣を握っている。


「うむ」


 重々しくうなずいた皇子が、


「ちょっと待った!」


 突然、片手を挙げた。


「サムエレ、結界を張ってあっても痛みはあるのだろうか?」


「多少軽減されると思いますが、痛みが皆無ということはありえないんじゃないですか?」


「疑問形か」


 がっくりと肩を落とす皇子に、


「結界がなければ足首から先が吹き飛びますよ」


 サムエレは表情ひとつ変えずに忠告する。


「っ――」


 声にならない悲鳴をあげてから、皇子は何度か深呼吸した。


「覚悟は決めた。やれ!」


 まぶたを固く閉じる。


「では遠慮なく」


 ラピースラはオリハルコンの剣を振り上げると、オレリアンの足首に嵌められた魔装具の上に狙いたがわず振り下ろした。


 キーン!


「ぐわぁっ!」


 冷たい音と皇子の悲鳴が同時に空気を切り裂いた。


「外れたぞ」


 ラピースラの言葉通り魔装具はカランと音を立てて、土に覆われた石の床に落ちた。


「ぐ、あ――」


 痛みに身をよじる皇子の足首に、サムエレが用意していた魔法薬を振りかける。これも修道院の商品だ。


「ひぃ、痛い」


 皇子は額に脂汗をにじませ肩で息をしながら、


「おい、お前が大聖女と呼ばれていたのならこんな怪我、一瞬で治せないのか?」


「あいにく我の乗り移っているこの身体には、大した魔力もないでな。そろそろ武器屋の親父が目を覚ます頃じゃ」


 オリハルコンの剣を袋にしまうラピースラに皇子が、


「次の器は魔物か。自由自在だな」


 と、皮肉な笑みを浮かべる。


「ククク、そなたも身体から抜けてみるかえ?」


 ぞっとするような笑い声を残して、ラピースラに乗り移られた武器屋の息子は、日暮れの裏通りに消えて行った。


「とてもじゃないが痛くて歩けん!」


 弱音を吐くオレリアン皇子に、サムエレは回復魔法をかけてやる。


「癒しの光、命のともしび、聖なる明かりよ。治癒光ヒーリングライツ


 サムエレの両手の中に頼りない白い光が灯り、オレリアンの足首を包んだ。


「僕も回復魔法を使いたいが」


 歯噛みするオレリアンに、


「殿下の魔力は温存しておいてください」


 サムエレは静かにさとす。


「分かっておる。これから劇場で大魔法を使わねばならぬからな」


 日が暮れて闇に包まれた廃屋に、聖魔法のほのかな明かりだけがぼんやりと輝いていた。




 ─ * ─




次回『私の彼、女の子だと思われてるから安心だわ【レモ視点】』


レモちゃん、劇場でほかの貴族たちが話すのを聞いて、胸をなで下ろしているようです。

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