48、こっぴどくフラれるイーヴォたち

 うっかり振り返ったとき、目があった。


 しまった――


「な、なんと――」


 サムエレが口をぱくぱくさせる。なんとか言葉を紡ぎ出した。


「なんと美しい方だ!」


 マジか。――そういえばこいつ、うちのねえちゃんのことも気に入ってたようだし、銀髪の女性に弱いのかな……?


「おいどうしたサムエレ」


 イーヴォが放心状態のサムエレの肩をたたきながら、ふと俺を見下ろした。


「やべぇ……。マジでかわいいじゃん」


 目が気持ち悪い。明らかに性的なものを含んだまなざしに、身の毛がよだつ。


「でしょでしょイーヴォさん! 王都まで連れて行きましょうよ」


 ニコもやってくる。やっぱりここでぶっ飛ばしていいかな、こいつら?


 いやちょっと待てよ。このままだと馬車で向かう俺とレモが先に王都に着いて、こいつらを待たなきゃならないんじゃ?


「おい女ぁ、俺様たちと一緒に王都ラピースラまで旅しねぇか?」


 俺の肩を抱こうと伸ばしてきたイーヴォの太い手を振り払い、俺はにっこりとほほ笑んだ。


「わたくし野盗にやられるような弱っちい殿方は趣味じゃないんですの」


「ち、違うんだ! 俺様たちはモンスター相手なら無双できるんだぞ! 事実、俺様たちのパーティはヴァーリエ冒険者ギルドでSランクだったんだ!」


 それは俺の歌声魅了シンギングチャームがあったからな。


「それでは盗賊団がギルドに登録したら、SSSランクパーティになってしまいますね」


 俺は扇で口もとを隠しながらクスッと笑ってやった。ま、俺は個人でSSSランク冒険者だけどな。


 言い返せないイーヴォが固まっているうちに小走りで馬車へ戻り、レモに状況を説明する。俺たちは瞬時に合意し、イーヴォたちを馬車の屋根に乗せて王都近くまで運ぶことにした。馬車の天面には手すりがついていて、荷物や人間を乗せられるようになっている。干し草も減ってきたし、彼らの座る場所くらいあるだろう。


「わたくしたちも王都の方へ参る道中です。心やさしいお嬢様が、あなたたちを馬車の上に乗せても良いとおっしゃっています」


 俺はイーヴォたちに告げ、馬車のうしろ側から天井の上にのぼらせた。


 夜の林に吸い込まれてゆく街道を、馬車はまたゴトゴトと走り出す。


 だが俺は上から聞こえる三人の会話に顔をしかめることになった。


「あの美人の侍女さん、絶対俺様に惚れたんだぜ! だから王都まで乗せてくれることになったんだ」


「イーヴォくん、ジュリアさんはあなたの腕を払いのけていたじゃないか。僕はこの目で見ましたよ」


 いつもは冷静なサムエレがめずらしく応戦している。


「サムエレさんだってやんわり断られてましたけど!」


 ニコまで参戦してきたのには驚いた。


「イーヴォくん、ニコラくん。僕は争いを好まないたちですが、ジュリアさんに関してはゆずれません!」


「んだとぉサムエレ!? 生意気だぞ! ジュリアは俺様の女になるんだ!」


「イーヴォさん、サムエレさん。言っときますが、彼女に拒絶されていないのはおいらだけですから!」


 まさかニコまでがイーヴォにたてつくとは。こいつらもついに仲間割れか?


 言い争う三人の声が降ってくる馬車の中で、レモは声をひそめてくすくす笑っている。


「ジュリアちゃんたらモテモテね!」


 クソッ。レモと二人の時間を邪魔しやがって――


真空結界ヴオートバリア!」


 ようやく静かになった車内で、俺はグローブをはめた手でレモの頬にそっとふれた。


「俺はあんただけにモテていたいんだよ」


「本当かしら?」


 レモが蠱惑的な瞳で見つめ、俺の結んだ髪に指をすべらせる。


 本当かって訊かれると、そりゃあまあ女性たちにモテるのは悪い気しねぇよな。だから俺は答えるかわりに、レモの唇を口づけでそっとふさいだ。


「ん……」


 かわいい声を出すレモ。


「ごめん」


 つい謝罪して俺は彼女から離れた。


「あやまらないでよ!」


 レモはちょっと不満そうだ。


わりい、口紅ついた」


 俺はグローブをはずすと、人差し指で彼女の唇をぬぐった。


「私の大好きなジュキの手――」


 レモはいつくしむようなまなざしで、鉤爪と水かきの生えた俺の白い手に自分の指をからめた。彼女は俺が女装していようが、魔物みてぇな姿をしていようが愛情を示してくれるんだな。レモの大海より広く大きな愛に、自分のすべてをゆだねたくなる。


「あ、お化粧直してあげる」


 レモはポーチから小筆と小さな陶器を取り出すと、俺の唇にぽんぽんと紅を乗せた。


「…………!」


 侍女さんたちにしてもらったときは何も思わなかったのに、レモにされるとすごくドキドキする。


「はい、綺麗になったわよ」


 レモのやさしい笑顔に、俺は反応に困って目をそらした。


「どしたの? 恥じらうようにうつむいちゃって、ジュキったらかわいいんだから」


 レモは小筆と紅をポーチにしまうと、俺をぎゅーっと抱きしめてくれた。


「私の恋人は世界一強くて、世界一綺麗なひと。誇りに思うわ」


 俺は彼女の耳元でそっとささやいた。


「愛してるよ、レモネッラ――」




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次回、馬車はついに王都に到着。幽霊馬車も出てくるよ!


「ん? それってレモの作り話じゃなかったんだ――?」


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