14、突然のキス

「私は、回りくどいことは嫌いなの。だから率直に言うわね」


 彼女の魅力的な瞳が、まっすぐ俺を射た。


「ジュキ、愛してる」


 俺も―― その言葉を言うより先に、背伸びしたレモの唇が俺の口をふさいだ。やわらかくて、熱い……燃えるような彼女の情熱が、俺の中に分け入って絡み、まとわりついてくる――


「あらあら~、ジュキちゃんが女騎士の鎧をつけてるせいでショートヘアの女の子に見えるから、なんだか背徳的ね!」


 ああもう! 姉にこんなとこ見られるなんて気まずすぎる!


「わぁ、女の子同士ってなんだか綺麗! 素敵だなーっ」


 目覚めるな、ユリア。


「ジュキ、分かってくれた?」


 長い口づけを終えたレモが、俺からようやく身体を離した。彼女が触れていたところが、ジンジンと熱を持っているようだ。


 まるで怒ってるかのように真剣な顔したレモに、俺は混乱したまま、とにかくうなずいた。


 今後は考えもなくレモを挑発しないようにしよう。彼女の愛はところかまわず爆発するんだ。――でもそれって、俺を愛してくれてるってことなんだよなぁ。


「ジュキちゃん、キスの余韻に浸ってニヤニヤしてないで、髪伸ばしてちょうだい。結ってあげるから」


 ねえちゃんの声で我に返る俺。横目でレモの様子を確かめると、部屋のすみで真っ赤になっている。今さら自分のしたことが恥ずかしくなったのか?


 俺は心を落ち着けるために深呼吸すると、吐く息と一緒に精霊力を解放してゆく。俺のまわりを銀色の光がキラキラと舞い始めて、ユリアが目を見開いた。


「わぁ、綺麗!」


 俺の銀髪には精霊力が宿っているそうで、力を解放すると一気に伸ばすことができるのだ。


 まるで凍った滝が落ちるように白銀の糸が波打ち、束になって俺の肩や胸や腰にかかる。


「ジュキちゃん、ヘアスタイルのご希望はあるかしら?」


「追手の目をすり抜けるために人族の振りをしたいんだ」


 俺は竜人族に特徴的なとがった耳を指さしながら、


「これを隠したい」


 レモが猫耳をつけただけで冒険者たちはだまされていた。人相書きが出回っているわけじゃないから、特徴的な容姿から判断するしかないんだろう。


「それじゃあ―― こめかみあたりの髪は結ばずに頬にかかるようにして、横の髪を高い位置でツインテールにしましょう!」


 されるがままになっているうちに髪は終わったらしく、化粧が始まった。ファンデーションブラシが優しく額をすべる感触は嫌いじゃない。


 ねえちゃんはレモにメイク術をレクチャーしながら手を動かす。


「チークは瞳より内側には入れないようにね。縦長に伸ばさないで、外側に楕円形に広げるようにすると、少年っぽい輪郭をふんわり丸い女の子風に見せられるわ」


 最後に小さな筆で、ねえちゃんが俺の唇に紅を置いてくれた。


「内側ほど濃くなるように、二種類の色を使ってグラデーションにすると、自然な血色が出てかわいいわよ」


「なるほど……」


 レモは真剣な顔でメモを取っている。


 ねえちゃんは化粧道具をしまうと、一歩下がって全体を確認した。


「わっ、かわいい」


 真面目な顔で驚くもんだから、俺は反応に困って目を伏せた。


「お姉様、ありがとうございます! ジュキをこんなにかわいくしてくれて。しっかり学ばせていただきました!」


 そっか、明日の朝からはレモに手伝ってもらって女装しなきゃいけないんだ。せっかく好きな子と旅するのに、恋人の手で毎日女の子にされちゃうなんて―― 切ない気持ちでうつむいていると、ひょこひょことユリアがやってきた。


「完成したのぉ? ジュキくん、こっち向いて」


「ん……」


 気のない返事をして顔を上げると、


「わぁ、すごいねぇ、ジュキくん。わたしたち四人の中で一番美人さんだよ」


 まったく他意のない様子で感心するユリアに、レモも姉も沈黙した。


「なっ、何言ってるんだよ!」


 俺は慌てた。


「ユリアはぷにぷにして子供みたいでかわいいし、レモはちょっと気の強い元気な美少女だし、ねえちゃんは正統派美人だろ?」


「そぉかなぁ~? じゃ、みんなで鏡の前に並んでみる?」


「あ、私出かける支度しなきゃ!」


 レモがいそいそと寝室へ戻り、


「私もキッチン掃除しようと思ってたのよね」


 ねえちゃんも突然あわただしく動き出した。




 そんなこんなで、ねえちゃんの出勤時間ぎりぎりに、俺たちは慌ただしく家を出たのだった。


「ジュキちゃん、ここまでしかお見送りできなくてごめんなさいね」


「いやいや、もうギルド始まる時間でしょ?」


 俺たちは冒険者ギルドのある中央広場で別れを惜しんだ。


「お姉様、こちら昨夜お話しした、帝都にいる師匠宛ての手紙です。早馬便でお願いします」


 レモが銀貨を添えて、姉に手紙を託した。


「じゃ、いってきます!」


「いってらっしゃ~い! 気を付けてね~!」


 姉に手を振りながら、帝都方面街道のほうへ歩きだした俺の手をレモが引いた。


「ジュキ、馬車の乗り場はこっちよ」


「馬車!?」


 驚いて訊き返すと、


「そうよぉ、帝都までって旅慣れた人が歩いても最低十日はかかるのよ。ユリアのやわな足がすり減っちゃうわ」


「わたし、もっとちっちゃくなっちゃう!」


 そうですか……


 というわけで中央広場を横切って停留所へ。ギルドに出入りする冒険者とすれ違ったが、俺とレモの正体に気付いた様子はない。


「へい、いらっしゃい! お嬢様方。馬車のご利用ですか?」


 停留所の建物から馬丁ばていが出てきた。


「ええ。帝都方面へ行きたいの」


 猫耳としっぽを付けて猫人ケットシー族に扮したレモが、はきはきと答える。


「よござんす。ではとりあえず次の宿場町まで手配いたしやしょう」


 帝国の駅逓制度は、各宿場町を馬車でつなぐもの。旅人は馬車を乗り換えねばならないが、各地の馬車ギルドがそれぞれの管轄地域内を走ればよく、御者にとっては見知った道だから負担が少ないのだろう。


「お願いするわ」


 レモがうなずくと、男は停留所の建物の中へ消えて行った。一階が土間になっていて、吹き抜けの空間で馬たちが草をはんでいる。きっと上の階が御者の休憩所なんだろう。


「俺、駅逓馬車なんて使うの初めてだよ」


 レモにこっそり耳打ちすると、


「私だってそうよ。公爵家の馬車しか乗ったことないわ」


 そりゃそうか。そのわりに一切物怖ものおじしないのはさすがレモ。


 馬丁が、御者の乗った馬車を誘導しながら戻ってきた。ふと、俺が腰につけた革の帯刀ソードベルトに視線を落として、


「おや、その紋章はルーピ伯爵家の――」


 そう、革には伯爵家の紋章が型押しされているのだ。


「もしやあなたは――」


 しまった、バレたか? と思いきや、馬丁の視線の先にいるのはユリア。


「ルーピ伯爵家のお嬢様!?」


「そうだよー。ユリアだよー」


 のんびりとした調子で身分を明かす。


「あらあら、お忍びの旅なのにバレちゃったわね」


 レモもまったく動じない。


「おっしゃる通り、この方はユリア・ルーピ伯爵令嬢。私はその侍女。そしてこちらの護衛さんは――」


 と俺を振り返り、


「人族の領土からわざわざ呼び寄せた、帝国一美しいと評判の女騎士よ」


 護衛の騎士を選ぶなら帝国一強い奴にするだろ普通、と突っ込みたいのを我慢する俺。


「ほほーう、そうでしたか!」


 馬丁はこれっぽっちも疑わなかった。俺をうっとりとながめ、


「帝国一美しい女騎士さんを拝めるなんて、あっしは幸せ者だなあ」


 喜びをかみしめていらっしゃる。


 こうして獣人侍女に変装したレモと、人族の女騎士に化けた俺は、本物のケモ耳令嬢ユリアと共に帝都へ向けて旅立ったのだ。




─ * ─



次話、敵side『第一皇子の変貌』をお送りします。

魔石救世アカデミーと関わる彼を、家臣たる法衣貴族たちはどう見ているのか?

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