15、皇后陛下からの手紙

「舞え、雪花せっかの矢!」


 俺の精霊力を練り上げた氷の矢が、怪鳥へ飛びゆく。すんでのところで避ける怪鳥。


「ああっ、矢が皇后様のお席へ――」


 一階で見上げる衛兵が叫んだ。


 そんなわけないじゃん。


「我が意のままにけよ!」


 俺の声に従って、透明な矢は縦横無尽に飛び回り、怪鳥を追撃する。


「グオオォォ!」


 矢がオークの首を貫くと、もう一方が雄叫びを上げた。


 瞬間的に空中で羽ばたきを止めた敵へねらいをさだめ、


「水よ、かの者包みててつきたまえ!」


 空中に現れた巨大な雫が、すっぽりと怪鳥を包み込んだかと思うと、


 ピキピキッ


 刹那のうちに凍りつき、


 ドサッ


 音を立てて平土間席プラテーアに落下した。


「やったか!」


 衛兵の誰かが声を上げた。ロイヤルボックスから見下ろす皇后様やその侍女、劇場の方々に散らばった衛兵たちが、凍った魔物に視線をそそぐ。それから一呼吸おいて、全員がオーケストラピットにいる俺を見下ろした。


 そうだ。今の俺、町娘風のワンピース姿じゃん…… 女騎士ならまだしも、歌のオーディションを受けに来た年端としはも行かぬツインテールの女の子が、さくっと魔物倒したら変だよな……


 パンパンパン――


 乾いた拍手の音が響いた。振り返ると舞台袖に隠れていたアーロンが、ゆったりとした足取りで舞台中央へ出てくる。


「お見事です、ジュリアーナ殿! 時には吟遊詩人、時には冒険者として世界を旅するあなたなら、我々を助けて下さると信じていましたよ!」


 …………あれ? 俺ってそういう設定だった?


「ええ、そうなんです」


 レモもしたり顔でうなずく。


「私の親友ジュリアちゃんは世界を旅して歌ってきましたから、時には魔物に遭遇することもあったんです。身を守るため魔術を学んだんですよ」


 なるほど、口裏をあわせろってわけか。


 アーロン氏、よくまあとっさに口八丁で、でっち上げられるもんだ。決してあくどい奴じゃねぇのに、どこか胡散臭い雰囲気が漂っているのは、こういう立ち回りのうまさによるものか。


 ま、お嬢様のくせに、機を見るに敏を地で行くレモもてぇしたもんだけどな。


「吟遊詩人って戦闘力必要だったのか……」

「いや、そうなのか? 知らなかったよ」


 周りの衛兵たちが微妙に困惑しつつ、耳打ちし合っている。


「でも実際、相当な手練れだよな。放った氷の矢を操れるんだから」

「魔術構築も猛烈に早いしな」

「一瞬前まで可憐な声で歌ってたのに信じらんねえよ」


 私語が止まらない衛兵たちを黙らせたのは、彼らの上司らしい初老の男。


「諸君、私たちの仕事はまだ終わっていない。こんな王都の真ん中になぜ魔物が出たのか、調査せねばならぬからな」


 さすが訓練された衛兵たちは即座に口を閉ざし、上官へ向きなおって姿勢を正した。


 ピンと張った空気を平気で破ったのは、作曲家のフレデリックだった。


「すみません、オーディションは中止でしょうか?」


「申し訳ないが――」


 衛兵の上官が口をひらいたのと同時に、ロイヤルボックス席から侍女が見下ろした。


「皇后陛下は午後のお茶会のためにそろそろお帰りになって、お支度をされる――」


「こんな状態で歌えるわけないじゃないっ!」


 だが二人の声をかき消すような叱責が、突然その場を支配した。歌手ファウスティーナの感情を叩きつけるような物言いに、皆が固まった。


「アタシは得体の知れない魔物に襲われたのよ!?」


 確かに彼女のドレスには焦げ跡が残り、思いっきり出した肩も怪我しているのが見えた。


「死ぬかもしれない危機を脱した直後に、いつもの実力が発揮できると思って!?」


 怒りの矛先は、間抜けな質問をした作曲家に向けられた。彼は女性歌手をなだめようとしたのか、それとも言い訳を思いついたのか口を開いては閉じ、また開いてアワアワしている。


「シニョーラ、オーディションは中止です」


 舞台に響いた重い声は衛兵長のもの。


「あなたと劇場支配人殿、そしてそちらの――」


「私は今をときめく作曲家です」


 フレデリックの自己紹介に衛兵長はわずかに苦笑しつつ、


「作曲家殿には事情を聞かねばならない。どういった状況でどこから魔物が入ったのか。それからカルロ」


 誰かの名前を呼んで劇場内を見渡すと、


「はっ」


 歯切れのよい返事と共に精悍せいかんな衛兵が一人、敬礼して舞台近くに進み出た。


「君は部下と共に凍っている魔物を持ち帰り、魔法騎士団に調査を依頼してくれ」


「承知しました!」


 これ、俺とレモも帰っていいのかな?


 舞台によじ登ってロイヤルボックスを見上げると、いつの間に移動したのか皇后陛下もその侍女も姿を消している。


 衛兵長の指示に従い、事情聴取のために舞台袖に引っ込もうとしたアーロンに、レモが小声で尋ねた。


「私たちは帰っていいのかしら?」


 ナイス、レモ!


「ええ、ええ。もちろん。オーディション結果は後日、滞在先の宿に連絡します」


 短く答えてアーロンは、女性歌手と作曲家と共に姿を消した。


「ジュキ、お疲れ!」


 レモが駆け寄ってきて俺を抱きしめる。


「うん、二曲目は歌えなかったけどな。これで皇后様に興味を持ってもらえたのかな?」


「ま、できることは全てやったんだし、気楽に結果を待ちましょ」


 俺を抱き寄せながら舞台袖へと歩き出したレモが、緞帳の陰に入ったところで、ちょっと背伸びして声をひそめた。


「ラピースラ・アッズーリも、あれから姿を現さないしね」


「だよな。どこに行っちまったんだろ?」


 俺はレモの楽譜を持っていない方の手を握って、うす暗い舞台裏を歩いてゆく。


しろだったロベリア叔母様の肉体が使えなくなっちゃったし、私も聖石に守られてるから――」


 レモはベルトに嵌まったピンク色の宝石をなでながら、首をかしげた。


「次の器でも探しているのかしら?」


 そうかも知れねえ。だがそれより問題なのは――


「レモ、俺たちどこから入ってきたか覚えてる?」


「迷ったわね」


 劇場の建物は思ったより広く複雑だった。しかもどの通路も同じサーモンピンクの絨毯が敷かれ、白い壁に似たような扉が並び、見分けがつかない。


「あんたたち、どこへ行くんだい? こっちは大道具部屋だよ」


 扉の一つが開いて、劇場スタッフらしい女性に声をかけられた。


「道に迷ってしまって――」


 言ってからダサイかなと気付いた俺、語尾が消えかける。代わってレモがはきはきと、


「私たちはオーディションを受けに来た者です。たった今、皇后様の御前ごぜんにて演奏させていただきました。ですが関係者入り口への戻り方が分からなくなってしまって」


「ああ、そんなことかい。こっちだよ」


 彼女について行ったら、すぐ見慣れた場所に戻って来た。行きと同じ守衛さんが座っている。


「あ、君―― 今日歌った歌手さんかい?」


 守衛さんが立ち上がって、木枠の向こうから声をかけた。


「皇后陛下の侍女さんが、この手紙を渡してくれって」


「えっ」


 差し出された封筒を受け取ると、


「気に入られたな、お嬢ちゃん」


 守衛の男はニヤリと笑った。




─ * ─



手紙に書かれていた内容は? 次回『皇后陛下にお会いします』

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