琵琶の音の君(3)
「いずれはあの勾玉の件は究明したいが、いまは目の前の厄介事だ。早く状況を説明しろ。師の話だけでは全容がまだ掴めん。そもそも、血濡れの袿が見つかったのは昨日というのに、お前はなんでそれより前から
確か先ほど、彼は出仕七日目だと言っていた。つまり騒動が起こる前から、なぜか女房として潜り込んでいたことになる。
「ああ、じゃあ、そのあたりも含めて、まず出来事を順に整理して共有しようか」
べん、と玄月が軽く琵琶の弦を弾くと、するりとこぼれた紫の光の糸が、日付を記して
「まず発端は、おそらくこの日。二十日前だ。この日、桐壺皇后の女房のひとりが、三日の
「お前、女房がひとり、すぐに戻らなかった程度で駆り出されるのか……」
身が持たないぞ、とでも言いたげに春明は同情の目をやったが、玄月はあっけらかんと笑った。
「君だって割としょうもないことで呼び出されまくってるだろ? 蛇が
「そう、だな……」
この前もそうした案件で、朝日が昇るころに叩き起こされたばかりだ。色白の顔はさらに不健康そうにげんなりと、生気を欠いた目で虚ろに下向いた。
「
しおれた哀れな仕事人間の肩を、ばんばんと慰めにもならない調子で叩き、玄月は自慢げに口角を引き上げた。
「その点、俺は
「藤氏相手によくあくどい商売をしてるな、お前・・・・・・」
定周は政治的な要素からのみならず、私的な情でも妹への愛着が度を越して過保護と有名だ。妹愛しさゆえに小まめに彼を呼び出し、あることないこと言われるままに、さぞかし巻き上げられているのだろう。見上げた根性だと呆れ混じれの視線が投げかけられれば、玄月は、袿の袖に悪い笑顔をわざとらしく隠して、ほほほほ、と、女性の声音でおどけてみせた。
「ま、俺の手口はさておき、女房失踪についてだよ。呼ばれて色々調べてみたんだけど、呪詛ではなさそうなのに、後宮のうちに、化生の気配はいっそ不審なほど感じられなかった。ただ・・・・・・皇后の元の女房が里下がりをすると言って姿を見せなくなった後、他の
ふわりと日付の下に浮かんだ数字に、春明は少し太めの形の良い眉を顰めた。
「二十日で十人、か・・・・・・。多いな」
「局が違うと、情報も行き交いづらいからね。あと、皇后のところと同じように、
淡々と紡がれていた声音に、かすか悔しげな苛立ちがのぞいた。俯く横顔に流れた黒髪をさらりと払った指先が、いま一度弦を弾く。と、
「見つかった袿は、
「面倒だな・・・・・・」
秀麗な眉間に、どこか剣呑と、悩ましげに春明は皺を寄せた。
「お前の言うとおり、呪詛ではない可能性が高いだろうが、私にもこの内裏にしかと化生の類の気配は感じられん。そこはかとなく、鼻につく臭いと言おうか・・・・・・異質な空気はあるような気もするが、判然とはしない」
「君もそうなら、通常の手順通り、潜んでいるのを見つけ出して調伏――というのは、やっぱり難しそうだね」
もろ手を挙げた腕を、袿の袖が滑り落ちる。
これで本当に事情を知らない女房たちに、男とばれずに済んでいるのか怪しいものである。が、目をそばめてやるのも億劫だ。春明はそのまま流すことにした。
「お前が見えぬ気配なら、私が分からないのも道理だな。だが、どうせお前のことだ、他の手はすでにあるんだろう? だから、ここにいる」
「まあね。俺も別に道楽で、美貌の琵琶の名手として名を売り出したわけじゃない。消えたと判明してる女房や女童に共通点があってね。年若いながら内裏での評判が高かったんだ。容姿優れて一芸秀でてる、とか、教養深く機転が利いて覚えめでたい、とかさ。最初に消えた桐壺皇后のところの彼女もそういう手合いだったらしいからね。なんか山の雪がどうとかこうとかして、御簾をあげたら褒められたって、ずいぶん評判になったとか聞いた」
「雑な情報収集をするな」
ひどく適当に投げて寄越された判然としない内容に、春明は渋面で頭を抱えた。それなのに、なんとなく理解できてしまったのが、腑に落ちない。
「・・・・・・その話なら、私も師から聞いた。そうした教養深い女房を、藤壺中宮の元にも手っ取り早く多く抱えたいから、陰陽術でなんとか出来ないものかと相談されたそうだ」
「あのくそ強欲関白野郎、陰陽術のことなんだと思ってるのかな? 身に染みるように一度軽く呪詛っとく?」
「おっ前、本当に口を慎んどけよ、玄月」
思わず、春明の言葉は乱れた。えらく不謹慎な一言を、曇りなき
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