第18話 ハニートラップ

 翌日――。


 俺は憂鬱になりながら大学へ向かった。


 教室に入ると、美和が待ち構えている。


 彼女は俺を見つけるなり、近づいてきた。


「おはよう!」


「ああ……」


 俺達は挨拶を交わす。


「ねえ……。昨日の話……憶えている?」


 美和が上目遣いで見つめてくる。


「悪い……。今日は用事があるんだ……」


「まあ……逃げるわけ? 私は隆司に見せたい物があるのに……」


「悪いな……。別の日にしてくれ……」


 俺の言葉を聞いた美和は溜息をつく。


「ふう……。しょうがないわね……。わかったわ……」


「助かる……」


「でも、いつなら都合が良いか教えてくれないかな?」


 美和は諦めきれない様子だ。


「うぐっ……。それは……」


 俺は言葉に詰まる。


「やっぱり、見たいんでしょ?」


「違う……。俺は……」


 美和は勝ち誇ったように微笑む。


「わかったよ……。じゃあ、今日の夜でいいか?」


「OK! じゃあ、19時に駅前の喫茶店に来てくれる?」


「了解した……」


 俺は渋々了承した。


「ありがとう! 約束したからね!」


 美和は嬉しそうに去っていく。


 俺はその様子を見て、深いため息をついた。


 その日の講義が終わった後、俺は家に帰る事にした。


 家に帰ると、ユナが玄関まで出迎えてくれる。


「パパ、おかえりなさい」


「ただいま……」


「どうしたの?」


「なんでもない……」


「なんか元気ないよ? 大丈夫?」


「大丈夫だ……。心配かけて済まないな……」


 俺は無理矢理笑顔を作る。


「そう?なら良かったけど……」


ユナは少し怪しんでいた。



 その夜――。


 俺は駅前の喫茶店に向かっていた。


 店に着くと、中に入る。


 そこには、美和の姿もあった。


 彼女は一人でコーヒーを飲みながら待っている。


 俺は仕方なく、彼女の席へ向かう。


「よお……。待たせたようだな……」


「あら……。やっと来たのね」


「で、話というのはなんだ?」


「ここじゃ話しづらいから、場所を変えましょう」


「別にここでも良いだろう?」


「駄目なの! 2人きりで話をしたいの!」


 美和は真剣な表情をしている。


「2人きりで話す事なんてあるのか?」


「もちろんよ! あなたに来てもらいたいんだから……」


 美和はニヤリと笑う。


「おいおい……。何を言っているんだ?」


 俺は苦笑する。


「とにかく、ここでは駄目なのよ」


 美和は立ち上がると、強引に手を引っ張ってきた。


 俺は抵抗したが、彼女に引っ張られて外へ連れ出されてしまう。


「ちょっと待ってくれ……」


「ほら、早く来て」


 美和は俺の手を握ったまま走り出す。


「お前……。なんのつもりだ?」


「黙ってついてきなさい!」


 彼女は答えずに走っていく。


 俺は彼女に連れられて街中へ入っていった。


 移動する間も、美和は手を離さない。


 そして、着いた先は――。


 目の前には美和が住んでいるアパートだった。


「お前……。ここは?」


「私の部屋よ」


 美和は平然と言い放つ。


「なぜ、こんな所に連れてきたんだ!?」


「良いから、入って」


 美和は俺を引っ張り部屋の中へ入る。


 そして、ドアの鍵をかけた。


「さあ、これで邪魔者は居なくなったわ」


 美和は満足げに笑っている。


「何が言いたい?」


「決まっているじゃない……。私は隆司の事が好きなの……」


「はあっ……?」


 俺は唖然とする。


「だから、私を抱いて欲しいのよ……」


 美和は顔を赤らめていた。


「馬鹿を言うな! そんな事できるわけないだろうが……」


「どうして? 付き合っている女が居るわけでもないんでしょう?」


「確かにそうだが……」


 俺は返答に困ってしまう。


「じゃあ、問題はないはずよね?」


 美和は妖艶な微笑みを浮かべた。


 俺は呆れて溜息をつく。


「あのな……。そういう事は、もっとお互いをよく知ってからだろ?」


「私はあなたの事をよく知っているもの……。それに、私はもう我慢できないの!」


 美和は自分の服を脱ぎだし、下着姿になった。


「やめてくれ!」


 俺は慌てて目を背ける。


「ねえ……。こっちを見て……」


「嫌だ……」


「お願い……」


 俺は美和の方を見る。


 彼女は身長も高く、その身体はスタイルもよく胸もあり、ちょうど良い肉付きであった。


 肌は白く透き通っている。


(これは……。不味いぞ……)


 俺の中で葛藤が生じる。


「触りたくない?」


 美和は挑発するように言う。


「くっ……。止めてくれ……」


「本当は興味がある癖に……」


 美和はクスッと笑い、胸を押し当ててきた。


「うぐっ……」


 俺は思わず声を出してしまう。


 柔らかい感触と共に甘い匂いを感じた。


 俺は必死に耐えようとしたが、理性を保つのは難しい。


 美和はさらに強く抱きついてくる。


「ねえ……。キスして……」


 美和は上目遣いで言う。


「駄目だ……」


「強情ね……」


 美和は唇を寄せてくる。


 俺は顔を逸らす。


 しかし、彼女は追いかけてきて強引に口づけしてきた。


「んむぅ……」


 俺は逃げようとするが、美和は逃がさない。


 そのまま舌を入れられてしまった。


 彼女の唾液が流れ込んできて、頭がクラクラしてくる。


 しばらくして、ようやく解放された。


 美和は名残惜しそうな表情をしている。


 そして、潤んだ瞳で見つめてきた。


 その様子は妙に色っぽく感じる。


 俺は動揺していた。


 これ以上、ここに居たら流されてしまいそうだ――。


 俺は何とか気持ちを落ち着ける。


「悪いが離れてくれ……」


「あら? 逃げるの? 意気地なしね」


 美和は軽蔑したような視線を向けた。


「違う……。お前は美和じゃないな……。何者だ!」


 俺は怒りを込めて睨みつける。


「ふうん……。バレちゃったか……。なかなか鋭いね……」


 美和の顔をした何かは、ニヤリと笑う。


 すると、徐々に彼女の顔が美和ではない別人の顔に変わっていった。


 やがて、そこには別人の女性が現れた。


 年齢は20代半ばくらいだろうか。


 整った顔立ちをしており、妖艶な雰囲気を醸し出している。


 彼女は妖しい笑みを浮かべて話しかけてきた。


「はじめまして……。私の名はエンよ」


「貴様は何者で、美和をどうしたんだ!?」


 俺は怒気を込めた声で叫ぶ。


「私も力を与えられた者よ。本物は、寝室で寝てるわ……」


「なんだと……」


「なぜ、私が偽物だと分ったの?」


「それは……、気は強いが美和から誘ってくるとは思えないからな」


 俺は自信満々に答える。


 実際には、なんとなく違和感を感じていただけだったが……。


「それだけで分かったというの……。大したものね」


「美和は何処へ行った?」


「心配しないでも大丈夫よ。今は眠っているだけ……。そのうち起きると思うけど……」


「お前の目的は何だ?」


「私の目的? 我が主から、あなたに色仕掛けを命令された為よ……」


「ふざけるな! お前の主というのは誰だ!?」


「あなたに教える必要はないわ! だけど、どうしても知りたいというなら、力ずくで聞き出してみたらどうかしら?」


 エンは楽しげに笑っている。


「そうかい……。後悔しても知らないぜ?」


「ふふ……。できるものなら、やってみなさいよ!」


 彼女は余裕の笑みを浮かべていた。


「いいだろう……。その挑戦を受けてやる……」


 俺は戦闘態勢に入る。


「あら? やる気になったみたいね……」


「ああ……。覚悟しろよ?」


「威勢だけは良いようね……」


「うるさい! 行くぞ!」


 俺は勢いよく飛び出した。


 まずは先制攻撃とばかりに殴りかかる。だが、あっさり避けられてしまう。


「そんな単調な動きでは、当たらないわよ?」


 エンは嘲笑うように言った。


「ちっ……。まだまだ!」


 俺は連続で攻撃を仕掛けるが、全て空振りしてしまう。


(こいつ……。見た目に反して素早い……。それに、思ったより力が強そうだ)


 俺の攻撃を全て避けているのだから、当然といえば当然なのだが。


「大した事無いのね。こっちから行くわよ……」


 彼女は素早く踏み込むと、拳を突き出す。


 俺は咄嵯にガードするが、衝撃で吹き飛ばされてしまった。


「ぐあっ……」


 床を転がりながら、なんとか体勢を立て直す。


「ほら、休んでいる暇はないわよ……」


 エンは間髪入れずに追撃してくる。


「くそっ……」


 俺は必死に避ける。


 反撃したいところではあるが、迂闊に手を出せば返り討ちにあいそうだ。


(ここは耐えろ……。チャンスは必ず来るはずだ……)


 俺は自分に言い聞かせるようにして、ひたすら回避に専念する。


「あら? 逃げるのが得意なのね……」


「ふん……。言ってろ……」


 俺は挑発に乗るふりをして、わざと隙を作って見せた。


「かかったわね……」


 エンは俺の顔面を狙って蹴りを放つ。


 俺は敢えて受け止めると、そのまま掴んで拘束する。


「捕まえたぞ……」


 その時、俺は腕に切られた痛みが走った。


 見ると、血が少し流れているが傷は浅い。


「痛ってぇ……」


 俺は思わず叫んでしまう。


「油断したわね。残念だったわ……」


 彼女の手には小型のナイフが握られていた。


「まさか、隠し持っていたとはな……」


「ふふ……。これで形勢逆転ね……」


 エンは勝ち誇ったような表情を浮かべる。


「まだだ……」


 俺は、まだ戦えるが彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


「そろそろ毒が効いてくる頃かしら?」


「何だと!?」


 俺は慌てて自分の身体を確かめる。


 俺の身体全体に痺れが襲ってくる。


「これは麻痺性の毒よ……」


「くそっ……。身体が動かねぇ……」


「さようなら……」


 彼女は止めを刺そうと近づいてくる。


 俺は床に四つん這いに付しながら命の危険を感じた。


「ここまでか……」


 万策尽きたかと思った時、突然目の前に人影が現れた。


 その人物は、エンに強烈な一撃を食らわせると吹っ飛ばした。


 エンは苦しげな声を上げる。


「ぐあぁ……。何者よ!?」


 エンは起き上がると、現れた人物を睨みつけた。


「パパを傷つけたな!!」


 そこには、ユナの姿があった――。

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