28、突然の解雇通知

「ジュキエーレ・アルジェント、今日限りでお前をレモネッラ嬢の護衛任務から解雇する!」


「は!? なんでよ!」


 抗議の声をあげたのはレモネッラ嬢。理由は火を見るよりも明らかだ。俺が昨日、公爵夫人の寝室に忍び込んだのがクロリンダ嬢にバレたからである。案の定、トンマーゾは書面を突き付けて、


「クロリンダ様の命令です」


 と明言した。


「そう、分かったわ」


 不敵な笑みを浮かべるレモに、一同きょとんとする。


「お姉様が解雇すると言うなら、この子はわたくしが雇います」


 堂々とした態度で宣言すると、俺の腕を引っ張り抱き寄せた。


「なっ、そのようなことクロリンダ様が許されませぬぞ」


「トンマーゾさん、それはおかしいのではなくって?」


 レモが一歩、ずいっと進み出た。


「お父様やお母様が許さないとおっしゃるのなら、わたくしも従いましょう。ですがお姉様はそのような権限を持たないのみならず、聖魔法で病気を治せるわたくしをお母様に会わせないのですよ? このような非がある者の言いなりになるとは、恥を知りなさい!」


 ぴしゃりと言い放った。


「う、うう~、レモネッラ様…… 言うこと聞いて下さいよぉ! クロリンダ様の恐ろしさはよく分かっておいででしょう!」


 執事トンマーゾ、まさかの泣き落とし作戦に出た! だがオッサンの涙など通用しない!


「お姉様の恐ろしさ?」


 レモはくすっと笑うと、チェストの上に飾られていた花瓶を手に取った。


「こんな感じかしら?」


 ひゅんっ


 花瓶がくうを切る。


「おひょっ!?」


 ガシャーン!


「おぶうっ」


 トンマーゾがひょいっとよけた花瓶がうしろでボケっと突っ立っていた魔術兵にあたった。仮にも兵士のくせに執事以下の身体能力? と思いきや、あいつ昨晩俺の不可視インビジブルを見破った魔力感知のできる男だ。魔力感知の能力だけで雇われてたな……


「や、やむを得ん」


 トンマーゾが苦い顔で吐き捨てた。


「魔術兵たち、レモネッラ様と護衛をとらえなさい! いざというときは武力を使って従わせろと、クロリンダ様のおおせです!」


「「「うおおおおおっ!」」」


 無駄に暑苦しい雄叫びをあげて、兵士たちが迫ってくる。


「下がってな」


 俺はレモをそっと室内に押し戻すと、もう一方の手を彼らに向けた。


「熱湯」


 ばっしゃーん!


「ぐわぁっ」

「あちちちちっ」

「盾だ盾!」

「次の呪文を唱える前に、ひっとらえろぉ!」


 唱えないんだな、これが。


「熱湯」


 ざっばーん!


「ぎぃやぁぁっ」

「なぜだぁぁぁ!?」

「だから盾を構えろと!」

「つ、次の呪文を唱える前に――」


 なんで学習しないんだ!?


「もういっちょ熱湯!」


 どーーーーん!


「ごわぁぁっ!」

「また来たぁ!」

「さ、下がれ! 下がるんだ!」

「あいつ強いぞ! 一度作戦を立て直そう!」


 立て直すってこいつら、そもそも作戦なんてあったのだろうか? ただ突っ込んできただけに見えたんだが。


 執事も魔術兵もすごすごと背中を向けて引き下がって行った。


「やっぱりお強いんですね!」

「さすがだなぁ、竜人くん」


 部屋の前の見張り二人が感心している。


「強いとかさすがなんてもんじゃないわ!」


 部屋の奥で観戦していたレモが、目をぎらぎらさせて戻ってきた。


「無詠唱よね!?」


 質問はたった一言。


「まあな」


 俺は短く答えてからもう一度、部屋の前の廊下に片手を向けた。


「凍れる壁よ」


 熱湯でむんとした廊下に分厚い氷の壁が出現した。


「これで涼しくなるし、しばらくやつらも入って来られねぇだろう」


「侍女も朝食運んで来られないけど―― でも彼女が来ないわけが分かったわ。お姉様が止めているのよ。ジュキを解雇するまで食事を用意させないつもりかしら」


 レモはこともなげに言う。


「心配そうな顔しないで、ジュキ。いざとなったら厨房までの地図を描くわ」


 心配するなとか言いつつその案、俺に食いもんってこいってことだよな!? ったく、かわいい顔してとんでもねぇお嬢様だ。


「お菓子ならあるの」


 レモは戸棚から陶器の入れ物を持ってきた。


「フェンネルティーれたいんだけど―― ジュキ、ポットにお湯注いでもらっていい?」


「はいはい」


 まさか精霊力がハーブティー出したり、髪洗ったりする役に立つとは。


「ありがとう。水の精霊さん」


 レモがにっこりとほほ笑みかける。ピンクブロンドのおくれ毛が頬にかかるのがかわいらしい。


「レベル99って想像以上の力だわ」


 猫足のテーブルに座ってクッキーを頬張りながら、レモが感嘆のため息をもらす。さっき俺の半生を打ち明けたときに、レベルについても伝えたのだ。


「なあ、レモのギフトってなんなんだ?」


 蜂蜜の香るクッキーをかじりながら、俺は気になっていた質問をした。どうもこのと話していると心が惹かれてゆく気がするのだが、彼女も精神操作系のギフトを持っているのだろうか。


「あらごめんなさい。言ってなかったのね! 私のギフトは魔術創作クリエイション風魔法アリアよ」


 なるほど、それで新しい魔術を創り出すのが得意なのか――って、精神操作系じゃないじゃん!


「その二つだけ?」


「そうよ。二つあれば多いほうよ」


 それはそうだが……。じゃあなんで俺、操られてる感じがするんだろう? まさか恋!? いやいやいや!! このひとはこの国の王太子殿下と婚約させられてるんだぞ!


「ジュキどしたの? 真っ白いほっぺがピンクに色づいちゃって、ますますかわいいんだけど……」


 うわーほっといてくれよ、もう!!


「そういえばなんだっけ!」


 俺はとにかく話を変えようと焦る。


「攻撃魔法使うと聖女の力がけがれるんだっけ?」


「あぁ、お姉様から聞いたの? それ迷信よ」


 一瞬で話が終わってしまった。


「迷信?」


 聞き返す俺に、


「魔力は魔力よ。たとえば火属性の魔法は料理に使って飢えている人に食べさせることもできる一方で、戦場で敵を殺すこともできる。使い方次第で人を救う魔法にも、攻撃魔法にもなるわ」


 確かにレモの言う通りだった。俺の精霊力はハーブティーを入れることもできるし、兵士たちにやけどを負わせることもできる。冷静に解説する彼女の横顔は理知的で、より魅力的に見えた。


 そのとき――


 バリィィィィン!


 フェンネルの香りがただよう癒しの空間に、氷の壁が割れる音が響いた。


「あれ? もう破られちまったか」


 俺はクッキーをもう一枚口に放り込んで立ち上がる。


「おーほっほっほっ! あんな雑魚たちを倒しただけでいい気にならないことね!」


 自分とこの私兵を雑魚よばわりするクロリンダ。


「お前が昨晩怪しい動きを見せていたから、今朝一番に強い傭兵たちを雇ったのよ!」


 俺を雇うのにわざわざ国外のギルドに募集をかけていたくらいなのに、強い傭兵たちなんてそんな都合よく見つかるものなんだろうか? いっこうに直す気がない壊れた扉の前へ出ていくと――


「イーヴォたちじゃんか!」


 全然再会したくなかったなつかしい顔ぶれに、俺は驚きの声をあげた。




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「あら~、今回はどんなやられっぷりを見せてくれるのかしら?」

「イーヴォたちって目を覚まさないのかな?」

「公爵邸の私兵よりは戦力になるのか……?」


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