内裏の狭間(2)


 ばたばたと音をたてて周囲の蔀戸しとみどがいっせいに閉じられていく。女童がぐしゃりと耳に不快な音とともに、潰れて爆ぜた。

 瞬間その飛び散った肉片が白銀の矢羽根もつ矢となって、驟雨のごとく玄月の上に降り注ぐ。


 短い呪言ともに印を切った玄月の指先の動きに合わせて、紫の糸状の光が格子の形に現れ出で、音を唸らせ飛び来る幾重もの矢を防ぎ止めた。とともに、その足元の床板がガタガタと軋んだかと思った瞬間。そこから三叉のやじりを持つ宝戟ほうげきが、無数に彼を貫かんと突き上がる。


「ちょ、加減・・・・・・! 死んじゃう!」


 詮無い事を叫んで、間一髪のところで玄月は飛び退き避ける。足を覆いつくす長い緋袴とうちきの裾が、華やかな弧を描いて宙を滑った。


 その周りを縫うように、玄月の指先に絡みついた紫の糸がしなり、宝戟を絡めとると同時に、千々に切り裂く。勢いをそのままに、玄月は刃のごとき糸束を蔀戸へ叩きつけた。が、硬い音の響きとともに弾き返される。


「硬っ!」

 想定外の堅牢さに舌を巻いて、天井からの追撃の弓矢の雨を掻い潜り避ける。長袴を纏うとは思えぬ速さで、玄月はひさしを駆け抜けた。この場に留まり続けていても埒が明かない。化生の本体を――核とも呼べる部分を調伏しなければ、勝てぬ消耗戦に倒れるだけだ。


 向かいの暗がりにきらりと光がちらついたかと思ったら、唸りをあげて剣の群れが、空を切り裂き迫ってきていた。


「も~! 熱烈!」


 うんざり顔に唇を尖らせ、次にはすっと鋭い眼差しで飛び来る剣の数々を見定める。


 玄月は袿から腕を滑り抜くと、その空蝉うつせみの衣を薙ぐように、飛び来る切っ先の前に大きく広げた。術を纏ったその袿が怒涛に注ぎ来る剣を、次々とそのうちに飲み込み、収めていく。しかし、さすがに数が多すぎたらしい。「無理かな」と眉を寄せた玄月が衣を手放し身を引くと同時に、ぎちぎちと軋む嫌な音が衣を裂いて、剣があたり四散した。


 がらがらと散らばる剣がか黒い塊となって溶け消えるも、玄月を囲む空気が不穏に揺れる。瞬間、四方から数多の武器が彼めがけて、白銀の刃をぎらつかせ迫り来た。上も下も、右も左も――逃げ場が、ない。

 眼前に眩い切っ先が飛び込んできて、玄月は急ぎ印を切り結んだ。


「・・・・・・あ、っぶな・・・・・・!」

 切り裂かれたひとえの右袂と緋袴の端に玄月は冷や汗を拭う。


 格子の印は、指先に結ばれていた光の糸の切れ端を長く伸ばし、絡み合う籠状の防壁を中空に作り上げた。玄月はその中に半ば丸まり倒れこみ、いまなおぎりぎりと彼を貫こうと蠢く刃を、籠の目で押し留め、なんとか八つ裂きからは逃れ得た状態だ。


「・・・・・・ん? でもこれ、ちょっと動けなくない?」


 誰へ問うでもない独りごちがこぼれ落ちた先。ふっと足下の廂の方へ目を向ければ、どろどろと溶けた剣の残骸が繋がりあい、くっつきあって、再び女童の形を成して見上げてきた。その虚のごとき眼と視線が絡めば、泥の肉塊が確かに、唇を耳まで割けんばかりに引き上げる。


「これ、結構まずいね!」


 状況のわりに元気よく玄月は叫んだ。


 だが、じわりと女童の足元から滲みでた赤黒い染みが玄月の浮かぶ真下まで広がり、どろりと濁ったとぐろ巻く。光を飲む黒く深い穴が、そこにぽっかり口を開けた。頭上でいまだ金属音を耳障りに軋ませる剣や槍が、徐々に籠ごと玄月の身体を押し下げていく。


 穴に触れた下方の宝戟の柄が、じゅっと鈍い音を立てて闇の中に溶け消えた。そこへ――

 蒼銀の光がか黒い穴と玄月の間に滑るように閃いて、五芒の星を描いて輝いた。瞬間――目を射ぬく光線を放って、爆音とともにあたり一帯を爆ぜ飛ばす。


 蔀戸が吹き飛び、屋根が飛び散り、廂が粉々に砕け散る。鴇色の空に舞い散る内裏の残骸とともに、玄月の体も宙へと高く吹き飛んだ。そのまま華麗に下降線を描いて、どさりと庭へと尻もちをつく。


「手心!」

「加えた」


 見上げて確認する前に、玄月は腰をさすりながら隣に佇む気配に苦情を申し立てた。ただその甲斐もなく、つれない一言が冷たく降る。


 ぼんやりと薄い輪郭だけだった人影は見る間にしっかりとした像を結び、ゆるりとなにもない場から滑り出るように春明が姿を現した。はなだの色も涼やかな狩衣に、簡易に烏帽子を被っている。官人として規則に縛られる内裏のうちでは本来許され得ない装いだが、動きやすさの利を取ったらしい。


「ここへの道を作ってやった俺に対するこの非情な仕打ち・・・・・・」

「そんなことはない。そこは感謝している」

 ふわりと春明の掌から、紫の光の糸が結びついた桜がひとひら、漂い舞って溶けて消えた。


「ただ、お前の『最終的に私がなんとかしてくれるだろうから適当に流しておこう』という、甘い魂胆が透けて見える戦い方に苛ついただけだ」

「か弱い女房の甘えたぐらい、広い度量で受け止めてやれよ・・・・・・」

「お前のその厚い面の皮、もうひと爆破ぐらいして吹き飛ばしてやろうか?」


 剥げ落ちた白粉おしろいに、消えかけたべに。単一枚では隠しきれず浮かび上がる体の線は固く直線的で、もはや緋の長袴ぐらいしか女房姿の名残がない。か弱さに至っては、変装が崩れる前からどこにもない。よくぞ憚りもなく自負できるものである。




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