14、決勝戦から魔術剣大会に出場決定!
「ジュキの婚約者はわたくし、聖ラピースラ王国アルバ公爵家のレモネッラですわ」
うしろから突然気取った声が聞こえて振り返れば、空中遊泳の術で運河の上に浮かんだレモの姿。
「わたくしの婚約者、ジュキエーレ様は素晴らしいでございましょう? 伝説の聖獣シーサーペントにすら戦わずに勝ってしまうのですわ!」
不慣れな令嬢モードでがんばるレモ。なんか敬語が怪しいが、俺も指摘できるほど正しい言葉を使えるわけじゃない。
「ええっ!? レモせんぱい!?」
振り返ったユリアが両手で口もとを押さえた。
「ユリア、久し振り!」
「うそっ! 幽霊!?」
「違うわよっ」
船に降りてきたレモが、ユリアを抱きしめた。
「あったかい! 本物だぁっ!」
ユリアがうれしそうに、スカートから出ている尻尾をぱたぱたと振った。
レモはユリアのカールヘアをなでながら、ルーピ伯爵家のお抱え船頭に視線を送る。
「出してちょうだい。うしろがつっかえてほかの船に迷惑だから」
人を使い慣れているのはさすが公爵令嬢と言うべきか、他家に来てもこの振る舞いってのはさすがレモと言うべきか。
「ジュキの美しい歌声、私の乗っていた舟まで聞こえたわ」
レモがうっとりとしたまなざしで俺を見つめた。
「まわりの乗客も聴き入ってたわよ。シーサーペントが一瞬で夢中になるのも当然ね!」
「うれしくねぇんだけど? いくら聖獣でも雄のウミヘビに惚れられたくないです」
むすっとした俺を、レモは笑いながら抱きしめた。
「ジュキの魅力は種族も性別も越えるってことよ! そんな人が私の婚約者だなんて、帝国中――いいえ、全世界に自慢したいわ!!」
まあレモが満足そうだからいっか。
「お嬢さん」
じいさんが、まぶたの下がった小さな目を丸く見開いたまま声をかけた。灰色の耳がぴんと立っているのは、驚いたのだろう。
「まさか、ユリアがいつも話しているレモネッラさんかい?」
「はい。ユリアちゃんのおじいさまですよね?」
「そうじゃそうじゃ。それにしても聖ラピースラ王国の公爵令嬢であるあなたが、竜人族の少年と将来を誓い合っているとは――」
聖ラピースラ王国の貴族は、昔ドラゴンを封印した大聖女の子孫だと言われている。現在の王国とドラゴンを祖先とする竜人族との間に、いさかいが起こっているわけではないものの驚かれるのは当然だ。
「おじいさま、私には種族とか宗教とか関係ないんです。私はただのレモネッラ。一人の人間としてジュキエーレを愛した、それだけよ」
「ふむ。聞きしにまさる――といった感じじゃな」
ユリアから何を聞いているのか気になるところだ。
「してジュキエーレ殿」
じいさんが俺に向きなおった。
「レモネッラ嬢は公爵令嬢、ユリアは伯爵令嬢だが、聖ラピースラ王国の貴族と結ばれては今後何かと世間がうるさいぞぉ。それにひきかえ我々は共に亜人族。君の両親とてルーピ伯爵家と聞けば良縁だと喜び腰を抜かすに違いない――」
なんと俺を説得する気か。たった今、レモが種族など関係ないと力説したばかりなのに。
「――さらにスルマーレ島は帝国経済の中心地の一つと言っても過言ではない! 聖ラピースラ王国なんぞ、宗教にこり固まって商業活動も芸術も制限するから活気がないが、スルマーレ島には人と物と金が集まり、豊かな暮らしの中で文化が成熟しておる!」
確かに運河からながめただけでも様々な種族の亜人や人族が行き交い、開放的な空気が伝わってくる。
「あの、大旦那様――」
俺は恐る恐る口をはさんだ。なんて呼ぶのが正解か分からないので、使用人が呼んでいた「大旦那様」を採用。間違っても「おじいさま」とは言いたくないもんな。
「そのお話をうかがって種族と豊かさを理由に、婚約者を裏切りユリア様を選ぶ――そんな身勝手で冷たい男が本当に、大切なお孫さんにふさわしいとお思いでしょうか?」
「うっ」
心をこめて説得すると、前伯爵は沈黙した。
「仕方ないのぅ。かわいいユリアの唯一の友人から恋人を奪うわけにはいかんしのう」
残念そうな前伯爵。大体ユリアはまだまだ若いってのに、なんでこのじいさんは孫の婚約者探しに必死なんだろうな。貴族ってこんなものか?
レモとなつかしそうに話していたユリアが、じいさんの季節はずれなコートを引っ張った。
「ねえ、じいじ。レモせんぱいが帝都にハーピー便出したいんだって! うちのファルカちゃんに頼んでいい?」
ファルカさんはルーピ伯爵家のお抱え
それにしてもレモ、ちゃっかりしてやがる。ヴァーリエ冒険者ギルドの場合だが、登録冒険者以外がハーピー便を利用すると、帝都までなら金貨二枚とかなり高額だったはずだ。ちなみに登録冒険者なら半額の金貨一枚だが、普通は
「もちろんじゃよ、ユリア。お前の親友じゃもんな」
相好を崩すじいさん。ちょろいなぁ。
「ありがとう! じいじ!」
孫に抱きつかれて、とろけんばかりの笑みを浮かべている。
「ジュキのおかげよ。ユリアの命の恩人だもん」
レモが俺にこっそり耳打ちした。
「おぼれたのがユリアだって聞いた時点で、これは手紙出しにギルド行く必要ないなと思って、船頭さんに銅貨一枚だけ払ってきたの。運賃はこの運河までってことでね!」
冒険者ギルドまで払わないあたり、せこい公爵令嬢である。小切手で豪華客船には乗っても、不要な経費は一切払わない精神。どういう教育したらこんなしっかりした娘になるんだ? 姉が桁違いのワガママ娘になっちまったから、次女は外の世界で生きていけるように育てたんだろうなあ。
「それからおじいさま、ジュキに聖剣をゆずるっていうお話は――」
恐れ知らずな要求をするレモに、前伯爵はやや疲れた顔で、
「ユリアと婚約できぬなら、聖剣の所有権を渡すわけにはいかぬのじゃよ。魔術剣大会で婚約者探しをせねばならぬからな。じゃがそれでは、シーサーペントから救ってくれたジュキエーレ殿に対しあまりに無礼じゃ」
聖剣を賞品にしなくても、伯爵令嬢と婚約したい男はたくさんいると思うのだが、彼らは聖剣を求めるような強い戦士を望んでいるのだろう。
「そこでわしから提案じゃ。シーサーペントがひれ伏すジュキエーレ殿なら間違いなく優勝するじゃろうが、優勝した場合、婚約者としての権利だけを放棄することを認める。それからもう一つ、特例として決勝から参加するという便宜をはかろう。それでよいかな?」
「もちろんです!」
俺はうなずいた。いちいちザコを相手しなくて済むのは助かる。
小舟は幾度も、水の上に建つ建物の角を曲がり、広々とした運河に出た。
「わあ、なんて大きな運河!」
前髪を潮風に吹き上げられたレモが、突如ひらけた景色に感動する。細い運河を囲んでいた壁のはがれた建物とは違って、大運河に面して建つのは豪邸ばかり。ファザードの装飾が凝っていて、石壁の彫刻を見ているだけで飽きない。
「もうすぐ着きますよ、レモせんぱい。うちはこの運河に面してるの~」
気軽に「うち」とか言ってるけどルーピ伯爵邸も立派なんだろうと思っていたら、想像以上だった。
「金ピカじゃん……」
外壁に金箔が使われている。あっけに取られて、口を半開きにしたまま見上げてしまった。
「サンタ・ラピースラ聖堂みてぇ……」
レモの祖国である聖ラピースラ王国の今は無き聖堂を思い出す。となりに建っている王宮より豪華だった。でもこの屋敷、伯爵邸だぞ!?
「うちの国と違って豪華絢爛よね~」
「聖ラピースラ王国は敬虔な国だから、やっぱあれだよな、贅沢は禁止してるんだろ?」
ちょっと気まずくなってフォローする俺。
「いや、単に経済力の問題よ。商業活動が盛んな領地と、オリーブの木植えてる領地じゃ大違いだわ」
「でもうち、あんまり広くないよ?」
ユリアの言う通り、間口の広さはサンタ・ラピースラ聖堂の三分の一ほどだ。運河に面した一階は、水面から伸びた大理石の柱が天井を支え、直接船で乗り入れられるようになっている。
使用人の一人がレモの書いた手紙をあずかり、俺たちは客間に通された。
「積もる話もあるじゃろう。わしは粋な男だから女子トークを邪魔したりせんのじゃ」
じいさんはそう言い捨てて席をはずした。天使や女神が飛び回る天井画の描かれた部屋には、レモとユリアと彼女の侍女、そして俺が残された。え? 女子トーク? 俺ここにいていいのかな!?
「さーてユリア、説明してもらいましょうか? 帝都の魔法学園にいるはずのあなたがなぜ、
飲み物の置かれたテーブル越しに、レモがユリアを問いつめた。
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一見かわいらしいユリア嬢。
次話から彼女のおとぼっけっぷりが遺憾なく発揮されるようです。
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