琵琶の音の君(2)
「ま、正味なところ、秘密なのは噓ではないだろ。外面で仲悪くすると、こういう時不便だよね」
「多少の面倒は我慢しろ。この方が、
「まあ、
分かっていて都に上ってきただろうに、平然と落胆を装う男に、春明は呆れた目を向けた。
どこまでが絵空事で、どこまでが真実に触れた話なのか、もはや定かではないが、この世の始まりを紐解く書には、こう記される。
彼らがすごす
かつて神々は、地上に生まれ、地上で暮らしていた。しかしそこには神を喰らい、害す、化生もともにあった。神々は長き戦いの末、敵対する化生の類を地の底の黄泉の国へと封じたが、完全には閉じ込めきれなかった。
そこで神たちは、もっと安寧に過ごせるように、住む場所を天に移した。そして、黄泉と天の国を線引く御垣となった地上に、守り手を残したのだそうだ。
それが、いま地上に住まう人間たちの祖なのだという。そし人を統率し、治めるため、神々のうち一柱が、天の落とし子として地上に残った。その末が、いま都を治める
「昔語りをすべて真に受けるなら、皮肉なものだよねぇ。化生を討伐するために残った大樹帝の側近くが、一番化生の好む負の感情――《澱み》を生む場所になっている」
「お前、それ、私以外の前では絶対口が裂けても言うなよ」
「君の前だからだよ。それに、まぁ、すべてが絵空事の昔語り――とも言い難いしね。化生は現にこの世に蠢いているし、大樹帝の存在も、やっぱり特別だ。神のように強大な力はないけれど、俺たちの陰陽を操る力とはまた違う、世の均衡を保つ不思議なナニカを秘めておられる。実際、過去、空位になった時は、もれなく世が乱れたしね。王としてあれ、と、天が定めているように」
大樹の血筋は、間違いなく国の要石だった。だから、神代の話を信じてない者ですら、大樹帝の血脈を脅かそうとはしないのだ。
彼らが直接的に仕える藤氏の者たちなどが、まさしくそうだろう。かつては
そうして今の
「ここ数年、都でとみに化生絡みの事件が増えてるの、藤原氏の叔父甥争いのせいなんじゃないの~?」
「それが原因なら、百年は前から陰陽師はくそ忙しかったろうよ」
藤原氏を始めとした、都の貴族たちのいざこざは今に始まったことではない。いつの世も彼らの政争は、暗い情の《澱み》を生み出し、広げ続けている。その程度で近頃の化生怪異の増加に繋がるならば、とうにこの都は異形の棲家だ。
「どちらかといえば、分かりやすく気になるのは例の勾玉だな・・・・・・」
「ああ。これ見よがしにでかい怪異の時に転がり出てくる、あれね」
このところ、異様に力を帯びた化生がまれに現れ出ることがあった。そしてそれらを調伏した際、必ず最後に瑠璃色の勾玉が残るのだ。しかもそれは化生のうちにあって、力の源となっていたことは確かであるのに、何の変哲もないただの勾玉なのである。それどころか、深く濃い静謐な蒼は、吸いこまれそうなほど美しく、化生の核とは思えないほど清廉としていた。穢れの気配のひとつもないのだ。
だからこそ――どこか不気味で、空恐ろしかった。
それゆえ、無用に存在を触れまわるのも憚られ、ひとまずのところ調伏したふたりのみの秘密ごととなっている。いまは春明が預かり受け、念のため彼の邸のうちに封をして収めていた。
「この前の鬼ので五つ目だったけ? あれも結構すごかったよねぇ。壮観だったよ。小山ほどの鬼に足首ひっつかまれて、逆さまに望む小さな都」
「お前、絶対! 二度と! そうなるような真似するなよ? それを無傷で助けた私の努力と力を伏して拝め!」
「あの時の君も、鬼より般若の顔してたもんねぇ。鬼も震えたと思う」
嘗めたくもなく嘗めた辛酸の記憶に、春明が腹に力を込めれば、意にも介さぬ笑い声がからりと重なった。悲しいことに、春明の苛立ちの叫びはまったく響いていないらしい。
「いっそ考え無しなら良くはないが、あきらめもつく。お前はなぜ熟考の上、虎の尾を踏みに行く?」
「いや、俺も単独ならああはしなかった。だけど君がいたから、それを考慮の上、なんとかなるなら楽しい方がいいかな、とね!」
「今生どころか来世でも、これほどはた迷惑な信頼を寄せられることはないだろうな」
「来世でも会えたら、同じ信頼を約束するよ」
「するな」
胸を張って請け合う玄月を心底冷めた視線で斬り捨てて、春明は「ともかく」と、逸れていった話題を戻しにかかった。
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