34、サムエレ付きだと?嬉しくねぇぞ
「
第二皇子宮の玄関ホールで、クロリンダ嬢は両手を広げた。その後方、少し離れたところで護衛に守られて、エドモン第二皇子も待っていた。クロリンダたちご一行を応接間に入れず玄関ホールにとどめているのは、本物かどうか疑っているからだろう。
「どちら様?」
レモは、人格の変化した姉にほおを引きつらせている。
だがそれより俺は、クロリンダの脇に控えるサラサラブロンド眼鏡に釘付けになっていた。
「サムエレ…… なんであんたが帝都に?」
「おやおやジュキエーレくん、ずいぶん髪が伸びて誰かと思いましたよ」
皇后様に会いに行くたび女装しなければならないので、腹をくくって長髪のまま過ごすことにしたのだ。オペラが終わるまでの辛抱だと自分に言い聞かせ、今朝、低い位置で一つにまとめて深緑色のリボンで結んだ。
帝都には洒落た貴族男性が多く行き交っていて、リボンで長髪をまとめている人も時おり見かけるから、男の髪型としておかしくはないはずだ。だがサムエレは皮肉に顔をゆがめた。
「もともと亜人か魔物か分からない妙な姿に生まれついたというのに、これでは性別まで不明だな」
くそっ、久し振りに聞くな。こいつの嫌味。
「ジュキエーレくん自身は、ご自分の外見が恥ずかしくないのですか?」
心底不思議そうに俺の顔をのぞきこんで来やがる。以前の俺なら言葉を失ってうつむいていたところだが、今は違う。
「俺は自分の姿を恥じたりしねえよ。ありのまま胸を張って生きるって決めたんだ」
水かきの張っている手のひらを胸に当てて宣言する。
「ほぅ、グローブでかぎ爪を隠すのもやめたのか。その恐ろしい手で銅貨や銀貨を支払われる商人が気の毒ですね」
ああやっぱりグサグサ来る。口ではこいつに勝てねえな。唇をかみしめたとき、
「
うしろからレモが魔力強化した足で、的確にサムエレのケツを蹴り上げた。
「あうっ!」
両手を腰に当て、大理石の床に座り込むサムエレ。
「おおレモネッラよ、我が従者に何をするのじゃ!」
クロリンダが芝居がかった仕草で口を押さえる。この姉、こんなキャラだったかな……?
床に両手をついたサムエレは、レモとその横にいるユリアに気が付いて、
「お二人がいるということは―― 共に馬車旅をしていたジュリアさんは一緒じゃないんですか?」
「一緒だよぉ?」
こてんと首をかしげたユリアの腕を、レモが慌てて引っ張って自分のうしろへ隠した。
「あんたに教えることは何もないわ」
とげとげしいレモの物言いを気にも留めず、ユリアは俺とサムエレを交互に見比べ、
「なんで気付かないんだろ」
「ユリアと違って頭で物を考えるからでしょ」
レモが即答するが、ユリアもサムエレもポカンとしている。
「それでレモネッラ嬢、アルジェント卿」
俺たちをここまで連れて来た侍従が、口を開いた。
「その女性はクロリンダ嬢なのでしょうか?」
俺とレモに一瞬の戸惑いが生じたすきに、
「もちろんですとも!」
サムエレが床に這いつくばったまま大声で答え、
「なぜ疑うのじゃ?」
クロリンダは困ったように眉尻を下げた。
怪しい。怪しすぎる。サムエレだって、クロリンダ嬢がこんなしゃべり方じゃなかったのは覚えているはずだ。
「外見は姉なのですが、中身がまるで別人なのです」
戸惑いながら答えたレモに、少し離れたところからエドモン殿下が、
「そこにいる魔法医殿も同じことを申していた」
魔法医は何度も首を縦に振る。
しかしサムエレはやたらと饒舌になった。
「僕には分かりますよ。この高貴なたたずまい、たとえ服装が違っても彼女はアルバ公爵家令嬢クロリンダ様その人だ。あなた方の目は節穴ですかな? まあ仕方あるまい。伝説では、僕たち竜人族は真実を見通す目を持つドラゴンの末裔と言われていますからな!」
先祖返りした俺の外見をさんざんバカにした舌の根も乾かねえうちに、それを言うか? 大体現代の竜人族の目ん玉なんざ、人族と変わんねえだろ。俺の胸についてるこいつは本物だけどさ。
そっか、こいつなら何か見えるかな?
俺は服の下で、胸の
「あ」
俺は思わず声をあげていた。クロリンダの姿とだぶるように、瑠璃色の髪の女が浮かび上がったからだ。
「どしたの?」
振り返ったレモに、
「あれ、すでにラピースラ入りだぞ」
「へぇ……」
レモは愉快そうに笑うと、聖なる言葉を唱え始めた。
「我らを
クロリンダの姿をしたそいつは慌てた。
「いかん! 妹を止めてくれ!」
「クロリンダ様、あれは聖魔法ですから我々に害はありません」
かたわらに控える魔法医の言葉が聞こえているのかいないのか、
「おぬしら! 妹を止めるのじゃ!」
立ち上がってレモにつかみかかろうとしたサムエレへ、
「水よ!」
バシャッ
「ぶわっ」
激しい水流に横面をなぐられて、サムエレは再度床に転がった。
「――
「これほどまでに大きな術を発動させたら、妹は魔力切れで倒れてしまう!」
いい加減なことをのたまう偽クロリンダに、
「嘘はよくねえな」
口をはさんだのは俺。
「レモの魔力量は竜人族並みなんだぜ?」
「――汝に
「この者の言うことを信じるのですか、殿下! 姉である私の言葉を――」
「殿下、この少年の言葉が正しゅうございます」
第二皇子に訴える偽クロリンダの言葉を、魔法医がさえぎった。
「ちっ! サムエレ、逃げるのじゃ! 魔石救世アカデミーへ!」
偽クロリンダが叫んだと同時に、
「
「うわっ!」
サムエレが高速移動できる風魔法で第二皇子宮から消えた。何かまずいと悟って、あらかじめ呪文を唱えていたのだろう。ずる賢い小者め。
「――今全てを無に
サムエレが残した一陣の風が収まるとほぼ同時に、レモの聖魔法が完成した。
「
─ * ─
次回『玄関ホールで突然バトル!』
ラピースラ入りクロリンダ嬢! ラピースラごと攻撃されてしまうのか!?
クロリンダ嬢の運命や如何に!?
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