37、イーヴォ、髪を失う

「ジュキエーレ殿、褒美として受け取ってほしいものがあるのじゃが――」


 前伯爵が俺の様子をうかがうように話しかけてきた。


 えっ、まさかユリア嬢を下さるとかじゃないよな!?


「そなたの偉業は本来、帝国から爵位をたまわるべきものじゃ。しかしジュキエーレ殿もご存知のように、ここは自治領。帝国中央からは独立しておる。そこでわしの息子――ルーピ伯爵が授与できる爵位として騎士爵を授けたい。受け取ってくれるじゃろうか?」


「えっと―― それって受け取るとルーピ伯爵家に勤めなきゃならないとか?」


 ひとっところにとどまるのが苦手な俺、ちょっと及び腰になる。


「とんでもない!」


 前伯爵は慌てて首を振った。


「そなたは自由騎士になるのじゃ。もちろん今まで通りヴァーリエ冒険者ギルドのSSSランク冒険者の地位も保てるぞ」


「あ、それなら」


 うなずいたものの、何が変わるのかよく分からねえ。


「わしらからの感謝の気持ちじゃ。ささやかな領地としてルーピ伯爵家の別宅の一つ、極光城パラッツォ・アウローラも授けよう」


 屋敷一個分の領地か。――それって別荘では!?


「素敵だわ!」


 レモが目を輝かせている。


「こんな海の上の島に別荘を持てるなんて!」


 海、大好きだよなぁ、レモ。


「ヴァカンスには二人でこの島に帰ってきて、のんびりしましょ!」


 うれしそうに俺の手をにぎる。俺がたまわった家は、当然のように自分も一緒に住めると思っているレモがかわいい。


「では礼拝堂で叙任式を行いましょう」


 司祭の言葉を受けて、前伯爵がうなずいた。


「勲章メダルも用意しよう。ジュキエーレ殿は今後『聖剣の騎士』と名乗るがよい」




 珍事件は騎士叙任式の最後に起こった。


 聖剣は鞘から抜かれ、祭壇に供えられている。司祭が振り香炉を揺らすと、さわやかな香りが俺を包んだ。


「四柱の精霊神よ、見届けたまえ。めでたき今日、我この若者を騎士に叙す」


 司祭がおごそかに告げ、振り香炉をとなりに控える若い聖職者に手渡すと、祭壇の聖剣を手に取ろうとした。


「お、重くて持ちあがらぬ。どうやら選ばれし者のみが持てるようだ」


 そんな仕組みになっていたとは。そりゃ岩から抜けねえわけだ。


「ジュキエーレ殿、自ら手に取って構わんから行ってきなさい」


 うしろから前伯爵が声をかけてくれて、俺が立ち上がったときだった。


「その聖剣とやらは俺様のもんだっ!」


 礼拝堂の扉が突然あいて、牢屋につながれているはずのイーヴォが駆け込んできた。戸口にちらりとサムエレの姿が見えたから、脅されて手引きしたんだろう。


「貸しやがれ!」


 イーヴォの汚い手が祭壇に伸びる。司祭は涼しい顔で、


「一度持ってみればあきらめるでしょう。おもしろいから渡してみなさい。どうなるか見てみたい」


 と不謹慎なことを言うので、俺にとっては羽のように軽い聖剣をイーヴォに手渡してみた。


「ぐおうっ!」


 岩でも落とされたかのように背中から倒れるイーヴォ。


「えっ、そんなに重いの!?」


 好奇心旺盛なレモが駆け寄ってきて手を伸ばす。


「レモ、怪我するからやめなよ――」


 俺の言葉が終わる前に、レモはすでに柄をにぎっていた。


「すっごく重いけど持てるわ!」


 剣として振るえるとは思えないが、持ち上げることはできるようだ。


「くそっ、なぜだ!?」


 大理石の床に這いつくばって悔しそうなイーヴォ。レモは一応聖女の力を持つから、聖剣に多少認められたのだろう。


「あ、腕が限界!」 


「ぐえっ」


 残酷にもイーヴォの腹に落っことした!


「わたしもーっ」


 怪力自慢のユリアもやってくる。


「見て見て! わたし振り回せそう!」


 心が綺麗なら持ち上げられる、とかかな?


「危ないからやめなさい!」


 前伯爵がオロオロする前で、ユリアはブンブンと聖剣を振り回す。


 年老いた司祭ですら、


「おお」


 とか驚きながら、よろめきつつよけたものを、ふらふらと立ち上がったイーヴォが思いっきり当たった。本当に反射神経ゼロだな、こいつ……


 ピシャーッ


「うぐわー!」


 頭から噴射する血液に絶叫するイーヴォ。


「よけてよーっ!」


 ユリアはご立腹である。


「血、血が――血が……! うわあぁぁぁっ」


 頭の皮を一枚はがされて悲鳴を上げるイーヴォに、レモが顔をしかめた。


「ったくうるさいわね! ――治癒光ヒーリングライツ


 あっという間に聖魔法を構築し、一瞬で治してしまった。


「血が――止まった……」


「「「…………」」」


 しかし一同、言葉を失ってイーヴォの頭に注目する。


 何かおかしいと気付いたイーヴォ、手のひらでペタッと頭をさわって――


「な、ない! 髪がない!!」


 頭皮は回復したものの、頭髪が戻らなかったのだ。


「これが聖剣の力かのう」


 司祭が物知り顔でうなずいている。


「き……さまっ―― もとに戻せ!」


 イーヴォは情けなくもレモにつかみかかった。


「もとって血みどろの状態? ユリアー、ご所望よー」


「はぁ~い!」


 聖剣を手にふらふら近寄って来たユリアに、イーヴォは真っ青になった。


「ち、違う! 頭髪の話だっ!」


「だいじょぶよ。うしろのほうは残ってるから」


 確かに後頭部から襟足にかけては髪が生えているのだが、これならいっそのことスキンヘッドのほうがかっこいいまである……


「まあ大人っぽく見えていいんじゃねえか?」


 いい加減なフォローを入れてみる俺。


「うるせーよ白髪野郎! 死人みたいに青白い顔しやがって!」


 涙目で渾身の悪口をのたまうイーヴォ。フッサフサの俺は痛くもかゆくもないぜ。


「きゃはははっ 確かにイーヴォ、三十歳くらい老けて見えるわねーっ 女の子の恋愛対象外って感じ?」


 レモは抱腹絶倒しつつ心の傷をえぐる発言。すでに髪の薄くなった前伯爵と司祭が目をそらす。


 そこへ――


「あいつです! 侵入者は!」


 サムエレが魔術兵を率いてやってきた。


「う、裏切ったな!? サムエレ!」


「あれ? イーヴォくん……その頭――」


「うるせーっ!」  


 叫びながらまたもや引っ立てられていくイーヴォ。何度投獄されたら気が済むんだろう。


「こいつ、もっと強力な魔力封じつけないとだめだな」


「火属性の鍛冶魔法で足枷はずしやがって」


「剣は作れなくても、鍵を壊すくらいはできたのか」


 魔術兵たちが話しながら広場を引きずってゆくのを、島の人々は指さして笑っている。


「男装したレモネッラ嬢に一瞬で負けてたから、ろくな魔法使えないと思ってたぜ」


「弱かったもんなぁぁ」


 しみじみうなずかれてるし。


「ユリア嬢、聖剣返して」


 いつまでも振り回していて危ないので取り返す。


 イーヴォが連行されて静けさを取り戻した礼拝堂で、おごそかな儀式が再開された。


「ジュキエーレ殿にこの紋章入りのベルトを授けよう。つるぎを手渡すことはできぬが、せめてこのベルトを付けさせてくれ」


 前伯爵が俺の足元に片膝をついて、ルーピ伯爵家の紋章が型押しされた革の帯刀ソードベルトを巻いてくれた。


「騎士爵を授与する際は、騎士になる者の願いを一つ聞き入れることが慣例じゃ。わしらに叶えられることなら、なんでも叶えよう。ジュキエーレ殿、何か望むことはないかな?」





─ * ─ * ─ * ─ * ─




心優しいジュキエーレは何を望むのか?


次回はダンジョン「古代神殿」最下層に封印されたホワイトドラゴン、通称「ドラゴネッサばーちゃん」を解放しに出発します!


じりじりとフォロワー様が増えて嬉しいです。ありがとうございます!

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