23、レモネッラ嬢の心を操って秘密を聞き出せ!

「俺のギフトは水魔法アクアともう一つ――音楽系のギフトだよ。楽器演奏したり歌ったり。戦闘向きじゃないんだ」


 嘘はついていない。歌わずに楽器を弾いたときでさえ、俺の奏でる旋律はギフトの影響を受けて聴く人を魅了する。


 ちなみに竜眼ドラゴンアイについてはまだ隠している。彼女だって自分のギフトを明かしていないんだ。俺にすべて打ち明ける義理はない。


「ジュキって楽器弾けるの!?」


 よしよし、レモの興味が思いっきりそれたぞ。


「うん。実は竪琴を持ってきてるんだ」


 俺は亜空間収納マジコサケットの中に手を入れた。弾き歌いを聞かせてレモの心を操り、公爵夫人の寝室の場所を聞き出す作戦だ! レモの知っている部屋に今も夫人が寝ている保証はないが、屋敷内の地図でも書いてもらえば探索が一気にはかどるはず。


「素敵! 神話に出てくる吟遊詩人みたい」


 竪琴を調弦する俺を、レモがうっとりと見つめる。いや、見つめられてるのは俺じゃなくて竪琴か。


「何かリクエストある?」


「竜人族に伝わる歌とか聴きたいな」


「精霊教会の聖歌――は、まずいか」


 ここ、聖魔法教会ラピースラ派の土地だもんな。


「真空結界張ってるんだから大丈夫よ」


 事もなげに言う。仮にも次期聖女が。


「私の夢は帝国じゅうを旅して色んな地方の文化を知ることなの」


 レモの真剣な口調に、思わず調弦の手を止める。彼女のきれいな茶色い瞳が、強い意志に輝いていた。


 ――この少女を必ず、この閉鎖的な屋敷から連れ出さなきゃ!


 そんな決意が胸によぎって、俺はハッとする。むしろ俺のほうが操られてるみたいじゃん!


 仕方がない……海辺の小さな村で育った俺にとって、美しい貴族の少女はあまりに魅力的なのだ。


「それじゃあ冬至の精霊祭に歌う聖歌でいい?」


 確認しながら白いグローブをはずすと、レモがまた歓声をあげた。


「わぁ、なんて神秘的な手をしているの!」


 彼女のやわらかい指が、俺の指間に生えた半透明の水かきをなでる。


「爪も透明でガラス細工みたい……」


 恍惚としたまなざしで鉤爪を見つめ、俺の手を両手でつかんで引きよせた。


「本当に古代の神話からよみがえったみたいだわ――」


「ちょっ――」


 レモが俺の手の甲にそっと頬を寄せたので俺はあわてた。


「あっ、ごめんなさい!」


 あやまっておきながら放してくれない。彼女のかわいらしい指先が俺の手の甲をなでる。


「真っ白でなめらかな肌―― よく見たらうろこにおおわれてるのね。竜人族ってミステリアス……」


「そろそろいいですか?」


 俺はひゅるっと手をひっこめた。まずい。完全にレモのペースにのまれてしまった。心臓がバクバクいってるぞ。


「ごめんなさいね、ジュキの身体があまりに綺麗だから、つい――」


 俺は無言で竪琴を爪弾きはじめた。彼女のたわごとに返答したら負けな気がする。


 真空結界に包まれて無音だった空間に、繊細な音色が清らかな調べを描きだす。


「わぁ……」


 レモは目を輝かせ、感嘆のため息をもらした。


 俺は静かに歌い出す。喉をあたためる時間がなかったので、最初は低めの音域で――  


「――耳を傾けなさい、心をひらきなさい、我が子供たちよ。

 風の音を聞き、水の流れに身をゆだね、

 大地の鼓動にふれ、炎の中に真実を見よ――」


 詩句は竜人族に伝わる古代語だ。現在の俺たちが使っている口語とはかなり異なる。俺はドーロ神父のもとで数年間学んだから意味を理解して歌っていた。レモには通じないだろうが、それで構わない。声の響きと、どこかなつかしいメロディを感じてもらえれば――


 少しのどがあたたまってきたので、短三度上の調に移調して二番目の節を歌う。


「――私たちの敬愛する精霊王、私たちはいつも『はい』と答えます。

 あなたの声を聞き、あなたの言葉に身をゆだね、

 あなたの美しさにふれ、共に真実に生きます――」


 レモはまぶたを閉じて聴き入っている。精霊教会に伝わる古い聖歌の単純な旋律が、やさしく彼女を包み込む。彼女が警戒心を解き、心をひらいてくれるよう気持ちをこめて歌うのだ。目には見えない透明な指先が彼女の心の窓へ伸び、そのガラス戸をそっとたたくように――


 声がのってきた俺は、さらに短三度あげて最後の部分を歌った。


「――私たちをお守りください精霊王、

 私たちはあなたのために歌います――」


 俺が得意とする、高く強く明るい響きが部屋を満たす。


「――あなたのために祈ります。

 あなたのために生きて――」


 オクターブ下がる最後のフレーズを、俺は神経を研ぎ澄ませて弱音ピアニッシモで締めくくった。


「――眠ります。最後の瞬間ときまで――」


 竪琴の後奏はない。歌声の余韻だけが残っている。


 レモは目を閉じたまま素朴な旋律に身をゆだねていた。金箔の貼られた猫足が華麗な椅子に、足をそろえて座っている姿に俺は見とれそうになる。彼女は満ち足りた表情で、ゆっくりと目をひらいた。


「なんて美しいの……」


 ぽつんともらした。


「こんな胸に迫る音楽、はじめて聞いたわ。それにあなたの心に染み入る歌声――」


 レモのうるんだ瞳が俺の姿をとらえる。


「不思議だわ。こんなふうに胸がいっぱいになるなんて今までになかった」


 両手を胸に当てて、彼女はほほ笑んだ。


「どう言えばいいか分からないけれど、幸せだわ!」


 その笑顔に俺の方が魅了されそうになる。


「お姉様はあなたが恐ろしい化け物の姿をしているって言っていたけれど、私は絶対信じない」


 少女は毅然とした表情で首を振った。


「こんな美しい歌を歌えるあなたは――」


 一転して、うっとりとした表情で俺の方へ手を伸ばした。


「心も姿も美しいに決まっているもの――」


 フードの上からやさしい手つきで俺の頭をなでた。


「さっき部屋を見張ってる魔術兵にお母様の容態を訊いてくださったでしょう? 私の代わりに様子を見てこようって言ってくれて嬉しかったわ。あなたみたいに心優しい傭兵さんは初めてよ」


 彼女はにっこりと笑うと、立ち上がって本棚から羊皮紙装の魔術書を持ってきた。ちらっと見えた表紙には『風魔法上級編-空間操作-』とある。


「私の作戦を話すわ。まず今夜までに風魔法の上位魔術である空間操作魔法<不可視インビジブル>を習得してもらう。術者を取り巻く空間の性質を魔術で変化させて、光の反射が対角線上に起こるようにすることで、他人から見えなくなる術よ」


 指の先でトントンと羊皮紙の表紙をたたいた。難しくてちっとも理解できないんだが? 首をかしげる俺を放置して、レモは話を先に進める。


「魔術兵の中には、攻撃魔法は使えないけれど魔力感知に優れた者も混ざっているから、姿を消したとしても夜に動く方がいいわね」


 俺の竜眼ドラゴンアイのようなギフトを持っている者が雇われているんだろう。


「お母様のお部屋はお屋敷の東翼にあるわ。<不可視インビジブル>を習得できたら地図を書いてあげる。どうかしら、できそう?」


 俺はちょっと戸惑った。魔術は理論を理解しないと発動しない。


不可視インビジブルの理屈がよく分かんねえんだが――」


「もちろんちゃんと説明するわ! 私だって帝都の学園で師匠に教わって習得できたんだから、魔術書渡してはい終わり、なんてわけないじゃない」


 貴族が受けられるレベルの魔術講義を主席の学生にしてもらえるなんて、俺は運がいい。


「じゃあ頼むよ。あんたが教えてくれるってんならその作戦、乗るぜ」


「素晴らしいわ!」


 満面の笑みで褒めてくれるレモ。


「あなたのギフトは水魔法アクアでしょ? たいてい魔術師って自分の持っているギフトの属性しか学びたがらないものなのに」


 ギフトにない属性の魔法は習得に時間がかかるうえ、発動させても威力が大きくならないからだろう。だが俺の場合、自分自身が水の精霊みたいなもんなので、水属性の術は習得なんて手順をすっ飛ばして発動できる。だから学ぶとしたら他属性に決まっているのだ。


「俺の魔力量ならほかの属性の魔術もじゅうぶんな威力を持って発動できるからな」


「そうね、七人がかりの魔術師が張った魔力障壁の中でもね」


 とウインクするレモ。結界張られてたの忘れてたぜ。




 そしてその夜、不可視インビジブルをまとった俺は、レモの書いてくれた地図片手に寝静まった公爵邸の廊下に足を踏み出した。





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「夜のお屋敷ってわくわくするなぁ」

「公爵夫人に会えるのか?」

「ニセ聖女について何か分かるかな!?」


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