フェンリル系忍び?

 わたしに気づいたヴェロニカお母さんがニッコリしながら「ほら、エリザベス、サリーお姉さまが会いに来てくれたわよ」とこちらが見えるようにした。

 愛らしい赤ちゃんな妹ちゃんが「あぁ~!」と言いながら、こちらに手を伸ばしてくる。


 可愛らし過ぎる!


「エリザベスちゃ~ん!」

と手を振り、柵を開けて中に入る。

 静かに近づくと、ヴェロニカお母さんの側で膝を突き、妹ちゃんの小さな手を優しく握った。


 柔らかくて小さくて、可愛い!


 ……いやいや、そんなことをやっている場合じゃなかった!

 わたしが「町について話したいことがあるの」と言うと、ヴェロニカお母さんはエリザベスちゃんを優しく床に降ろす。

 手足をパタパタさせる妹ちゃんの側に、ガラガラと音を鳴らす玩具を持った妖精メイドのスイレンちゃん達がすーっと飛んできて、楽しそうに鳴らす。

 エリザベスちゃんはそれを目で追いながら「あうあう!」言いつつ嬉しそうに手を伸ばしている。


 可愛い!


 ヴェロニカお母さんが手招きしつつ、エリザベスちゃんから少し離れる。

 そして、「また、何かあったの?」と少し固い声で訊ねてくる。

 わたしもヴェロニカお母さんの後をついて行きつつ、今日、町で会ったことを説明する。

 いつもニコニコしているヴェロニカお母さんにしては珍しく、険しい表情になる。

 そして、話し終えると、何か口にしようと開け――強く目を閉じた。

 目を開けた後、ヴェロニカお母さんは心配そうにわたしを見る。

「非常に良くないわね。

 サリーちゃん、町にはしばらく近づかない方が良いわ」

「うん、わたしもそう思っている」

 町の皆は凄く心配だけど、正直、わたしがいた所でどうにもならないと思う。

 むしろ、アーロンさんやヴェロニカお母さんに心労をかけるだけのように思う。

「しばらく、町で買う物も無いし、獲物を買い取って貰う必要も無いから、少し距離を取ろうと思う」

 わたしが言うと、ヴェロニカお母さんは安心したようにニッコリ微笑む。

「何だったら、その間に笛でも練習したら?」

「あ~それ良いかもしれない。

 教えてくれる?」

「ええ、もちろんよ」

 ヴェロニカお母さんは嬉しそうに言った。



 ゴロゴロルームを出ると、テーブルの上にある蜂蜜の入った壺を、妖精ちゃん達が取り囲んでいた。

 なにやら、〝落ちている?〟、〝いらないもの?〟、〝貰っていこう!〟見たいな事を言ってそうな雰囲気なので、「いらないものの分けないでしょう!」と手で追っ払った。

 何やら、妖精ちゃん達が〝ちょっとで良いから頂戴!〟とかアピールしてるけど、いや君たち、週一で結構な量の蜂蜜を分けて上げてるでしょう!

「あっち行って!」

と追い払いつつ、考える。


 この蜂蜜、どうしようかな?


 図に乗りかねないから、妖精ちゃん達には上げなかったけど……。

 蜂蜜に関しては、結構余り気味ではあるんだよね。

 蜂蜜漬けに関しては、それなりの量を作ったし、普段使い分も、きちんとキープしてあるし……。

 う~ん、もう一度、蜂蜜酒をママに送ろうかな?

 うむ、そうしよう!


――


 朝、起きた!

 お腹の辺りで「げほげほ!」という声が聞こえてくる。

 慌てて、布団を捲ると、わたしのお腹に抱きついているシャーロットちゃんが苦しそうに咳をしていた。

「シャーロットちゃん、大丈夫!」

 背中を擦って上げると、「のどいだい」というシャーロットちゃんの苦しそうな声が聞こえてきた。


 大変だ!


 イメルダちゃんが眠たげに顔を上げつつ「どうしたの?」と訊ねてくる。

 姉的妹ちゃんにくっ付いている龍のジン君も寝ぼけた感じに顔を上げた。

「シャーロットちゃんが風邪を引いちゃったみたいなの」

 驚きで目が覚めたのか、イメルダちゃんの目が大きく見開かれる。

 そして、ベッドから体を起こしつつ「大丈夫なの?」とわたしにくっ付いているシャーロットちゃんを見た。

 わたしはシャーロットちゃんの額に手を当てる。

「少し、熱っぽいかな?

 とにかく、今日はゆっくり寝ようね」

 わたしはベッドから出ると、妹ちゃんの肩に掛け布団を掛けて上げる。

 イメルダちゃんも、ベッドから出ようとするので手を貸して下ろして上げる。

「のどいだい」と顔を顰めるシャーロットちゃんに「うんうん、すり下ろし林檎、持ってきて上げるね」と言って上げる。

 シャーロットちゃんは少し表情を緩めた。

 すると、扉を開く気配を感じた。

 視線を向けると、何やらぷりぷり怒っている妖精メイドのウメちゃんが入ってきた。

 手には袋を持っている。


 ウメちゃん、どうしたの?

 え?

 無い?

 あ!

 風邪薬がないの!?


 冬に何度か使ったんだけど、補充をし忘れていた!

 しまった!

 温かくなって油断してた!

 そのことを言うと、イメルダちゃんも決まり悪そうな顔になる。

「わたくしも、薬については確認してなかったわ。

 失敗したわ」

「ぐちゅり、いらない」

 これは困ったなぁ~

 町に行けば買えるけど、昨日、ヴェロニカお母さんに行かないと宣言したばかりなのに……。

 わたしは腕組みをしつつ、悩む。

 いや、悩んだ所で、やることは一つなんだけどね。

「仕方がない、今日、町で買ってくるよ」

「いらない」

 イメルダちゃんが心配そうに言う。

「町って、今大丈夫なの?

 例の……宝探しあれとか」

 イメルダちゃんには昨日の件は話してないけど、一昨日のことで心配になったのだろう。

 わたしはニッコリ微笑んでおく。

「荷物を持たなければ大丈夫だよ。

 薬を買うだけだし」

「ぐちゅり、いらない!」

「まあ、そうね。

 気をつけてね」

 腰に抱きつき、ゆさゆさと揺すってきたシャーロットちゃんの背中を撫でながら「お薬を飲むと、早く良くなるからね」と言いつつ、イメルダちゃんに頷いた。



 朝のお仕事を終え、朝ご飯を食べた後、洗濯を手早く終える。

 そして、町に行く準備をする。

 といっても、荷物はほとんど無い。

 財布用の小袋には薬を買うためのお金をいれ、持って帰る用の小袋をポケットに入れる。

 後は、籠さえ無しで出発だ。

 フェンリル帽子をかぶっていると、ヴェロニカお母さんが心配そうに近づいてきた。

 そして、そっと囁く。

「無理をしなくて良いのよ。

 変な様子だったら、薬のことなど気にせず、帰ってきてね」

「うん、無理はしない」

と頷いておいた。


 とはいえ、正直、買い物だけならそこまで難しくはない。


 わたしとて、それなりに狩りをこなしてきた、フェンリルママの娘だ。

 気配を消すことだって出来る。

 それこそ、門を含む町中でも人に気づかれず進み、買い物を済ませて帰ることだって可能だ。


 そう、影に住まうもの――忍びになれば良いのだ!


 可愛い妹ちゃんの薬のため、一人、町に潜入して薬を得る。

 ダークヒーロー系ヒロインになるのだ!

 飛んできてくれた近衛兵士妖精の白雪ちゃんを胸にしまう。

 そして、雰囲気を出しながら「じゃあ……行って参る!」とフェンリル系忍びっぽく、見送りに外まで来てくれたイメルダちゃんに手を上げる。

 だけど、ジト目になった姉的妹ちゃんに「馬鹿なことをやってないで普通に行きなさい! 普通に」と言われてしまった。


 酷い!

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