23、第一皇子の所業、全部チクります

「ジュキエーレさん」


 皇后様が俺の肩に手を置き、自分の方にくるりと向きなおらせた。その手つきはやわらかいのに、有無を言わせぬ迫力がある。


 侍女のミーナは無言のまま、皇后様がローテーブルに置いた魔道具を手に取り、ブラシ片手に俺の髪に温風を当て始めた。


「オレリアンは、あなたたちに何をしたの?」


 一語一語確かめるように、彼女は尋ねた。


「えっと、最初着いたら眠り薬入りのお茶が出て――」


「は!?」


 俺の肩に置いたままの手に力がこもり、うしろで髪をかしてくれていたミーナも動きを止めた。そんなに驚くことなのか。


「続けて」


 皇后様の手が心を落ち着けるように、俺の肩から腕へとすべり落ちる。


「はい。眠り薬はユリアが――うんと、一緒に来てたユリア・ルーピ伯爵令嬢が気付いたから飲まなかったんだけど、なんか屋敷に仕掛けがあって、紐を引いたらガコンって床が割れて、せまい空間に落っこちたんだ」


 俺の下手くそな説明に、皇后様の顔が青ざめてゆく。


「屋敷が古いから床が抜けたなんて、おかしいと思ったのよ……。それで?」


「そしたらなんかでっかいロブスターみてぇのと、グールと食人花が待ってて、俺たちはまずそいつらを倒したんだ」


「その話、誰かに訴えた? 衛兵でも騎士団でも――」


 皇后様は心配に胸を痛めた様子で、俺の手を握ってくれる。


「あ、はい、それは―― セラフィーニ師匠とエドモン殿下と、あとなんかお付きの人が色々知ってます」


 我ながら間抜けな答えだと思うが仕方ない。皇后様が息を詰めて見つめてくるので、こっちまで緊張してしまうのだ。


「あの男は!?」


 今度はすごい剣幕で俺の腕を揺さぶった。


「だ、誰?」


「アントン帝よ!」


 まさかの皇帝をあの男呼ばわり。


「エドモン殿下がセラフィーニ師匠や騎士団の人たちと一緒に、報告しに行ったって聞いてます。多分、七日くらい前に――」


「そんな前の話なの!? じゃ、あの男は何も動いていないのね!」


 我慢が限界に達したのか、皇后様はソファから立ち上がった。ぐるぐると部屋の中を歩き回りながら、


「役立たずの昼行灯あんどんめ。オレリアンの首など今すぐ斬り落としてしまえばよいものを」


「ク、クリスティーナ様、どうぞお気を確かに――」


 侍女の一人が慌てて皇后様のもとへ走り寄る。「お気を確か」じゃなくて「落ち着いて」の間違いだろ。皇后さんが想像以上に恐ろしい人で、俺は震えてるんですが。


「お前は事の重要性を分かっていないのよ! 最高の歌声が、失われるところだったのよ!?」


 侍女を叱責する皇后様の声を聞きながら、俺は内心複雑だ。価値があるのは俺の命じゃなくて歌声か……


「いい? 声というのは楽器の中でも特別なの。名器と呼ばれる楽器は、正しくメンテナンスすれば何十年、何百年と美しい音を奏でるわ。演奏者が変わっても、奇跡の音色はよみがえるの。だけど――」


 皇后様はソファの上の俺を振り返った。


「声だけは違う。人というはかない命と共に消えてしまう」


 驚いたことに、彼女の両眼からは涙があふれていた。ふらり、ふらりと近付いてきて、俺の両腕をがしっとつかんだ。


「あなたがこの世から消えてしまったら、二度とあなたの歌を聴くことはできないのよ!?」


 澄んだブルーグレーの瞳から、とめどなく涙が流れる。大変だ……皇后様を泣かせてしまった。


「絶対に失いたくないの、あなたの声を――」


 彼女は泣きながら俺を抱きしめた。


「大丈夫ですよ」


 俺は彼女をなだめるように、その背中をなでた。


「ロブスターとグールと食人花はザコだったから、俺たちぱっぱと倒したんで」


「それで、まだ続きがあるんでしょう?」


 うしろからミーナの冷静な声が問う。


「はい。そのあと亜空間にスキュラと一緒に閉じ込められて、それも倒して亜空間から脱出したところで、エドモン殿下と騎士団と合流した感じです」


「うぅっ、私のかわいいジュキエーレ――」


 俺をきつく抱きしめたまま、皇后様が嗚咽おえつをもらす。


「なんとしても私が守るわ!」


「クリスティーナ様」


 冷めた声で水を差すのは、またもやミーナ。


「この方は聖剣の騎士アルジェント卿。帝国一強いと言われるお方ですよ」


「でもっ、この子の声帯に傷がついたら困るでしょ!?」


「私はどちらかというと、彼の綺麗な顔に傷が付く方が嫌ですね」


 ミーナの言葉にほかの侍女二人もうなずいている。


「だからどっちにしても、この子は守らなくちゃいけないの!」


 感情的な皇后様に、


「でも帝国一強いんですけどね」


 どこまでも流されないミーナ。いいコンビだな……


 皇后様もようやく落ち着いたのか、ソファに背をあずけた。


「劇場に出た魔物も、あっという間に片付けていたものね。やっぱりあなたは聖剣の騎士アルジェント卿なのね……」


 こくこくとうなずく俺。


「アーロンが言っていたけれど、歌って瘴気の森の魔物を鎮めたり、おびえて走れなくなった馬をなだめたりしたというのは?」


「それは俺のギフトでして」


 あまり手の内を明かしたくねぇなと思っていたら、


「ほら、クリスティーナ様。ヴァーリエ冒険者ギルドから届いた書類に書いてあったじゃないですか」


 ミーナの言葉に、皇后様がソファから身を起こした。


「そうだわ、歌声魅了シンギングチャーム!」


 そこまで報告が行っていたのか。ギルドって皇家の情報開示請求には、一切逆らえないんだな。


「アーロンの話を聞いたときは竪琴が魔道具なのかと思っていたけれど、違うのね」


 皇后様の推察は間違っているのだが、そういう考え方もあったのか、と俺は初めて気付いた。


「決めたわ!」


 突然、皇后様が楽しそうな声を出した。


「オペラの配役!」



─ * ─



そういえばまだオーディションの結果は伝えられていなかったんですよね。

もう一人の歌手が歌っていなかったですしね。


※オレリアン第一皇子は皇后様の実の息子ではありません。詳しくは第4章「04、皇帝を動かす方法はあるのか?」や「20、性別、バレました」に記載しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る