24、深夜の公爵邸、公爵夫人の寝室へ忍び込め!

 正面の大きな半円型の窓から、うっすらと月明りが差し込んでいる。ローブの前をひらき、服の前ボタンをはずした俺は、竜眼ドラゴンアイで暗闇を見ながらアルバ公爵邸の廊下を歩いていた。


 レモネッラ嬢に特訓された空間操作魔法<不可視インビジブル>のおかげで姿は見えないが、本当に消えたわけじゃないから足音は聞こえるし、さわられたらバレるので息をひそめて進む。とはいえどれほど慎重に動こうとも、魔力感知のできる魔術師があらわれたら一発アウトである。黒い布かぶってじっとしてたほうがマシなくらい。 


 俺が暗闇でも物が見える竜眼ドラゴンアイを持っていることを知らないレモは、


「壁をつたって歩いて行ってね」


 と地図を書いてくれた。それを手に部屋を出ようとすると、


「地図持って行くの? 見えるかしら? 窓の近くなら月明かりが届くかな……」


 なんて首をかしげていたが。


 この不可視インビジブルという術、光が物体に反射して物が見える仕組みを逆手にとったものなので、光源を持つことができないのだ。術者自身が光ったら相手から丸見えだってこと。


「どうして物が見えるか分かる?」


 というところからレモの授業は始まった。


「目がついてるから?」


 適当に答えた俺に、レモはやさしくうなずいてくれた。


「そうね。太陽光でもロウソクの明かりでも魔力燈でも、光源が物体にあたって反射した光を私たちの目がとらえることで、物が見えているの」


「ふーん。じゃあ光を反射しなければ相手から見えないってこと?」


「すべての光を反射せず吸収したら、そこに闇があるように見えてしまうわね」


 俺はしばらく考えていた。


「反射しなけりゃ吸収しちまうのか? 水やガラスみてぇに透過するってわけにはいかないのか――」


「術者自身の身体をすべての光が透過できるようにする術ってのは、まだ発明されてないわ。不可視インビジブルは、術者のまわりに魔術で変化させた特殊な空気の膜をまとう術なの」


「特殊な空気の膜? 魔術で特別な効果を付与するのか?」


「そう。この膜の上に対角線上の光の反射を再現するのよ。つまりうしろの景色を映すことで、あたかも透明になったように見せかけるわけ」


「胸側には背中の景色を映して、後頭部には顔側の風景を映し出す的な?」


 ざっくりとした俺の問いにレモはうなずいた。彼女は決して違うと言わずに、いつも肯定してくれる先生だった。


「そんな感じね。光を反射させず反対側から放つことで、光が術者を素通りしたかのように錯覚させるのよ」


 という理屈により、魔術で作り出した膜の内側において手燭を使うことはできないのだ。


 俺はぼんやりと金色に光る竜眼ドラゴンアイの輝きさえ気にして、ローブで胸元を隠しながら歩を進める。こいつが発光している理由は野生動物と同じで、わずかな光を利用して物を見るため、網膜のうしろに光を反射する膜が付いているからだろう。とするとやっぱり不可視インビジブルの効果を損なうんじゃねぇか? まあ用心するにこしたことはねえ。


 だがありがたいことに、レモの部屋の前に立っていた魔術兵以外、兵士にも使用人にも出会わず目的地に着くことができた。しかし――


 公爵夫人の部屋の前に一人、見張りが立っている。


「お母様の部屋には鍵がかかっているかもしれない。ノックして『魔法医です』って言ってみて。開けてもらえなかったらあきらめて帰ってきてちょうだい。その場合は不可視インビジブルを他人にもかけられるよう研究するから」


 レモはそんなことを言っていた。公爵家私兵の魔術師七人がかりの結界にも太刀打ちできる俺の魔力量で、レモに不可視インビジブルをかける作戦だろう。だが俺の目的は公爵夫人に瑠璃色の髪の女について訊くこと。ここで帰るわけにはいかない。


 俺は息をころして見張りの前に立つ。フードはかぶって顔を隠したまま、胸の竜眼ドラゴンアイだけを露出しているというクソ怪しい格好だ。


「解除」


 小さくつぶやいて不可視インビジブルの効果を解く。


「――へ?」


 突然目の前にあらわれた人影に見張りが目を丸くする。そしてその視線はごく自然に、金色に光る竜眼ドラゴンアイへ吸いつけられた。


魅了チャーム発動」


「……う、あ――」


 見張りが片手でこめかみを押さえる。


「私は魔法医だ。その扉を開けたまえ」


 低い声でささやくと、


「ハイ先生。スグニ」


 見張りの使用人は素直にドアを開けた。鍵はかかっていなかった。


 レモの部屋と同じくらい広い室内に、カーテンを開けたままの窓から月明りが一筋差し込んでいる。


「どなた?」


 天蓋付きのベッドの上に人影があった。


「魔法医です。調子はいかがですか?」


 俺の問いに答えようとして、その女性はせき込んだ。月明りの中に、クッションに背をあずけたブロンドの女性が浮かび上がった。 


 ローブで竜眼ドラゴンアイを隠して近付いてみる。まだ魅了チャームは使わない。聖女システムに反対している公爵夫人の考えに興味があったからだ。


「横になるとせきが止まらなくて――」


 言いかけた彼女は、ハッとして俺を見上げた。


「あなた誰? 魔法医の先生じゃないわね?」


 やせた顔に警戒の色が浮かぶが、決しておびえてはいない。


「なぜ顔を隠しているの?」


「俺はレモネッラお嬢様の護衛です」


 本当のことを言った。 


「嘘よ。あの子は帝都の学園寄宿舎にいるのよ?」


 クロリンダめ、母親までだましているのかよ。


「レモネッラお嬢様はクロリンダお姉様に呼び戻されて、このお屋敷にいるんですよ!」


「え……」


 驚いた公爵夫人が目を見開いたとき、廊下から近付く足音が聞こえてきた。


 俺は慌てて口早に質問した。


「十六年ほど前に多種族連合ヴァリアンティ自治領を旅していた瑠璃色の髪の女性をご存知ありませんか? その人は自分を聖女だと名乗ったのです」


「お母様!」


 甲高い声とともに扉が開け放たれた。だが公爵夫人は振り返ることなく、俺をみつめたまま、


「ロベリア――」


 誰かの名前を口にした。


「あなたロベリアを知っているの!?」


 息せき切って俺にすがるように尋ねる公爵夫人。


「お前、あの竜人族か!」


 ずかずかと部屋に入ってきたのはクロリンダ嬢だった。


 俺はローブの前をひらき竜眼ドラゴンアイをクロリンダに向ける。しかし彼女の大きく広がったドレスを、ベッドの上から公爵夫人がつかんだ。


「クロリンダ、答えてちょうだい! レモネッラはこの屋敷にいるの?」


「どうしてよ、お母様! いつもレモネッラばかり!」


 金切り声をあげるクロリンダ。おーい、こっち向いてくれー。竜眼ドラゴンアイ魅了チャームが使えないじゃんか。


「お母様のお世話はアタクシがして差し上げるのよっ!」


 キンキン声で宣言するやいなや、こっちを見ることもなく天井を向いて大声を出した。


「者ども出会え! 曲者よ!」


 まずい! クロリンダの命令に従って、屋敷中からぞくぞくと魔術兵が集まってきた――!





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次回、公爵邸の魔術兵たちとバトルだ!

圧勝する未来しか見えないんだけど・・・だって!?

ぜひ読んで確かめてみてくれたまえ!


後書きのノリがよく分からないが、フォローとか評価とかお待ちしております☆

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