09、莫大な報酬で依頼を出したのは

 あごまで水に浸かったニコは、背伸びしたまま話し始めた。


「お、おいらとイーヴォさんが脱獄に成功して、スルマーレ島から出た貨物船の船底にひそんでヴァーリエ港に着いた後、市場で老婦人からすった銀貨を持って場末の酒場で飲んでたら――」


 すごいな。一気に三つも犯罪を自供しやがった。


「――聖剣の騎士と次期聖女を帝都のなんちゃらアカデミーってとこに連れて行けば、ミスリル貨三十枚っていう噂を聞いたんだ」


「ミスリル貨三十枚!?」


 思わず声が高くなる俺。


「モンテドラゴーネ村で三年は遊んで暮らせる額だぞ!?」


 金貨十枚でミスリル貨一枚。つまりミスリル貨三十枚は金貨三百枚に相当する。


「うっそー!?」


 仰天したのはレモ。


「帝都の魔法学園に通ったら一年で消えるわよ!?」


「「えぇっ!?」」


 俺とユリアの声が重なる。


「ユリア、あんたは私と一緒に学園、通ってたでしょ?」


「お金払ったの、わたしじゃないから知らないもーん!」


 全然悪びれないユリア。


「で、『なんちゃらアカデミー』ってなんだよ?」


 ニコに向き直る俺。


「知らねえよ」


「知らないってお前、俺たちをつかまえた後どこに連れて行くか分からねえっておかしいだろ?」


「イーヴォさんが覚えてるから」


 しれっと答えやがった。俺に代わってレモが、


「魔石救世アカデミーかしら?」


真鯛燻製まだいくんせいアカデミー?」


 なんだそのうまそうなのは。


「依頼主は誰なんだ?」


 再び俺が尋ねる。ラピースラ・アッズーリが自ら依頼してきたのだろうか?


「知らねえよ」


 さっきと同じ答えを返したニコ、レモがにらんでいるのに気付いて慌てて付け加えた。


「多分、ヴァーリエの冒険者ギルドに来た依頼なんだ。見たことある連中が話してたから」


「ギルドに行って聞くっきゃねぇか」


 レモを振り返ると、彼女もうなずいた。


「そうね。またアンジェお姉様にも挨拶できるし」


 俺のねえちゃんを「お姉様」と呼ぶレモ。


「ねーねージュキくん、レモ先輩。この罪人二匹どうするのぉ?」


 イーヴォとニコを残したまま、領都ヴァーリエへ向かって歩き始めた俺たちに、ユリアが尋ねた。


「もう一度投獄しなきゃいけねえよな」


「そうねぇ。領都まで連れて行って役人に引き渡すのが筋でしょうけど、こんな小汚いの連れて旅したくないもーん!」


 両手のこぶしをあごに当てて、レモはぷるぷると首を振った。


「そぉぉっれなら!」


 声は海の方から聞こえた。


 ざっばーん!


 木々のうしろに水柱が立ち上がったかと思うと、ぬっと首を伸ばしたのはシーサーペント!


「またあんたかよ」


「そんな嫌な顔をしないでください、竜王殿! スルマーレ島に帰る途中だったんです!」


 おかしい。俺たちは昨日一日ゆっくり村で過ごしていたんだから、聖獣の泳ぎなら今頃スルマーレ島に着いているはずだ。……こいつまた俺のあとをつけてたな。


「と、とにかく竜王殿! が罪人たちをスルマーレ島に連れ戻し、ルーピ伯爵に引き渡しますゆえご心配なく!」


「うん、頼むよ。ありがとう」


「くふぅっ、その笑顔! しびれるぅ! 全身のうろこがおっ立っちゃう!」


 い、嫌だなぁ……


 無言で目をそらした俺に気付いてレモ、右手にバチバチと魔力の火花を散らしながら、


「早く行ってくれる?」


「くっ、鬼っめ。なにゆえ貴様なんぞが竜王殿の伴侶なのだ!」


 シーサーペントは水を操って大きな網を作ると、瞬時にイーヴォとニコをさらい、海の向こうへすべっていった。


「た、助けてくれーっ!」


 ニコの悲鳴だけが遠ざかる。イーヴォのやつ、目ぇ覚まさないけど平気かな? ま、次会うときにはいつも通り復活してるだろう。毛髪以外。


 その後は海沿いの街道をレモとデート気分で悠長に領都まで――というわけにはいかなかった。


 こちらへ向かって街道を歩いてくる冒険者らしき服装の男四人組が、大声で話している。


「あれ、聖剣の騎士ジュキエーレ・アルジェントじゃないか!?」


「木漏れ日にきらめく銀髪、白いマント、小柄な体躯――間違いない!」


「ということは隣にいるピンクブロンドが、聖ラピースラ王国の次期聖女候補レモネッラ・アルバ公爵令嬢?」


「なんであの二人、手ぇつないでるんだ。爆発しろ」


 ラピースラ・アッズーリ――かどうかは分からないが、誰かが俺たちを帝都へ連れて来るようヴァーリエの冒険者ギルドに依頼したなら、正規の冒険者が俺たちをつかまえに現れても不思議じゃなかった。


「おおジュキ、久しぶり!」


 ギルドで見かけたことのある、むさい冒険者が片手を上げて大声で挨拶した。


「知り合い?」


 尋ねるレモに、


「いや、同じギルドに登録してるだけの他人」


 即答する俺。かつて俺が在籍していたパーティは、ヴァーリエ冒険者ギルドで唯一のSランクだったから、こいつは俺を覚えているんだろう。


「ジュキお前、『グレイトドラゴンズ』の荷物持ちから、聖剣の騎士になったんだってな!? 号外で読んだぞ!」


 冒険者Aが妙に親しげに俺の肩をたたくと、その仲間が口々に、


「こいつは荷物持ちなんてやってなかったぜ。なんせ、か弱いから」


「『グレイトドラゴンズ』のカワイイ担当だもんな」


「俺、癒し担当って聞いたけど?」


 なんか腹立つなあ。


「俺たち、ヴァーリエまで急いでるんで」


 急いでないけど追い払おうとした俺に、


「奇遇だなあ! 俺たちもヴァーリエ経由、帝都まで君とそこの公爵令嬢様をお連れしなきゃならないんだ」


 俺と男の間に割り込んだレモは、その表情を見るにすでに戦闘モード。


「あなたたちみたいな二流の護衛、お呼びじゃないんだけど?」


 ま、このパーティ弱そうだから、レモの身に危険が及ぶことはないだろう。


「――っ」


 男は額に浮かんだ青筋を無理やり笑顔で隠しながら、


「気丈なお嬢様だなぁ。あんたが必要としていなくても、俺たち仕事なんでね。『モンテドラゴーネ村にいる聖剣の騎士と、聖ラピースラ王国の次期聖女を帝都の魔石救世アカデミーまで連れて来い』って依頼が、帝都の第一皇子殿下から出てるんだ」


 第一皇子!? なんでそんな大物が――


 レモも驚いたのか俺を振り返ったが、すぐに男を見上げ、


「私たちだけでうかがいますわ」


「お嬢様、おとなしく言うこと聞いた方が身のためだぜ?」


「ユリア、いいわよ」


 レモが男たちのうしろで待機していたユリアに目配せした瞬間――


 ドゴッ、バキッ、ガシッ、ドゴーン!




─ * ─ * ─




三流冒険者の運命や如何に!?

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