40、やっぱり最後は俺の出番なのか

「あの難しい女性はなんなのだ? 僕の顔を見た途端、恋に落ちたかと思ったら、今会ったばかりなのに激しい束縛! 一人で勝手に話を進めるし感情は不安定だし」


「それが姉よ」


 短く答えたレモに、エドモンは芝居がかった沈痛な面持ちで、


「クロリンダ嬢には、悪霊の魂を縛るという決意をしてもらわなくちゃならないのに、これでは僕の方が彼女にコントロールされているようだ」


「それが姉のギフトのひとつ<支配コントロール>の力だから」


 レモは、何を今さら、と言いたげな顔だ。


 師匠がそのあとを引き取って、


「<支配コントロール><固執オスティナート><我儘エゴイズム>の三つ持ちですからね、クロリンダ嬢は。普通、二つ持ちでも珍しいというのに、さすが聖女の家系といったところでしょう」


「すげぇな」


 ぽつりともらした俺をレモが突っつく。


「ジュキがそれ言う?」


 吹き出しそうになるのをこらえているようだ。


 そういえば俺も、<歌声魅了シンギングチャーム><水魔法アクア><竜眼ドラゴンアイ>の三つ持ちだった。


 護衛が用意した椅子に腰を下ろして、皇子が口をひらいた。


「正直、楽勝だと思っていたんだ。なぜなら僕もギフト三つ持ち。そのうち二つが精神操作系だからな」


「殿下」


 侍従がとがめるように小声で制した。


「構わない。この者たちは共に帝国を救う仲間だ」


 エドモンは瞳に力強い信頼の光を宿して俺とレモ、それからユリアを見た。


「俺たちを信頼してくれてありがとう、エドモン殿下」


 ニッと笑いかけると、


「ぐはぁっ! 魅了される! <魅了チャーム>持ちの僕ちゃんが!」


 冗談とも本気ともつかない反応をして、肘掛け椅子の上でのけぞった。


 師匠が一歩進み出て、


「ねらった女性は全て虜にしてきた殿下の魅了チャームが、なぜジュキエーレくんに効かなかったか分かりますか?」


「そりゃ俺が女性じゃないからだろ」


「レモさんはどう思います?」


 魔法学園の授業さながらに質問されたレモは、ぱっとソファから立ち上がり、


「殿下が持つ魅了チャームのレベルが、ジュキの歌声魅了シンギングチャームと比べると、かなり低いのでは?」


 なるほど。<竜眼ドラゴンアイ>にも魅了の効果があるし、俺には効かないってことか。


「ジュキエーレちゃん、僕の魅了チャームはレベル55なんだけど、きみの歌声魅了シンギングチャームはいくつだ?」


 バラしたくねえなあ。でも皇子ともあろう方が先に言っちまったし――


「俺のは99だよ」


 小声で答えると場の空気が固まった。


 だが師匠は鷹揚にうなずいて、


「分かりましたか? おそらくクロリンダ嬢の支配コントロール高レベルなんでしょう」


「アンドレア、そんな曖昧あいまいな言い方しなくていいよ」


 エドモン殿下は俺たちに向きなおり、


「多くの高位貴族の例にもれず、僕も支配コントロールは持っているんだ。だけどどうやらクロリンダ嬢にはレベルで負けているらしいね」


「ねーねー」


 真面目な空気をぶち壊したのはユリア。師匠のローブを引っ張って、


魅了チャームがあるからジュキくんも皇子様も人気者なの?」


 別に俺は人気者じゃないだろ。


 だが師匠は柔和な笑みを浮かべてうなずいた。


「おそらくそうでしょう。ギフトに関する研究はまだ発展途上ですが、精神操作系ギフトは本人の意思に関わらず発動し続ける――専門用語では『常時発動パッシブ』と呼ばれるものですから」


 ユリアは理解しているのかしていないのか、こくんとうなずいた。それよりぶんぶんと首を縦に振っているのはレモ。


「分かる分かる! ジュキと話しているとなぜか心地よくて、心の深いところまでひらいて何でも打ち明けちゃうの!」


 それはありがたいんだけど……


「でも師匠、俺ガキの頃いじめられてたんですよ?」


 人気者とはほど遠かったぜ。


「やっかみでしょう」


 師匠はスパッと答えた。


「身分や能力の高い者が魅了チャームを持って生まれれば嫉妬もされませんが、明確な理由もないのに周囲を魅了していると、その輪の外にいる者は面白くないでしょうから」


「あー俺むしろ能力低かったわ……」


 身体も弱いし魔法も使えない上、手習い師匠の所へ通うこともできなかった。ガキの頃の情けねぇ自分を思い出すと、手足がすぅっと冷えて行くようだ。


「ジュキエーレくん、苦労しましたね」


 いたわる声に見上げると、いつくしむように俺を見下ろす師匠と目が合った。


「苦労ってほどじゃ――」


「いじめられても真っすぐ育ったのは、君自身が持つ強さのおかげです」


 わしゃわしゃと頭をなでてくれた。


「いい子いい子」


「ちょっ、ジュキの髪さわらないでよ、師匠!」


 引きはがそうとするレモ。


 エドモン殿下がコホンと咳払いして、


「で、アンドレア。結局レベルで負けている僕ちゃんが、クロリンダ嬢を誘惑するのは不可能ってことか?」


「そんなことありません。高レベルの精神操作系ギフトを持つ者の力を借りれば」


 師匠の言葉に、


「あ!」


 レモがポンっと手を打った。


「ジュキの歌声を聞かせながら、殿下が姉を誘惑すればいいのね!?」


「ご名答です、レモさん」


 師匠はにっこりとほほ笑んだ。



 ─ * ─



次回『その頃サムエレは』

なんでこいついるの? という密かな疑問に答える回です。

いつの間にかラピースラ側についたのか、それとも利用されているだけなのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る