16、護衛対象が同年代の美少女なんて聞いてない

 三日間の旅を経て、俺は聖ラピースラ王国に入った。


 シルエットでバレるのを防ぐため角と翼は魔法で消したうえで、フードのついた白いローブをかぶり、綿のベールコットンボイルで顔を隠すという怪しい見た目にも関わらず、ヴァーリエ冒険者ギルド発行の通行書を見せるだけで問題なく入国できた。まあ一応レジェンダリア帝国内だしな……。


 国ざかいの街では時おり獣人族の行商人とすれ違ったものの、そこからさらに一日かけてアルバ公爵領に着くころには、亜人族の姿はまったく見かけなくなっていた。


「人族ばかりってぇのも慣れないな……」


 幅の広い河に架けられた大きな橋の上から街を見下ろす。似たような顔と服装の種族ばかりというのは変な感じだ。そう感じるのは俺が、さまざまな種族の亜人族と、いろんな地方から来た人族が行き交うヴァーリエに慣れているからだろう。


「やっぱ閉鎖的なのかな?」


 ヴァーリエと比べると船や人の数もそんなに多くはないが、ほどよくにぎわっており落ち着いた地方都市の景観が広がっている。


「瑠璃色ってめずらしい髪色なのか……」


 橋の上から時計塔のある広場につどう人々をしばらくながめていたが、瑠璃色の髪を持つ者は一人も現れなかった。


 怪しげな恰好で人間観察をしていた俺だが、横を通りすぎていく住人たちから攻撃的な感情を向けられることはなかった。そんなことが分かるのは、用心のため服の中で竜眼ドラゴンアイをひらいていたから。こいつを開けていると魔力や瘴気だけじゃなく、殺気など自分に害をなす意識も感じ取れるのだ。


 アルバ公爵邸の門番にヴァーリエ冒険者ギルドの通行書と依頼文書の写しを見せると、話が通っていたようですぐ屋敷内に通された。


 依頼主であるアルバ公爵家長女クロリンダ嬢のもとへ案内されたものの、部屋に立ち入ることは許されず廊下に立ったまま挨拶した。クロリンダ嬢は、頭にも耳にも首にも手にも宝石をぎらつかせている。公爵家がこんなに羽振りのいいものだとは知らなかった。


 ――そういえば髪は瑠璃色じゃないな。


 髪色ばかり気にしていた俺が忘れるほどの装飾過多だったのだ。彼女の冴えないブロンドは、宝石類の輝きに呑まれて存在感を失っていた。


 まあ髪色以前に彼女は若すぎるのだが。俺が生まれた頃に旅をしていたなら、今では少なくとも三十を超えているはずだ。


 クロリンダ嬢は俺に一瞥いちべつをくれると、


「そのフードはとらなくていいから。竜人の恐ろしい顔なんて見たら、アタクシ失神してしまいますのよ」


 開口一番、腹の立つことを言いやがった。なんだこいつ!? と頭に血が上りかけるが、相手は貴族、しかも依頼主。俺はぐっと怒りを我慢する。


「あなたに依頼したいのはアタクシの妹レモネッラの身を守ること。彼女はこの国の次期聖女であり王太子の婚約者ですから、決してその身に害が及ばないよう部屋から出してはいけません」


 それじゃあほとんど軟禁状態じゃねぇか。


「身を守るって一体誰から守るんだ?」


「レモネッラ自身の魔力からよ。聖女の力は攻撃魔法を使うとけがれてしまうのです」


 ふぅん、そういうものなのか。


「で、彼女は誰に対して攻撃魔法を使うんだ?」


「うるさいわねっ! あれこれ聞かないでよ!」


 突然クロリンダ嬢が癇癪を起したので、俺は驚いて二の句を継げなかった。護衛任務を遂行するのに敵がなんだか分からないって致命的なんですが?


「あの子は帝都の貴族学園でいじめられて心を病んで、自暴自棄になって攻撃魔法を使うのっ!」


 甲高い声で叫びやがる。そういう理由があるなら最初から言えばいいのに、何を怒っているんだろう。


「命令はすべて執事を通すからアタクシに直接話しかけないでちょうだい!」


 話は一方的に打ち切られた。俺を案内してくれた壮齢の男性が真っ白いハンカチで汗をぬぐいながら、


「ではレモネッラ様のお部屋に案内します。あ、私が執事のトンマーゾです」


 と自己紹介した。


 大理石の階段をのぼって廊下に出ると、壁に焦げたあとや無数の傷がついている。


「なにがあったんですか?」


 俺の問いにトンマーゾさんは、しどろもどろになる。


「いや、そのですね、レモネッラ様と魔術兵たちとの攻防戦が繰り広げられまして」


「んんん? レモネッラ嬢が攻撃魔法を使う相手って公爵領の魔術兵なのか!?」


「ま、まあ―― いや、傭兵も混じってますよ」


 嫌な予感がする。


「それってもしや俺も攻撃対象なんじゃあ――」


 執事はそれ以上なにも答えずに、


「こちらが聖女レモネッラ様のお部屋です」


 とうやうやしく示した。壊された扉の前には屈強な男が二人立っている。


「わたくしは聖女になど、決してなりません」


 部屋の中から、凛とした少女の声が聞こえた。


「レモネッラ様、そうおっしゃらず運命を受け入れてください。このトンマーゾ、確認しましたが、クロリンダ様はあなたの通っていた学園へ本当に退学手続きを行っておりました」


「くっ、勝手なことを――」


 廊下に出てきた少女は、ぎゅっと唇をかみしめていた。


 いじめられた妹を心配した姉が、本人の意思を無視して退学届けを出したのだろうか? しかし少女が悔しがる様子を見ると、心を病むほどいじめられたとは思えないのだが――


「こうやって行き場と退路を奪っていくのが、お姉様のやり方なのね」


 少女は冷静な口調ではっきりと言った。ピンクブロンドのつややかな髪に透き通ったなめらかな肌。大きな瞳は暖かみのある茶色で、唇はさくらんぼのように愛らしい。姉クロリンダと違ってひとつも宝石をつけておらず、上質な生地とは分かるもののシンプルなワンピースに身を包んでいた。


 俺より一、二歳下かもしれないが、ほぼ同年代だろう。


「あなたが新しく護衛につく竜人さんね」


 俺をみとめたその瞳に好奇心の炎が燃え上がった。




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「続きが気になる」

「ヒロインは顔を見せない主人公のこと、どう思うんだろう!?」

「クロリンダみたいなやつ、身近にいるんですが?」


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