16、皇后陛下にお会いします

 翌日、帝都の地理に明るいレモに手を引かれて、俺は皇城の前に立っていた。長く伸ばした銀髪を耳の上で二つに結って、今日も少女のいで立ちである。ひざ丈で揺れるスカートも、ガーターベルトで留めたストッキングも、だんだん慣れてきて恥ずかしさも薄れてきた。……マジで俺、大丈夫かな?


 壮麗な城を囲む堀には、立派な石橋が架かっている。橋の両脇に立つ番兵の一人に、レモが手紙を見せながら声をかけた。


「すみません。鐘が四つ鳴る頃お城にうかがうようにと、お手紙をいただいたのですが」


 仏頂面で直立していた番兵は、俺とレモを見るなり相好を崩した。女の子の格好をしていると、男の頬がゆるむのも見慣れたもんだ。 


「中身を改めさせていただいても?」


「もちろん」


 うなずいたレモから封筒を受け取った番兵は、裏側に書かれたサインを見るとすぐに、


「どうぞこちらへ」


 と橋を渡り出した。第二皇子を訪れたときよりも、さらに胸が高鳴る。


 城門をくぐると、城下の喧騒はもう聞こえない。よく手入れされた庭を囲むように白亜の宮殿が建っていた。


「しばしここでお待ちください」


 番兵が手紙を手に、城門脇の控室に入って行った。


「レモも一緒に行けるのかな?」


 つないだ手に思わず力がこもる。


「あまり期待しないでね」


 レモは俺を落ち着けるように、優しい微笑を浮かべた。どうしよう、俺一人だったら―― 燦々さんさんと降り注ぐ陽光に照らされ草の匂いに包まれながら、俺は地面が抜けるような不安に襲われる。


「お待たせいたしました」


 先ほどの番兵が、身なりの良い使用人を連れて戻ってきた。


「申し訳ありませんが――」


 使用人が手にした紙面を見ながら言いにくそうに口を開いた。


「本日、皇后陛下とお約束があるのは、ジュリアーナ・セレナーデ様一人とうかがっております」


 あああ、やっぱりレモとはここでお別れかぁ……


「そのようですわね」


 レモはあっさり引き下がる。


「頑張ってね、私のかわいいジュリアちゃん」


 片手を伸ばすと、耳の上で結った俺の銀髪にそっと指をすべらせた。


 うん俺、頑張るよ、姉ちゃん――と答えそうになって慌てて口をつぐむ。だってレモが頼もしくて姉みたいなんだもーん!


 レモはひらひらと手を振ると、番兵と共に橋を渡って城下へ戻っていった。


「皇后陛下の使いの者が来ますので、こちらでお待ちを」


 城内に通された俺は、一階の小部屋に案内された。


 ハウスメイドらしき女性が紅茶を運んできてくれたが、手をつける気にはなれない。こんな心臓がバクバクいってるときに茶なんて飲んだら、胃が荒れそうだ。


 皇后はなんで俺を呼んだんだろう? 一曲歌ったら帰れるかな? もし男だとバレたらどうなるんだろう? 牢屋にぶち込まれるのかな?


 恐ろしくなって、グローブをはめた手でギュッとスカートの裾をにぎる。


 二日続けて同じ服を着るわけにもいかないので、今日はレモの服を借りた。首元と体型を隠すため、薄手の大判ストールを巻いている。


 ――とりあえず今日は、皇后陛下に好かれてきなさい。


 わざわざ俺たちの泊まる宿まで来たセラフィーニ師匠から、出かけに言われた言葉を思い出す。緊張して黙ったままの俺に、長身の師匠は腰をかがめて目線を合わせると、


 ――大丈夫ですよ。君はそのままで、誰にでも好かれる子なんですから。


 にっこりと笑って俺の髪をなでた。


「お待たせしました」


 ふいにかけられた声に顔を上げると、紅茶を運んできたメイドさんが立っている。


「皇后陛下のお待ちになっているお部屋までご案内します」


「は、はい!」


 俺は慌ててソファから立ち上がった。


 メイドさんのあとについて贅を尽くした宮殿内を歩く。床は踏むのがはばられるようなモザイク画で過去の英雄たちが描かれ、マーブル模様の大理石柱が支える天井は絵で埋め尽くされていた。


「あ――」


 どこからか音楽が聞こえてきて、俺は小さく声をあげた。


「皇后陛下が演奏されているんです」


 俺の反応に気付いたメイドさんが教えてくれる。


「すっごくうまいんですね」


 あっけにとられる俺。


「ええ、大変お上手なんですよ」


 メイドさんが綺麗な言葉で返してくれた。やべぇ、皇后さんの前に出たらちゃんとした話し方しなきゃ……


 チェンバロの名演が次第に近づいてくる。いつもレモの演奏を聴きながら感心していたが、皇后陛下の腕前は桁違いだ。


 音の聞こえる扉の前で、メイドさんが遠慮がちにささやいた。


「お連れしました」


 すぐに扉が開いて、ドレスに身を包んだ侍女が姿を現す。そう、劇場オーディションのとき、皇后様の隣にいた女性だ。


「お待ちしておりまし――」


「待っていたわ!」


 侍女の言葉が終わらぬうちに、よく通る声が響いた。



 ─ * ─



一人きりで皇后に会うこととなったジュキ。敬語もまともに使えない天然さんなのに、うまいこと乗り切れるのか!? 男だとバレずに済むのか!?

次回『皇后陛下はお見通し?』です。


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