ツマラナイ男
凛太朗がリビングに顔を出したのは、昼の十二時だった。彼は無造作な髪に半開きの目をして一度大きな欠伸をし、ダイニングテーブルの上にある五枚切りの食パンを一枚手に取って、そのままかぶりつく。そして冷蔵庫から紙パックのりんごジュースを取り出してガラスのコップに注ぐ。
彼の物憂げな様子を見ていた父の孝則は呆れたように、
「食パンを焼くのを惜しむくらいに腹が減っているのなら、もっと早く起きたらどうだ」
凛太朗の生返事に孝則はため息をついて、話し続ける。
「お前は冬休みに入ってから毎日だらだらと過ごして、大学生にもなったのだから彼女でもつくって遊びに出かければいいだろう」
「別に」
凛太朗は短く応え、孝則の顔を一瞥もしない。
「それにお前はまだ二年生だが、大学生活なんていうのはあっという間だ。就職はどうする。今からでも大まかな進路を決めておかないと、いざとなってから慌てることになるぞ」
凛太朗は顔を曇らせ噛み続けていた食パンを飲み込み、孝則の顔を見て口を開く。
「別にやりたいことなんてないし」
孝則は更に大きなため息をして、「先が思いやられるな」と冷たく吐き捨てた。
そして孝則はふと思い出したように、
「そうだ。今朝からどうにもトイレが詰まりやすい。お前、何か変なものを流さなかったか?」
凛太朗は黙って首を横に振る。そして「まったく」とぼやく孝則に背を向け、空になったコップを台所で洗い、リビングから出て行った。
細い廊下を通って凛太朗はトイレのドアを開ける。躊躇うことなく用を足し、トイレレバーを引く。
水は勢いよく流れ、普段通りの状態だった。
凛太朗はトイレを詰まらせた犯人が自分だと疑われたことに不満な様子だったが、水は問題なく流れたので満足そうな顔をした。
そのあと凛太朗はテレビを観て過ごした。中年のコメンテーターが政治について力説している。凛太朗はそれを暫くの間、無表情で観ていたが、突然、リビングのドアが勢いよく開き、甲高い声が部屋中に響き渡った。
「またトイレ詰まったんだけど、もうこれで何回目なのよ!」
凛太朗の妹の紗季だ。鋭い目で凛太朗を睨みつけ、
「さっきお兄ちゃん、トイレ使ったよね?何か変なもの流したんじゃないの?」
凛太朗は、孝則と同じように疑われたことに心底不快だといった顔をして、紗季に言い返す。
「変なものなんて流していないし、俺がさっき使った時はなんともなかったぞ」
紗季は訝しげに凛太朗を見たが、諦めてトイレの詰まりを直しに行った。
食後にコーヒーを飲んだためか、凛太朗は立ち上がりまたトイレへ行った。
さっきと同様に水は問題なく流れた。側に濡れた通水カップが置いてあったので、紗季が使った時は、確かにトイレは詰まったのだろうが、それが嘘のように大きな音を立てながら水はすっきりと流れ、使う前の状態に戻った。
リビングに戻って来た凛太朗を見た紗季は、テレビの映像を見るように促す。
「見て、この猫ちゃんの顔。とっても可愛いでしょう?ああ、もう変わっちゃった。
残念ね。いまのを見逃したのはもったいないよ」
「別に可愛い猫の映像を見たって、何ともないよ。それに、やっぱりトイレは普通だよ。今もちゃんと流れたし」
紗季は仏頂面になって言う、
「本当に、お兄ちゃんってつまらない男よね」
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