10、邪魔くさい冒険者たちをまく方法

 巨大な戦斧バトルアックスが宙を舞い、四人の男たちは次々と倒れ伏した。


 あっけにとられている俺に、やりきった笑顔のユリア、


「わたしの必殺技すごいでしょーっ ジュキくん褒めてー!」


 うれしそうにぴょんぴょんと跳ねている。


「あ、ああ。色んな意味ですごいと思うけど、こいつら大丈夫?」


「死んでないよーっ じいじが――なんて言ってたかな? ノーシンとうっていう場所に魂が飛んで行っちゃうんだっけ?」


脳震盪のうしんとうな」


 俺たちは気を失った冒険者たちを街道に残して、とりあえずヴァーリエに向けて再出発した。


「なんで帝都の第一皇子が俺たちに用があるんだろう?」


「さぁ……分からないわ……」


 レモは浮かない顔をしている。


「もしかして皇子さんと知り合い……?」


「なわけないでしょ」


 一蹴いっしゅうされた。


「だってあんた、貴族さんたちが通う魔法学園にいたからさ」


「世代が違うわ。私が恐れているのは―― 帝都にいる師匠が送ってくれた手紙に、第一皇子が魔石救世アカデミーの外部理事を務めているって書いてあったでしょ?」


 なんか関係があったってのは覚えているが、外部理事だっけ?


「私はちょっと財政支援をしているくらいかなって思ってたの。でももっと深く絡んでいるのかも――」


「ラピースラ・アッズーリが皇子の名前を使って、俺たちをつかまえようとするくらいだもんな」


「そうね……」


 レモは柄にもなく深いため息をついて、


「皇帝陛下の血族と争うことになったら大変だわ……」


「レモ、あんたはこの件、降りてもいいんだぜ? ラピースラ・アッズーリは俺の因縁の相手だが――」


「ちょっ―― ジュキ!?」


 レモが大きな声を出して、俺をまっすぐ見つめた。


「何言ってんのよ! 私はきみの人生のパートナーよ。いつだってこの手を離したりしないんだから!」


 つないでいた俺の手を両手でしっかりと握りしめた。


「レモ――」


 彼女がいつでも俺の味方でいてくれることが心強くて、うれしくて、俺は道の真ん中で足を止めた。しばし見つめ合う二人――のいい雰囲気を破ったのは……


「おーっと! キスシーン来るかな!?」


 ユリアのおどけた声に俺たちは我に返って、慌ててそっぽを向いた。


 レモは気を取り直して、


「ま、私は先祖のやったことを子孫が責任取るべきなんて考えの持ち主じゃあないけれど、でも現在進行形でやらかしてるご先祖様だからね。私個人として、止めたいと思っているわ」


「助かるよ、レモ。――にしても俺たちの現在進行形の問題は、どんどん増える冒険者をどうするかってことだな……」


「領都に近付くにつれて増えて行くわね……」


「とうっ! やあっ! うりゃぁ!」


 ユリアが元気に戦斧バトルアックスを振り回しているが――


「ギルド登録冒険者を倒しまくってたら、むしろ俺たちがお尋ね者にならないかなぁ……」


 心配する俺に気付いたユリア、


「ふぅっ、いい汗かいちゃった! じゃあ眠らせる魔法は?」


「明確に俺たちを狙ってくる冒険者には効かないよ。あれは、不意を突かないとな」


「あっ、ジュキが子守唄歌いながら歩くってのは?」


 レモのアイディアに、俺はうなずいて亜空間収納マジコサケットから竪琴を出した。


「試してみよう!」


 街道脇に立つ松の木に背をあずけ、ハミングしながら竪琴を調律していると、折よく向こうから冒険者たちが歩いてくるのが見えた。俺たちの方を指さして何か話しているようだ。


 俺は歩きながらポロンポロンと竪琴を爪弾き始めた。風上は俺たちの方。うしろから吹いてきた南風は、竪琴の響きをさらって男たちのもとへと運んでゆく。


「なんか、あの人たち、歩く速度が遅くなってない?」


 レモの言う通り、男たちの足取りは、酩酊めいていしたかのようにおぼつかない。それでも互いの顔が分かるくらいの位置まで近づくと、


「おぉ~い、お前さんがた~、お~れたちとぉ一緒に~帝都へ~」


 寝ぼけまなこで話しかけてきた。


 俺は潮の匂いがまじる風をたっぷり吸うと、語りかけるように歌い出した。


「――お眠りなさい、いとおしい子よ。

 夜は大きな黒い布、あなたをやさしく包み込む――」


 歌詞の通り、彼らの心を包み込むように歌を紡ぐ。子守唄とはいえ屋外だから、あまり小さな声では届かない。やわらかい音色を心がけつつ、しっかりと支えて発声する。 


「――お休みなさい、大切な子よ。

 朝にはまたの光が、あなたをやさしく包み込む――」


 竪琴が最後の和音を奏でたときには、冒険者たちは街道沿いの木陰に座りこんでいびきをかいていた。


「あ~やっぱりジュキの歌って最高!」


 となりでレモが気持ちよさそうに伸びをした。


「心に潮風が吹き込むみたいに、すがすがしい気分!」


「すぴーっ」


「ユリア、起きて!」


 道の真ん中で立ち寝するユリアをたたき起こすレモ。


「俺、ユリアには歌声魅了シンギングチャームをかけないように意図したんだけど!?」


 驚く俺に、レモは何食わぬ顔で答えた。


「この子は子守唄を聞くと自動的に寝るようにできてるのよ」




 その後も冒険者たちは俺の歌声に無事、心地よくなってその場でお休みになっていった。だが領都も近付いてきたころ、俺はふと心配になった。


「なあレモ、これヴァーリエまでじゃなくて、帝都までずっと歌い続けなきゃならないんじゃあ……?」


「そうだわ!」


 レモがぽんっと手をたたいて、バッグから猫の耳がついたカチューシャと、猫のしっぽがついたベルトを出した。


「何それ?」


「スルマーレ島観光中に、お土産物屋さんで売ってたの。かわいいでしょーっ!」


 いそいそと頭につけて、


「獣人さん変身セットー!」


「おお、かわいい」


 素直な感想をもらす俺。


「わーい! レモせんぱいがわたしとおそろいー!」


「ユリアはワンコでしょ?」


「わたしオオカミだよー!」


 頬をふくらますユリア。黄色い犬の耳としっぽがついているようにしか見えないユリアだが、狼人ワーウルフ族だっけ。


 獣人変身セットは効果があったようだ。


 行きあう冒険者に歌声魅了シンギングチャームをかけずに様子を見てみると、


「お、あんなところに聖剣の騎士が!」


「連れの女の子は二人とも獣人族か」


「次期聖女のレモネッラ嬢は一緒じゃないみたいだな……」


「うーん、あの猫人ケットシー族の女の子、ピンクブロンドの髪だけどなぁ」


 首をかしげながら手元の資料を確認している。


「なあレモ、その変身セット、俺の分はないの?」


「あら? ジュキも猫耳つけて、さらにかわいくなりたかった?」


 からかう気満々のレモ。そういう意味じゃないって分かるだろー!


 現れた冒険者を子守唄で寝かせてから、俺はしぶしぶフード付きのローブと白いベールを出した。


「これで姿を隠して歩くよ」


「あら、もったいない」


 しかし季節は五月も下旬。


「暑い! 息苦しい!」


「がんばってー。もうすぐ領都ヴァーリエよ!」


「とてもじゃないけど帝都までこれはきついな……」


 ほかの方法を考えなくちゃなんねえ。くそー、第一皇子め、迷惑な依頼を出しやがって!


 俺たちは日が傾くころ、ヴァーリエの冒険者ギルドがある中央広場に到着した。


「あれ? ジュキちゃんじゃない!」


 ちょうどギルドから退勤した姉アンジェリカが、広場を横切って走ってくる。長身の体躯に豊かな胸――我が姉ながら均衡のとれた容姿は美しく、絵のようだ。紫がかった銀髪は、今日も高い位置で一つにまとめられている。走るたび左右に揺れ、夕日を受けて輝いていた。


「ジュキって―― 聖剣の騎士ジュキエーレ・アルジェントだ!」


 酒場のテラス席で飲んでいた冒険者が、ねえちゃんの声を耳にして立ち上がる。


「ミスリル貨三十枚!」


 仲間もそれに続いたが――


「お黙りなさいっ!」


 ねえちゃんの持つギフト<威嚇ブラフ>が発動して、冒険者を止めてくれた。中腰のまま立ちすくんでいる。


「ねえちゃん――」


 口をひらきかけた俺に、


「高額報酬の依頼がかけられたのは知ってるわ。三人とも私の家へ来て」


 素早く俺の手を引いて、路地の方へ急ぐ。


 ヴァーリエ大聖堂の鐘楼にかかった夕日から身を隠すように、俺たちはせまい路地を足早に通り抜け、姉の住む集合住宅アパルトマンへ避難した。




─ * ─ * ─




次回、ギルド職員である姉が、第一皇子が出した依頼の詳細について語ります!

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