17、公爵令嬢の寝室にお邪魔します
「どうぞ、お入りになって」
レモネッラ嬢はそう言うなり、白い袖の上から俺の腕をやんわりとつかんで引っ張った。
「!」
家族以外の女性からスキンシップされたことがないので鼓動が速くなる。姉のクロリンダ嬢は竜人族に対し相当差別的だったが、妹の方はこれっぽっちも警戒心がないのか? なんて極端な姉妹なんだ。
「部屋の中は被害に遭ってないから安心してちょうだい」
などと言っているが、壁の穴が彼女の魔法によるものなら、まあ自分の部屋には攻撃しないだろうなぁ。
毛足の長い絨毯を踏んで室内に入ると、ふだん俺が泊まってる安宿の寝室の五倍はありそうな広い部屋だった。中庭に面して大きな窓が四つ並んでいる。白と金を基調にしたチェストとドレッサーが置かれ、その横には本棚と
――あれ、たぶん楽器だよな……。俺が気になったのは本棚の前に置かれた、三角形の箱に足がついたような家具。ふたが閉じられているが―― って今はそれどころじゃないんだ!
「
俺はちょっと緊張しつつ自己紹介した。パーティから抜けてソロでクエストを受けるのは今日が初めて。今までは年上のイーヴォたちのうしろにくっついていればよかったが、一人で依頼を受けたらそうはいかない。
「ジュキくんね」
にっこりほほ笑むレモネッラ嬢。初対面からひとの名前略すのか。この
「どうぞ」
と、猫足の可憐なテーブルセットを片手で示した。
「あっ、ありがとうございます。レモネッラ様」
「レモでいいわ」
一瞬前まで笑顔だったのに、彼女はいきなり目を据えた。
「聖女らしく生きろとか、公爵令嬢らしく振る舞えとか、ばかみたい」
彼女は右手でぎゅっとこぶしを作った。
「聖女様なんて呼んだら―― ぶつから!」
右手を伸ばして俺の胸にこぶしを押し当てた。
そのとき廊下から、
「こら、レモネッラ様!」
と執事の声が響いた。あのおっさん、ドアの前で聞き耳立ててたのか?
「お言葉遣いがなっておりませんぞ!」
「申し訳ございません。わたくし、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ」
あ。またさっきの棒読み口調。と思っていたらレモが俺に視線を戻し、
「先に言っておくけど――」
もとの口調で言い添える。
「この部屋すべて筒抜けだから。ドア壊れてるし」
「あんた魔法使えるんでしょう? 風の結界でも張れば――」
俺の提案に彼女は大きなため息をついた。
「この屋敷では二十人をこえる魔術兵を雇ってるんだけど、彼らを三つのグループに分けて七人がかりで魔力封じの結界を維持しているのよ。私に魔法を使わせないように」
なんつー話だ……。この年頃の女の子にプライバシーがないなんて気の毒すぎる。五年くらい前うちの姉が「お年頃」だったころには、俺が開いてる部屋の前を通るだけでプンプンしてたぞ。ドア閉めとけってんだ。
「私の魔力量は人族としては『異常』なんだけど、それでも普通の人の七倍以上はないからね」
「異常」という言葉になにか暗い感情がこもっていた。だが会話がすべて筒抜けの部屋でプライベートな話をさせるわけにはいかない。大体こんな状況じゃあ瑠璃色の髪のニセ聖女探しもままならねぇ。
「レモさん、あそこにある『風魔法基礎習得』ってぇ本、見せちゃぁもらえませんか?」
俺は本棚を指さした。下二段には楽譜が、上三段には魔術書が並んでいるようだ。風魔法の本が多い。俺は水をつかさどる精霊王・水竜の力を受け継いだので、水属性の術は無詠唱で発動させられるのだが、音をさえぎる術となると風属性のほうが使い勝手が良い。
「いいけど――」
レモは公爵令嬢の立場にありながら、さっさと椅子から立って自分の手で本を持ってきてくれた。
「まさか竜人族の魔力量なら魔力封じの結界を破れるとか?」
声をひそめて俺の耳元で尋ねた。俺が無言で、しかししっかりとうなずくのを見ると、にんまりと笑ってぱらぱらとページをめくった。口をつぐんだまま彼女が指さしたのは、ページ下に小さな字で書きこまれた呪文だ。
「私が創作したの」
と、ささやく彼女は自慢げだ。みずから新しい魔術を創作できるとは、彼女はかなり優秀な魔術師なのだろう。イーヴォもニコも、頭脳派のサムエレでさえ、魔術書に載っている先人の創った呪文を習得するだけだった。
俺は彼女の創作呪文を頭にたたきこむ。魔力が戻ったんだから呪文覚えなおさなきゃ……。この
「
ヴオォォン――
あたりの空気が音にならないうなりをあげ、二重結界が立ち上がる。
「
しうぅぅぅ……
二重に張った風の結界のあいだから、急速に空気が抜けていくようだ。
「
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中二心をくすぐる呪文は大好物です、というそこの旦那!
まだフォローしていなかったら、どうぞぽちっとしていってくんなせぇ!
↓から評価のほうは正直なご感想で構いませんぜ(なぜ江戸弁)
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