38、クロリンダ嬢、エドモン殿下を束縛する

「もしかしてあなたが、アタクシの運命の相手ですの?」


「僕の名はエドモン。エドと呼んでくれていいよ。君は僕の特別な人だから」


 そういえば俺にも初対面のとき、「僕の名はエド」って自己紹介してたっけ。


「まさかエドモン殿下? この帝国の皇子様!?」


 クロリンダの声が跳ね上がる。起きたばかりだからか、高い音が少しかすれていた。


「そんなふうに言われることもあるね。だけど君の前では、僕はただの恋する男さ」


「まあ……、なんて素敵なの!」


 その上ずった声を聞くだけで、こちらに背を向けたクロリンダの瞳がうるんでいるだろうことが想像できる。髪型がアシンメトリーな最新スタイルへと変貌をとげたことには、まだ気付いていないようだ。


「ようやく神々は、アタクシの願いを叶えて下さったのね!」


「それは僕の願いでもあるんだよ」


「ああ、アタクシのエド!」


 皇子を呼び捨てか。ま、本人がそう呼べって言ったんだけどな。


「愛しているよ、クロリンダ!」


 エドモン殿下はベッドの上に身を乗り出して、クッションから身を起こしたクロリンダを抱きしめた。そして俺たちに向かって、サムズアップして見せた。


「何あれ」


 薄暗い部屋の中、ソファに腰かけたレモが冷たい声を出す。


「しーっ」


 師匠が人差し指を唇にあてて注意したので、レモはさらに不機嫌な顔になった。


 ガラスの向こうでクロリンダは、いじいじと身をよじらせながら、


「ねえエド、あなたの愛は本物?」


「そりゃそうさ! 本物じゃない愛ってなんだよ?」


「アタクシ、今まで何度も裏切られてきたの。だから怖くって」


 クロリンダはしおらしくうつむいた。


「僕は絶対に君を裏切ったりしない。誓うよ」


「本当?」


「本当だとも! この美貌にかけてもいい!」


 かけるもの間違ってるだろ。だがクロリンダは舞い上がっている。


「夢みたいよ! あなたみたいな殿方もいらっしゃるのね。アタクシ、殿方ってみんな、女性とみれば声をかける浮気者かと思っていたわ!」


 あんたの目の前にいるのが、まさにそのタイプだけどな。あ、ちょっと違うか。男にも声かける両刀だったな。


「ねえエド、一生アタクシを愛してくれる?」


「い、一生だって?」


 エドモン殿下、早々にボロが出そうだけど大丈夫か?


「一生ではなかったわね。死後の世界でもずっと愛してほしいの」


「うん、死後の世界でね」


 うまいこと逃げようとするエドモン殿下に、クロリンダは釘を刺した。


「生きている間も、死後の世界でも、アタクシを愛し続けると誓ってくれる?」


 詰め寄るクロリンダの気勢をそぐように、エドモン殿下は柔和な笑みを浮かべた。


「うん、愛し続けよう。たとえ離れ離れになっても。なぜなら僕は、この帝国中の美女を愛しているから。ついている、ついていないに関わらず」


 なんか鳥肌が……


「もちろん君もその美女のうちの一人だ。愛しているからこそ、僕は君の自由を制限するようなことはしない。君には君らしく輝いて欲しい。君が一番輝ける場所で」


「アタクシが輝けるのは、あなたと一緒にいるときよ」


 即答するクロリンダ。


「今はそうだね。でも人は毎日成長していく生き物。将来の自分を縛る必要はないよ」


 そう来るか、エドモン。クロリンダを丸め込めるか!?


「……エド、アタクシのことだまそうとしてる?」


 ぞっとするようなクロリンダの声。鎖でぐるぐる巻きにした箱の中に、渦巻く恨みを閉じ込めているような。


「アタクシ、嘘つきは嫌いなの。誠実に振る舞って欲しいわ」


 今日初めて会った皇子相手にここまで言うか。


「せ、誠実ね。僕ちゃんの一番好きな言葉だよ」


 嘘をつけ、嘘をー!


「本当に?」


 ほら、クロリンダにも疑われてるじゃんか。


「本当だとも!」


 かわいそうにエドモンは、コクコクと小刻みにうなずいている。


「それならアタクシと将来を誓い合ってくれる?」


 はっきりとした声で、クロリンダは尋ねた。俺たちには背中を向けているものの首の角度から、まっすぐ皇子の目を見つめていることが分かる。


 ついに観念したのかエドモンは、うさんくさい微笑を消して、


「クロリンダ、僕は皇子だ。いくら恋をしたからって僕の一存で、将来に関わる重要なことを決めるわけにはいかないんだよ。それは君だって分かるだろう? 公爵家の令嬢なんだから」


 その言葉を聞いたクロリンダは、皇子をいたわるように彼の腕をなでた。


「エド、あなたを困らせるつもりはなかったの! 今ここで二人だけで決めることなんてできないわよね。アタクシたちの関係を認めてもらえるよう、皇帝陛下に頼みに行きましょう!」


 言うなりベッドから降りようとするのを、エドモンは慌てて押しとどめた。


「父上は仕事で忙しい。今すぐ行って会えるようなものではないよ」


「では今夜行きましょう!」




 ─ * ─




いつも調子のいいエドモン皇子も、ついに年貢の納め時!?(←西洋風ファンタジーの世界観をぶち壊すワードセンス)


次回『アシンメトリーなヘアスタイルはいかが?』


クロリンダ嬢が自分の新しい髪型に気が付きます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る