05、真夜中の来訪者

 その夜――


「あいつ、今夜も長い夜になりそうですな、とか言ってたけどさ――」


 俺は肩からはずしたマントを椅子にかけながら、鏡の前で髪をとかしているレモに話しかけた。


「――今夜も来んのかな?」


 ちなみに船は明日の朝スルマーレ島に着港するので、船室で俺たちをねらえるのは今夜が最後ってことになる。


 レモは布張りの壁にかけられた金枠の鏡をのぞきながら、


「昼、会ってもはぐらかされる以上、夜襲ってきたところをつかまえて船長に突き出すしかないわよね」


「現行犯逮捕ってか? ま、スルマーレ島に着いてからも付け狙われるんじゃ、たまったもんじゃねぇもんな」


「そ。それで私に考えがあるんだけど――」


 シルクのナイトキャップ片手に振り返ったレモが、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「今夜、服とベッドを交換して寝ない?」


 ……なんとなく嫌な予感がする。


「なぜ服まで?」


「昨日あいつは迷わず天蓋付きベッドで寝ている私を襲ってきたわ。今夜もほぼ確実に、狙いは私でしょ? でも戦力のはジュキにある。だから私たちが入れ替わるって作戦よ!」


 腰に手を当て得意げに語ると、ベッドの上にたたんであった淡い桃色のネグリジェを手渡してきた。広げるとピンクの薔薇が刺繍された、めちゃくちゃかわいい柄。


 固まる俺には構わずに、従者用の細いベッドに脱ぎ捨てたままの白いリネンの服を手に取った。


「ジュキの寝間着はこれね。ちゃんとたたんでおきなさいよ。私が見てあげればよかった」


 お節介を言いやがる。


「それからジュキ、一応髪伸ばしておいてね。きみのボリューミーなくせっ毛、いかにもやんちゃな男子って感じで令嬢に見えないから」


「いやいやいやちょっと待った」


 早口な上によくしゃべるレモを、俺はようやく止められた。


「ベッドだけ変えればよくね?」


「でも敵がどの程度、暗闇でものが見えてるか分からないのよ? 天蓋付きベッドのカーテンを開けたら、そこで寝たふりしてるのは少年でしたってなったら、すぐに私の方に向かってくるでしょ?」


 俺を説得しながら、リネンの寝間着片手に天蓋付きベッドに上がる。


「背を向けたら俺が攻撃魔法で――」


「襲ってくれないと現行犯逮捕にならないのよ」


 うーむ…… 理屈でレモに勝つのは無理か。


「なんかレモ、俺を女装させる機会を作ってるとかじゃないよな?」


「あれ? バレてた?」


 ベッドのカーテンを閉めながら、ぺろりと舌を出すレモ。ちょっとは悪びれろーっ! とんでもねぇ公爵令嬢だ。


 俺は小さくため息をついて、自分のベッドの上で彼女のネグリジェに袖を通した。……なんかいい匂いがするんですけどーっ! 興奮して寝られそうにないから、敵が来たらすぐに気付けてちょうどいい! ってことにしておこう。


「できたわーっ!」


 元気な声と同時に天蓋付きベッドのカーテンが開いた。


 白いリネンで織られたぶかぶかのワンピースに、シルクのナイトキャップをかぶったレモが、ちょこんと座っている。子供みたいでかわいい。


 俺は男としては細いとか華奢だとか言われるけど、やっぱりレモが俺の服を着ると肩が落ちて「カレの服借りてます」って感じになって―― なんかイイ。


「ジュキ、ピンク似合うわね! 肌が真っ白だからとっても綺麗よ」


 ご満悦なレモ。ホワイトドラゴンの血が濃い俺の肌は、ウロコが生えていない部分も人間にはあり得ない白さなのだ。血色すら感じさせないので、同郷のイーヴォたち悪ガキ連中には「死神」などとからかわれて嫌な思いをしてきた。


 でもレモは、人と違う俺の外見をも褒めてくれる。優しい!


「髪結ぶから伸ばしてちょうだい」


 どこからともなくピンク色のリボンを取り出すレモ。


 俺は精霊力を解放することで、髪を伸ばすことができる。縮めることはできないので、氷剣の術で切るしかないのだが。


 鼻歌を歌いながら、楽しそうに俺の髪をふたつ結びにするレモに、


「今回はお化粧しなくていいの?」


「暗いから見えないでしょ」


 なんかさっき言ってたことと矛盾する気がするんだが。


「私、ジュキの真っ白い肌が好きなのよね」


 とことん彼女の趣味に付き合わされているのでは……?


「ふっふっふっ。これでバルバロ伯爵は美少女二人の寝室に侵入した変態貴族ね! 貴族の矜持ですって? そんなもんずったずたに傷付けてやるわ! アハハ!」


 もはやどっちが悪役かわからないレモの笑い声を聞きながら、俺は天蓋から下がるカーテンを閉めてベッドに寝っ転がった。


 精霊力で生み出した溶けない氷の糸を部屋の扉に結びつけたので、開けば気付くはずだ。


「レモ、従者用のベッドじゃ眠れないとか?」


 なぜか俺の枕元に立っているレモに問いかける。


「なんの問題もないわ。私がここにいるのはジュキの寝顔を見るためよ!」


 入れ替わってる意味ないじゃん! 耳元で鼻息荒いレモがつぶやき続ける。


「はぁ…… 銀髪にピンクのリボンって映えるわね…… まつ毛まで銀色だわ…… 長くて綺麗…… こんなかわいい子が私の婚約者だなんて…… じゅるり」


 俺はたまらず目を開けた。


「あの、レモネッラお嬢様。光明ルーチェで照らすのやめてもらっていいですか? まぶしいんで……」


 俺だってあんたの寝顔を見たいのに!! いろいろ理不尽である。


 ふとひらめいて、俺はベッドの上で半身を起こした。


「落ち着いて眠れるように、子守唄歌ってやるよ」


 俺はセイレーン族の母さんから受け継いだギフト<歌声魅了シンギングチャーム>を持っている。俺が彼女の気持ちを休ませたいと意図して歌うだけで、対象の心にその効果を発揮するという万能な能力だ。


「やったー! ジュキの歌が聴けるのね!」


 俺が歌う前から、レモはのぼせたように頬を紅潮させている。


「夜遅いから竪琴の伴奏はなしな」


 竪琴は決して音が大きい楽器ではないが、夜中の船室には響きすぎる。服を交換したり、レモに髪をいじられたりしているうちに、だいぶ夜も更けてきたのだ。


「私はジュキの歌声が聴ければ満足よ」


 うっとりした瞳で俺を見つめながら、素直にブランケットにくるまった。


 テーブルセットの椅子を一脚、ベッド脇に持ってきて腰かけ、レモのピンクブロンドの髪に指の背をすべらせる。鋭いかぎ爪で彼女の地肌を傷つけないように――。俺はささやくように歌い出した。


「――お眠りなさい、いとおしい子よ。

 夜は大きな黒い布、あなたをやさしく包み込む――」


 一等船室の薄闇に、かすかな歌声がとけてゆく。耳を澄ませば寄せては返す波音が、透き通った旋律に唱和する。


「――お休みなさい、大切な子よ。

 朝にはまたの光が、あなたをやさしく包み込む――」


 甘く吐息まじりに、ないしょ話でもするかのように歌い終える。わずかにかすれたファルセットが、夜気をふるわせた。


 気付くと彼女は静かに寝息を立てている。


 天蓋付きベッドに戻るとほどなくして、お客さんはやって来た。部屋の扉がカチャカチャと音を立て始めて、昨日も鍵穴から糸がたれていたのを思い出す。おそらくヤツは糸を操るタイプの魔物で、鍵をはずす技術を持っているんだろう。……伯爵っつーよりコソ泥だな。


 俺はネグリジェの中で竜眼ドラゴンアイをひらいて、扉の方に向ける。ゆっくりと開いたドアから、どす黒いものが入ってきた。


 俺の右手はブランケットの中で、すでに氷のつるぎを握りしめている。


 しかし――


 黒い影は迷わず、レモが横たわる従者用ベッドへ向かった!


 俺は跳ね起きると同時にカーテンをひらき、靴も履かずに黒いうしろ姿に斬りかかった。


「ぐわぁっ!」




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敵の正体は昼間の蜘蛛伯爵なのか!?

二人は彼をとらえ、真相をしゃべらせることができるか? 次話に続く!

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