黄昏の葬送
式神の馬を走らせ、道の傍で晒されていた首を拾い上げ、墓所へと運び込む。数日とはいえ夏の最中の野辺にあった首だ。もはや見られた有様ではなかったのを、春明の炎が哀悼と共に抱いて骨とした。それを六つ、丁寧に埋葬をし、簡易な葬送の儀を行ったときには、気づけばもう、地面に落ちる影はだいぶ長いものになっていた。
「……結局、黄昏時になっちゃったね」
空を見上げ、立ち上がった玄月が呟く。宵風に狩衣の袂が弱々しくはためいていた。赤に溶ける天蓋に広がる雲が、濃い影を抱きながら紅蓮に燃えている。東の空はもう深まる藍色だが、月の影はまだない。今宵は居待ちの月だ。
「念のため、略式だが符を預けておこう」
夕焼けを映しとる玄月の双眸に、確証のない胸騒ぎを覚えて、春明は懐に手をやった。
化生の恋うる射干玉は、底に西日の陽炎を揺らめかせていた。その妖しく朱色を灯す黒に、ちりりと肌が焦げて気持ちが波打った。
喉が鳴ったのは暑さのせいだと思うことにして、春明は符を無逸と子遠に手渡した。
「手離すな。持っていれば、お前たちを護る程度の役には立つ」
「しかし、得体が知れないねぇ、辻狼。首にそれらしい《澱み》の形跡はなかったけど……」
「とはいえ、人の仕業とも思えないからね」
玄月のぼやきを拾って、子遠は言った。
「無逸の聞いた話や、遺体の異様な有様はもちろんのことだけれど、首の斬られ方も、ね……。およそ人の
温和な細面は、痛ましげに翳った。
死した者を診るのは専門外だが、何か手掛かりになればと、子遠が首を検めたのだ。だいぶ見立てづらく、膿み腐れてしまっていたが、その際、奇妙な点に気づいた。並べられた首はどれも、刃物で落とされたというよりは、獣が食いちぎったような歪で乱れた断面をしていたのだ。趣味悪く錆びた太刀で落としても、ああまで乱雑にはならないだろう。
「獣が牙をたてたような痕……か。辻狼っていうのも、妙に言い得てしまったってところだな」
「名が姿を与えることもある。あまりみだりにその名を口にしない方がいいかもしれん」
無逸の嘆息に、物思わしげに春明が重ねた。
が、それに応じる前に、無逸がふいに首を巡らせ、振り返る。
「――なぁ、いま、誰か見てなかったか?」
探るように睨む視線の向こうには誰もいない。ただ、黄昏の鈍い赤銅色の中、より黒く濃く浮かび上がる影を抱いた木立が、うっそりと佇むばかりだ。
一陣、昼間の熱を帯びたままの風が、ゆるく四人の肌を撫でていった。
「やだ、怖~い!」
あからさまに場違いな明るい悲鳴があがった。玄月が己が肩を抱いて震えている。瞬間、断ち切られた不穏な緊迫の糸に、春明は脱力した。
「陰陽師が怖がるな。あと、無逸、振り返るな」
脅かさないでよ、とすり寄る玄月を迷惑そうに子遠に押し付けていた無逸が首を傾げた。春明は続ける。
「『声をかけられても振り返らない』――それが対処法になっていたんだろう? 意味はもう薄いのかもしれないが、化生相手に禁を破るのは、やはり良くない」
「そうだな。気をつける」
忠告に、真摯に無逸は頷いた。
「それじゃあ、僕らは守られながら帰ろうか」
「だったら俺より春明がお奨め。なにせ都随一の陰陽師。俺はどっちかっていうと、化生引き寄せ体質」
鋤をまとめて子遠が声をかければ、玄月は憚りなく己が性質を口にして春明を指さした。さすがの玄月といえども、ここまで開けっぴろげにその瞳の扱い難い特徴を晒すことは滅多にない。この場にいるのが、既に事を知ったる彼らだけであるからこそだ。
「引き寄せはするが、守ってやれるだけの実力もあるだろうが」
「どうかなぁ……最近めっきり仕事がなくなって、なまってるから……」
「またいじけて」
八の字眉で笑う子遠が、なだめるように肩を叩く。
和んだ空気の中、春明がふわりと舞わせた符が馬と成り代わり、四人はその場を後にした。
風もないのにがさりと木立の元の草陰が揺れたのは、蹄の音が小さく遠のいてからのことだった。
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