帰路

 仕事を終えた男は勤めている工房を退社し、帰宅の道にある。彼は繁忙期で近ごろ働き詰めだった。疲れ果て元気無く歩く男は、不図足を止めて港の方を見る。

 数隻の漁船が停泊し、三人の漁夫たちが野太い声を張り上げ、会話を弾ませている。男は視線を帰路に戻そうとするが、沖に浮かぶ赤い影に気づく。鮮やかに燃える夕日の下半分が海に浸かり、海面と空をうすら赤く染めている。男は暫くその様子に見惚れていた。

 生温かい風に靡く草木の音が再び歩き出す男の耳に響き、彼の意識を野山へ誘った。鈴虫の鳴く声が微かに聞こえ、黄昏時の山々は黒い塊となり、男は足を早めた。


 帰宅した男は、夕食を食べながら帰り道に見た風景を思い出す。毎日通る道であるにも関わらず、まるで知らない場所へ迷い込んだ気持ちになったことを不思議に思うようであった。仕事のことばかりを思案するあまり身近な風景すらも無頓着だったことを痛感するように悶えた。そして彼は、明日の休日は散歩をしようと決意し、寝床に就いた。

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