12、後輩ちゃんは妹モードで誘惑する

 無防備にも思いっきり開脚したユリアが、俺の両足の上に乗っている。膝の上にユリアの尻の重みを感じるという困った状況。


「なあユリア、あんたも帝都にいたんだろ?」


 何か話さないと心臓がバクバク言うので、話題を探す俺。


「うん。一年半くらい――もうちょっといたかな?」


 ユリアは両手を俺の肩に置いて体を支えながら、ぱたぱたとしっぽを振っている。


「第一皇子って見たことある?」


「なんかのパーティーで、うーんと遠くにいたよ」


 そんなものか。辺境の多種族連合ヴァリアンティ自治領の伯爵令嬢じゃあ、貴族の学園に通ってたってお近づきになんかなれないか。


「いくつくらい? 皇子殿下って」


「大人ーっ」


 そうですか…… めちゃくちゃアバウトだな。


「でも、お耳が悪かったんだよ」


「耳が?」


 てことは、俺のギフト<歌声魅了シンギングチャーム>が効きにくいのだろうか。


「そう。でも治ったの」


「へえ、よかったな。いい魔法医が見つかったのか?」


「分かんない。みんな変だって言ってた」


 それまで元気に振っていたしっぽが急に、しゅんとしてしまった。


「変?」


 俺はふと、蜘蛛伯爵の話を思い出した。あいつも病弱な身体を治したくて、魔石救世アカデミーに関わったんだっけ?


「まさか第一皇子、耳が聞こえるようになったのは、魔石救世アカデミーの外部理事になってから?」


「無敵人生アカデミーの立ち食い師になんかなってないよ?」


 どういう聞き間違い!? あっけにとられていたら、ユリアが顔を近づけてじーっとのぞきこんできた。近いって!


「ジュキくんの目、本当に宝石みたい」


「いや、ユリアの瞳も深海みたいですごく魅力的じゃん」


「うふふ、美人さんに魅力的って言われちゃった」


 くそーっ、俺のこと異性だと思ってないな?


「わたしもジュキくんみたいな美人さんになりたいな」


 クスクス笑って俺の頬に触れる。こっちは反応しないように必死なのに! 伯爵令嬢のくせに股広げてひとの上に乗っかりやがって!


「ユリア、俺一応、男だからな?」


 不機嫌な声を出すと、


「知ってるよーっ! きゃははは!」


 ユリアは爆笑して、こてんと俺の胸に顔を寄せた。


「ジュキくんの心臓、ドキドキいってるね」


 しまったぁ! 獣人族って俺たちより耳いいんだった!


「ほっぺもピンクに色づいちゃって。ジュキくんたら、わたしのこと意識してる?」


 蠱惑的な表情で首をかしげる。ついに何も言えなくなった俺の唇を、ちょんっと人差し指でつついて、


「妹にそんな気持ちになっちゃダメなんだよ、お兄ちゃん?」


 こんなふうに兄を誘惑する妹がいてたまるかっ!


 そのとき通りから、レモとねえちゃんの話し声が聞こえてきた。


「レモせんぱい、帰ってきた!」


 ユリアはぴょんっと俺のひざから飛び降りると、玄関に向かって走ってゆく。


 た、助かった……


 それにしてもなんなんだ、あの小娘は! 俺、からかわれてたのかなぁ……


「ジュキちゃん、スープ見ててくれてありがとうね」


 姉に笑顔を向けられて、俺はようやく鍋が火にかかっていたことを思い出した。ゆで上がった野菜の、ほっとする匂いが部屋を満たしているのに、ユリアのせいで気付かなかったよ。


「素敵な服買ってきたから、ジュキちゃん、明日の朝を楽しみにしててね!」


「なんで明日まで待たなきゃなんねーの?」


 今夜、不安で眠れねぇじゃん。


「明日早いんだから、今日は食べてもう寝なさい」


 姉は母さんみたいな口調で言うと、スープを四人分の皿に分けた。


「ジュキにぴったりの、色っぽいデザインなのよ!」


 なぜか興奮してるレモ。


「色っぽい……? 露出度高いのはだめだよ、俺。肌を隠さないと正体がバレるから」


 普通の竜人族は、俺のように異様に白くはないのだ。


「安心して。そこはちゃんと対策しつつ、ジュキの綺麗な身体を活かせるデザインを選んだの。ぐへへっ」


 妙な笑い方をするレモ。


「さあ、いただきましょう!」


 ねえちゃんが俺たちに笑顔を向けて、


「チーズをかけて召し上がれ」


 テーブルの真ん中に置いた皿に、ハードタイプのチーズと、削り器グレーターを載せた。


 食前の祈りを唱えてから、四人では小さすぎるテーブルを囲んで夕食を取った。


 パーティメンバーと酒場の汚れたテーブルを囲んで食った、むさい飯とは大違いだ。女の子たちはせまい空間に集まっても汗臭くない。みんなの笑い声が明るくて華やかで、いい気分だ!




 そして夜。姉は少し困った顔で、


「うち、ベッドが二つとソファが一つしかないのよ」


 洗いたてのシーツをソファにかけながら、


「レモネッラさんとユリアさんには申し訳ないんだけれど、二人で一つのベッドに寝てもらえるかしら? 私はソファを使うから、ジュキちゃんはベッドで休んでね」


「ねえちゃんからベッドを――」


 奪うわけにはいかないから俺たち宿を取るよ、と言おうとしたら、レモが思いっきりかぶって発言してきた。


「お姉様をソファで寝かせるなんてできませんわ! ここはお姉様の家。どうぞご自分のベッドでお休みください」


 それからユリアを振り返り、


「どこでも寝られるユリアはソファでもいいわよね?」


「うん! わたし空気さえあれば大丈夫!」


 空気がなけりゃ寝られないどころか生きられないだろ。


「じゃ、決まりね!」


 パンパンと手をたたくレモ。


「ん……? それで俺はどこで――」




─ * ─




レモの策略や如何に!?

次話、帝都に向けて出発です。『聖剣の騎士、女騎士となる』お楽しみに!

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