40★イーヴォたちの脱獄計画

 昼なおうす暗い地下牢には、カビ臭い空気が沈殿していた。天井近くの小さな窓から忍びこんだ光が、冷たい石畳に鉄格子の影を描く。


 サムエレは硬くて変なにおいのするパンを無理やり口に押しこんだ。


「お前まだ食ってんのか。俺様なんかもう腹が減ってきたってのによぉ」


 染みだらけの布に寝っ転がったイーヴォが、大きなあくびをする。


おせぇなあ、ニコのやつ」


 土魔法テッラのギフトを持つニコは、トンネルを掘る術で脱獄ルートを模索中なのだ。彼がはめられていた足かせは、鍛冶見習いのイーヴォが使う金属加工術によってはずされ、牢屋の隅に転がっていた。


「それにしてもここの奴らはバカだな。魔力量の多い竜人族をろくな魔力障壁もない牢獄に突っ込むなんてよ。ウワッハッハ」


 能天気な馬鹿笑いが陰気な石壁に反響する。


 サムエレはイーヴォから顔をそむけ、ひそかに唇をかんだ。


(ここの人たちがバカなんじゃなくて、僕たちが舐められているんだ)


 昨夜、暗くなってから光明ルーチェを使ったら、いつもの力では半分程度の明るさにしかならなかった。それで彼らは地下牢に魔力障壁が備わっていることに気が付いた。だが並程度の術師が一人でかけた術なのだろう。人族なら魔法を使えなくなるかも知れないが、竜人族の彼らにとって大した問題ではなかった。


(レモネッラ嬢の部屋に強力な魔力障壁がかかっていたことを思えば、公爵家にはそれだけの力があるってことだ。でも僕たちにそんな用心はいらないと判断した――)


 警戒していたら一人ずつ独房に閉じ込めただろう。三人一緒に押し込めるほうが看守にとっては楽だろうが――


(竜人族の冒険者パーティじゃなくて、本気でただのごろつきだと思われたんだろうな。でもそれも仕方ないさ。イーヴォくんとニコラくんが、ジュキエーレくんにあそこまでこてんぱんにやられてはね……)


 二対一にもかかわらず、まったく歯が立たなかった。


(一体ジュキエーレくんに何があったのだろう?)


 サムエレが物思いにふけっていると、ニコが戻ってきた。


「外へ出られましたよ!」


 石畳にあいた穴から、土ぼこりでよごれた顔をのぞかせる。 


「じゃあさっそく行くか」


 と立ち上がったイーヴォをサムエレが止めた。


「暗くなるのを待った方がよいのでは?」


 イーヴォはそれに答えるかわりにニコへ尋ねた。


「お前の掘った穴はどこに通じてるんだ?」


「中庭です!」


 元気に答えるニコ。


「そこに人はいねぇのか?」


「いました! オッサンが数人の従者とともにうろちょろしていました! 服が豪華だったから、あれがアルバ公爵かなぁ」


 ごすっ


 イーヴォのこぶしがニコの頭にめりこんだ。


「それを早く言えよ」


「き、訊かれなかったから……」


 情けない声を出すニコに突っ込むこともなく、サムエレは暗い顔で問う。


「ですがイーヴォくん。脱獄して、そのあとのことは考えていますか? 僕たちはここに投獄されたとき身ぐるみをはがされたから、多種族連合ヴァリアンティへ逃げる旅費もないんだ」


「簡単だろ」


 イーヴォは鼻でわらった。


「この屋敷にはジュキがいるんだぜ? あいつを脅して金を巻き上げればいいだけさ」


(クズだな)


 サムエレは心の声を口には出さなかった。


「イーヴォさんの得意技っスね!」


 ニコは顔を輝かせている。


「ジュキエーレくんがこの広い公爵邸のどこにいるか、分かるんですか?」


 サムエレがいつもの感情のこもらない声で尋ねた。イーヴォは鬱陶しそうに、チッと舌打ちすると、


「おいニコ、もう一度外に出てジュキの部屋を探ってこい」


「はい! でもどうやって?」


「お前が考えるんだよ!」


「ヒェッ」


 イーヴォのこぶしを見たニコは、また殴られてはたまらないと自分で掘ったトンネルの中へ姿を消した。 


(果たして今のジュキエーレくんが、イーヴォくんたちにあっさり金をわたすだろうか? もうイーヴォくんの暴力は彼に通用しないだろうし)


 サムエレは、振り下ろされたイーヴォのこぶしを氷の盾で防いだジュキを思い出した。


(魔法を使ったとしか思えない。それなら彼の魔力量がゼロではなくなったってことだ。だが呪文を唱えている様子はなかった……。だとしたらやはり魔法ではないのか?)


 思考はグルグルと同じところをめぐる。サムエレが闇に沈んだ天井をにらんでいると、ニコがまた地面の穴から顔を出した。


「ジュキの部屋を見つけました!」


「本当か!?」


 身を乗り出すイーヴォ。


「はい! あいつの歌声が聞こえたので!」


 イーヴォはニタニタとあざけりの笑みを浮かべた。


「魔力無しのあいつは歌うことくらいしかできないからな。腑抜ふぬけた貴族さんたちを喜ばせてるんだろうよ」


 ニコも、うんうんとうなずいて、


「貴族って暇だから楽器習ったりするっていいますしね!」


 サムエレは顔色ひとつ変えず、胸中で毒づいた。


(暇だからだと? 無粋な野蛮人どもめ!)


 叔父から頼まれたジュキエーレのおりが終わったというのに、イーヴォたちと行動を共にしなければならない毎日に、彼はいら立っていた。


(くっ、公爵令嬢に雇われて僕の人生もひらけるかと思ったのに!) 


 傭兵や用心棒の仕事はないかと情報集めに入った酒場でマスターと話しているとき、腕に覚えがあるならアルバ公爵家令嬢クロリンダ様の私兵として働いてみる気はないかと声をかけられて、サムエレは未来に希望の光が差した気がした。


 ――考えてみたら僕には貴族のお屋敷で使用人になって、執事まで上り詰めるってほうがあってるんじゃないか?


 最初は魔術兵として雇われたとしても、回復魔法が得意な自分には使用人の方が適任なのだから、と考えて彼は期待に胸を躍らせた。聖職を志したのは信仰心からではなかった。人間関係が面倒だから商人は嫌、汗かきたくないから冒険者も農民も嫌――となると、辺鄙へんぴな竜人族の村で育った彼には、叔父が務めている聖職くらいしか思いつかなかったのだ。


(ああやっぱり、竜人が聖ラピースラ王国で働くなんて無理なのか? いやでもジュキのやつはクロリンダ嬢の妹とうまくやっている様子だった……)


 ジュキエーレへの嫉妬心がまた、むらむらと首をもたげてきた。


(なんでいつもあいつばっか、ひとに好かれるんだ。能力なら僕の方が高いのに!)


 サムエレの心中に燃える暗い炎になど気付くはずもなく、イーヴォが威勢のいい声を出した。


「よしっ! 今夜、日が暮れたらニコの掘ったトンネルを通って抜け出すぞ。ジュキのやつから金を奪って多種族連合ヴァリアンティにとんずらするぜ!」 


「はい、イーヴォさん! おいらは魔法使って疲れたんでそれまで寝ています!」


「おい布を引っ張るな。これはお前が掘った穴の上にかぶせておくんだから」


 見回りの看守が来ても気付かれないように、石畳に口を開けたトンネルの入り口をイーヴォは汚れた布で隠した。




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「最強になったジュキに金の無心に来るって・・・しかも策士なレモネッラ嬢付きなのに。何が起こるかな~わくわくするな~」


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