27、一つのベッドの上、二人で迎える朝

 鳥の鳴き声で目を覚ました。涼やかな風が額をなで、朝の陽ざしが俺をまどろみから連れ出そうとする。


「んん、朝か――って……!」


 うっすらとあけた目にピンクブロンドの髪と愛らしい少女の寝顔が飛び込んできて、俺は一気に覚醒した。


 そうだ昨晩、レモネッラ嬢に看病されたまま寝ちまったんだ!


「むにゃむにゃ。おはよぉ~ ジュキ……」


 レモは寝ぼけた声を出しながら、真珠のようになめらかなうろこにおおわれた俺の二の腕に頬をすり寄せた。


「お、おい、レモ。平気か? 昨日魔力使い果たしてたみてぇだが……」


「寝たから大丈夫よぉ」


 のんびりとした答えが返ってきた。魔力量の多いタイプは回復も早いのだが。


「私たち昨日あのまま眠っちゃったのね。窓も閉め忘れて――」


 顔を上げたレモが照れくさそうにほほ笑んだ。べつに何かやましいことをしたわけじゃないんだが、目が合うと微妙に恥ずかしくて俺もあいまいに笑った。


「ジュキこそ昨日ぶつけたところ、痛み残ってない?」


 ぶつけたなんてもんじゃなかったはず。頭蓋骨がぐしゃってなったんじゃ――


「ふるえてるの?」


 レモが心配そうに、俺の頬に手を伸ばしてきた。その指先がそっと俺の前髪を分けて、額をすべってゆく。


「あら、まだ汚れてる。昨日拭いたんだけどなぁ」


「なんの話?」


「肌が真っ白だから目立つのよねぇ。土まみれ血まみれだったから、ごしごし拭いたんだけど朝見るとまだ残ってるなと思って」


 血まみれって本当に怖いからやめてほしい。今の今まで寝ぼけていたレモがいそいそと立ち上がって布を持ってくる。


「綺麗な子は綺麗にしてあげないと」


 などとわけの分からねえことを言いながらやたらと世話を焼いてくるので、俺はベッドからはいだした。


「自分で水魔法使って洗うから」


「そうね、そのほうがいいわ。髪も洗った方がいいかも。銀髪に血痕ってのもそそるんだけど」


 そそらねーし! 俺はすぐテラスに出て、手のひらからお湯を出した。


「便利ね。水魔法って」


 室内から楽しそうな声を出していたレモが、


「あれ? そういえばいつの間にか水晶みたいな角と真っ白な翼が消えてるわ!」


「魔法で消したんだよ」


 髪を洗いながら疲れた声を出す俺。三階のテラスから庭に洗い水を流していたら、下から悲鳴が聞こえてきた。まあ血の混ざった湯が上から降ってきたら嫌だよな。


「えぇ~、角と羽はえてた方が神秘的でかっこよかったのにぃ」


 残念そうな声を出すレモ。


「やだよ、寝返りうてねえし……」 


 今回髪が伸びなかっただけマシだが。


「あのぉジュキ、昨日お母様に会えたのよね?」


 レモが気まずそうな声を出した。おそらく今ごろ思い出したのが、親不孝者のようで恥ずかしいのだろう。


「会えたんだけどな、すぐにクロリンダ姉さんが来ちまったんだよ。公爵夫人、せきこんでたけど普通に会話はできてたぜ」


 俺はレモを安心させようとする。


「なあ、ロベリアって女性知ってるか?」


「なに? ロベリア?」


 レモはまったく心当たりがないようだった。


 亜空間収納マジコサケットから新しい服を出して着る。ローブと綿のベールコットンボイルももう一揃い持ってきておいてよかったぜ。


「ねえジュキ、そんな綺麗な顔してるんだから隠したらもったいないわよ」


「からかうなよ」


 相手にせずローブに袖を通す俺に、


「からかってるわけないじゃない!」


 レモは真剣な調子で返してきた。


「そんなん誰にも言われたことねぇし」


「嘘でしょ?」


 厳密には姉と母には言われていたが、シスコンでマザコンみたいだから恥ずかしくて打ち明けられない。


「俺はレモとは違うんだから」


「は?」


「あんたは本当に美人だから、貴族学園でもモテモテだったんだろうけど」


「…………」


 一瞬沈黙したあとで、レモは腹を抱えて笑い出した。


「そんなわけっ、きゃははっ、ないじゃない!」


 いやそれこそ嘘だろ。それとも貴族さんってのは、みんなこんな美少女なものか?


「私は入学時の魔力値測定で三万越えをたたき出して、それからずぅぅっと化け物扱いだったのよ? 女の子たちは遠巻きにほほ笑んで、男には存在を無視されてたわね。あいつら自分より魔力量の多い女なんて認めたくないんじゃない?」


 うーむ、確かにそれはあり得るかもしれない。


「まあ生まれてからずっと魔力無しって言われてた俺は、全女性が自分より魔力量多かったわけで、そんなん気にしたことねぇけどな」


「えぇっ? ジュキの魔力は無限大でしょ?」


「あーそれな、ほんの六日前くらいからなんだよ」


「どういうこと?」


 心底怪訝な顔をするレモに、俺はすべてを打ち明けることにした。俺が死んだんじゃないかと思って号泣してくれて、魔力を尽くして回復魔法をかけてくれて、さらに俺の本当の姿を見ても変わらずに接してくれる彼女のことを信じられるようになっていた。


 俺は彼女にかいつまんで話した――生まれてすぐに聖女と名乗る瑠璃色の髪の女によって、守護の聖石と称して胸に封印石を埋め込まれたこと。ダンジョンの最下層で祖先の水竜であるホワイトドラゴンに出会って封印石を破壊してもらい、精霊力とギフトがよみがえったことを。


 ただドラゴネッサばーちゃんから聞いた話――ラピースラ・アッズーリが魔神に魅入られて水竜を封印したというのは伏せておいた。


「さっき訊いたロベリアって名前は、瑠璃色の髪の女について公爵夫人にうかがったら、彼女が口にした名前なんだ」


「そうだったのね。それにしても―― ダンジョン最下層ですって?」


 レモはなぜか目を輝かせている。


「私、小さい頃から冒険小説を読むのが大好きだったの! 最下層にたどり着くには、たくさんの魔物を倒すんでしょう? あれ? でも――」


 可愛らしく首をかしげると、ピンクブロンドのおくれ毛がふわりと頬にかかった。


「魔力を封じられてたのよね?」


 気付かれちまった。俺は小声で、


「上層階の落とし穴に落ちて、気付いたら最下層だった」


 と打ち明けた。


「えーっ!」


 ショックを受けたように口もとを手で隠しているが、瞳を見れば興味津々なのは一目瞭然。


「ねえねえダンジョンってパーティっていうの組んで探索するんでしょ!? 剣士と魔術師と神官と――」


 レモは楽しそうに指折り数えている。


「ジュキは仲間たちと一緒に最下層まで落ちたの?」


「違うんだ」


 俺は仕方なく、全てを打ち明けた。


「ジュキが魔物を倒せないって分かってるのに、パーティに残る条件としてダンジョンで一人きりの魔石集め?」


 みるみるうちにレモの瞳は光を失った。


「何よそれ、いじめみたいだわ。私が本で読んだ仲間っていうのと、ずいぶん違うのね」


「現実はこんなもんだろ」


 俺は苦笑した。


「ま、白状すると俺もさ、ガキの頃は親父からワクワクする冒険話をたくさん聞かされて、大切な仲間と旅する夢を見て――」


 俺は幼い頃見た夢を思い出して、はっとした。木漏れ日踊る初夏の街道を、手をつないで駆け出した少女は、いま目の前にいるこのじゃなかったか?


 いやいや、彼女は貴族令嬢。何を考えているんだ、俺は。


「ふふっ、私もよ」


 レモの愛らしいほほ笑みが、俺を現在いまに引き戻した。


「女だてらにとか、お嬢様のくせにとか笑われても夢見ていたわ。信頼しあえる仲間に出会って『水の大陸』のすみずみまで冒険するんだって」


 彼女の赤みを帯びた明るい茶色の瞳が、まっすぐ俺を見つめた。


 永遠とも思える一瞬、俺たちの視線は恋焦がれるみたいに絡み合った。それに気付いて急に恥ずかしくなった俺たちは、どちらからともなく目をそらした。 


「それにしても今日、朝食来るの遅いわね?」


「朝食?」


「そう。毎朝侍女がホットチョコレート持って来てくれるんだけど――」


 そのとき廊下から複数人の足音が近づいてきた。侍女ではなさそうだ。俺とレモは顔を見合わせ首をかしげる。


「ジュキエーレ・アルジェント、いるか?」


 聞き覚えのある声が響いた。


「いるけど?」


 とりあえずフードだけかぶって、ひょこっとレモの部屋から顔を出す俺。


「ああ、トンマーゾさん。おはようございます」


 廊下には執事のトンマーゾさんを先頭に、魔術兵たちがずらりと整列している。


「ジュキエーレ・アルジェント、今日限りでお前をレモネッラ嬢の護衛任務から解雇する!」




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「ここで解雇!?」

「どうやって解雇を回避するんだろう?」


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