19、浴室をのぞかれるのはヒロインの宿命
皇后様と食卓を囲むことになってしまった! 大丈夫か、俺。よっしゃ、ここは先に謝っておこう!
「すみません、クリスティーナ様。私は田舎出身の庶民ですので、テーブルマナーとか下手くそすぎて不快にさせてしまうかも」
使用人が引いた椅子に腰を下ろしながら、皇后様は吹き出した。
「はいはい。あなたはどこまでも思ったことを素直に話す子なのね」
あれ~? そういう反応?
「安心して。私はあなたの綺麗な声を聴いていられれば幸せだから」
「えーっと、歌わなくていいんですよね?」
「話し声もとても魅力的なのよ。気付いてる?」
そんなこと言われても――。困ってうつむいていると、前菜が運ばれてきた。食欲をそそる匂いに、お腹がすいていたんだと気付く。緊張していたから空腹を感じなかったのだ。
皇后様はレモと違って、ちゃんと食前の祈りを唱えている。俺も精霊教会の祈りを捧げた。
皇后様は小さな気泡がきらきら輝く白葡萄酒を傾けながら、
「話しているときのあなたの声は落ち着いた音域で、
うっとりとした表情で俺を見つめた。前菜のスモークサーモンをフォークにからめたまま返答につまる俺に、
「歌っているときの澄んだ高い声も素敵だけれど、低い声には色気があるわ」
「は、はい……」
そんな身を乗り出して俺の声の話をされても、反応に困るんですけど!?
前菜のあとにはチーズの香りがたまんねぇリゾットが運ばれてきたが、皇后様は、
「私は結構」
と断って、また
リゾットの後に出た、魚に香草をたくさん乗っけたオーブン焼きも同様に辞退。俺にとっちゃあ複数のハーブが混ざりあったかぐわしい匂いだけで、よだれが出るってもんだけどな。白身魚はふわっふわで、口に入れると上品な、それでいてハーブに負けない香りが鼻腔に抜けた。
「おいしい?」
夢中になって食べていたら、皇后様がほほ笑んで俺を見つめていらっしゃる。ぶんぶんと首を縦に振ると、
「よかった。元気に食べている子を見ると、私まで幸せな気持ちになるわ」
目を細める様子は、少しだけ母さんみたいだった。
皇后様は、魚の付け合わせとして供されるグリル野菜だけを召し上がっている。最高のごちそうも毎日食べていたら、飽きちまうもんかな?
「クリスティーナ様、食後のデザートは召し上がりますか?」
使用人が尋ねに来ると、
「今日は何?」
「
「いただくわ」
おいおい、甘いもんは食うのかよ。
よく冷えた容器に入って運ばれてきたのは、ぷるんとした真っ白い食べ物。恐る恐るスプーンを口に運ぶと、
「うまっ」
思わず声が出た。舌の上に乗せるとスッととろけて、ミルクのコクと甘みを凝縮した幸せな味わいが口いっぱいに広がる。
「おいしいでしょう~」
皇后様は満足そう。
「とってもおいしいです。こんな上品なモンスター料理、食べたことありません」
「よかったわ。気に入ってもらえて。今夜はもう遅いから泊まっていくといいわ。ミーナ、この子のために部屋を用意させてくれる?」
「かしこまりました」
へ? 侍女さん、うなずいて廊下に出て行っちゃったけど?
「泊まっていくでしょう?」
またあとから俺に訊く……。これ、皇后様の策略なんだろうなぁ。
「それではお言葉に甘えて」
俺はまた断れず、首を縦に振った。こんなところをレモに見られたら、流されちゃうジュキが悪いって怒られそうだ。どうしても明日の午後には帰らなくちゃならない用事があるのに……
食後、与えられた部屋で食べ過ぎた腹をさすっていると、扉をたたく音がした。開けると見覚えのあるメイドさんが立っていて、
「
と尋ねられた。化粧を落とさないように、身体だけサッと浴びればいいかな。皇城の浴室ってすごーく興味あるんだよな……
「はい、行きます」
好奇心に
「こちらが
案内されたのは色タイルが敷きつめられた空間。水魔法がかけられているのか、部屋全体が湯気でくもっている。壁にはどうやら、異界の神々が水浴びする様子が描かれているらしい。
「すぐに
メイドさんは布類を石造りのひじ掛け椅子に置くと、去っていった。
側仕えの者ってなんだろう? まいっか。
俺はさっさと服を脱いで、椅子の上に放り投げる。長手袋やガーターベルトで留めた膝上までのストッキングなど、めんどくせぇ
髪が邪魔なので布で縛って靴を脱ぐと、身体を洗う布を一枚手に取り浴室の奥へ進んだ。色タイルの床はゆるい傾斜がついていて、浴室の両脇へ水が流れるようになっている。
いやまさか浴室に人なんて入ってこねぇよなと思いながら、目を凝らしたとき、
「ジュリアーナさん――」
え、その声――
「「キャァァァァァ!」」
二つの悲鳴が重なった。
─ * ─
次回『性別、バレました』お楽しみに! サブタイがまんまやん!
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