胸クソ悪い領主様
「もも申し訳ありません!
あの女どもが、領主様の大切な馬のおみ足を傷つけまして――」
「なんだと!」
領主様の怒声の後、しばらくすると、少し抜けた声が聞こえてくる。
「……怪我などしておらんではないか?」
「あ、あれ?」
「いい加減せよ!
大方、
お前などどうしてもと言うから使ってやっているのに仇に返しおって!」
「ち、ちが、違います領主様!
よく――」
「うるさいわ!
貴様などに構っておれんというのに!
――おい、組合長!
もっと真剣になるべきだと、わたしは思うぞ?
前回の失態は生半可なことでは
だらだらとやって、〝後悔〟することにならないようにな!」
しばらくすると、馬が何頭も走る音とおじさんの「おまちくださぁ~い!」という叫び声が聞こえ、そして、遠ざかっていった。
様子を
「あんだけ騒いでいたのに、何だったんだろう?」
クッカさんが呟くのをリリヤさんが「本当に」と頷いている。
「何があったの?」
とわたしが訊ねると、ヘルミさんが苦い顔をする。
「なんか、あのユニコーン――領主様のらしいんだけど、右足が怪我をしていたらしくて……。
しかも、それをわたし達の責任にされそうになったの」
「え?
そうなの?」
「怪我をさせるどころか、近づいてさえいないんだけどね」
えぇ~!
クッカさんが苦い顔で言う。
「あのくそ男、怪我の責任を完全にわたしたちに押しつけて逃げようとしてたんだよね」
「嘘でしょう!?」
わたしが言うと、クッカさんは続ける。
「くそ貴族とか、その関係者はやりかねないのよねぇ~
サリーちゃんも気をつけた方が良いわよ」
理不尽すぎるでしょう!
絶対近づかない!
そんな決意をしていると、リリヤさんが不思議そうな顔で言う。
「でも、さっき見た時は確かに傷ついてたよね?
あれ、どうなったんだろう?」
「あ、それならわたしが治した」
わたしが言うと、「サリーちゃん、助かった!」と小白鳥の皆が抱きついてくる。
いや、暑苦しいから!
体を離したヘルミさんが困った顔をする。
「しかし、近づきたくないと思っても、領主様、しばらくは冒険者組合に来そうなのよねぇ。
はぁ~
そろそろ、大草ウサギ祭りが始まるのに……」
「大草ウサギ祭り?」
「あれ?
サリーちゃんは知らない?
この時期、大草ウサギが大繁殖するってこと。
それが大量に狩れるこの時期を、あたしらは大草ウサギ祭りって呼んでるんだけど」
「知らない。
大草ウサギって魔獣なの?」
わたしが訊ねると、クッカさんが「一応魔獣だけど、強くないし美味しいんだよ」と教えてくれた。
へぇ~
美味しいなら興味があるなぁ。
ヘルミさんなんか「癖が無く肉汁がジュワーっと凄く美味しい肉で、あたし凄く好き!」とか言っているし、是非狩りたいものだ!
リリヤさんが「サリーちゃんの白い魔法なら一網打尽に出来るんじゃない!?」と言い、ヘルミさんが「確かに! 今年はサリーちゃんと是非狩りに行きたい!」と目を輝かせている。
あ~!
領主様の件、早く収まって欲しいなぁ~
一応、冒険者組合に顔を出すことにする。
怪我人とかいるかもしれないからだ。
……いつも、なんやかんや騒がしい冒険者組合が、シンっとしていた。
えぇ~……。
しかも、人がいるのに静かなのである。
誰もが――顔を顰めている。
青筋を立てて、顔を真っ赤にしている人もいる。
まあ、領主様がどうせ、胸くそ悪い事をしたか、言ったかしたんだろうけど……。
非常に居心地が悪い。
わたしと一緒に入った小白鳥の皆も困惑した顔をしている。
「サリーちゃん!」
声をかけられ視線を向け――ぎょっとする。
片方の頬を腫らした受付嬢のハルベラさんが必死の表情で立っていたからだ。
いつものメガネも、フレームが曲がっていて、何とか掛けられているって有様だ。
「どどどうしたの!?」
わたしが駆け寄り、白いモクモクを出すと、ハルベラさんはそれを制す。
そして、わたしの手を取り、「まずはあちらをお願い」と連れて行く。
「うわっ!」
お兄さん冒険者の人が倒れていて、職員さんが顎に布を押し当てていた。
いや、お兄さん冒険者っていうか――赤鷲のライアンさんだった!
近くに目に涙を浮かべているアナさんや苦悩な顔をしているマークさんもいる。
アナさんがわたしを見ると「サリーちゃん!」とボロボロ涙をこぼし始めた。
わたしは慌てて、ライアンさんのそばに膝を突く。
赤鷲の団長は目を閉じたままピクリともしない。
口やら血がにじみ出ていて――これ、顎が砕けてる!
わたしは慌てて、白いモクモクを出すと、ライアンさんの顎にまとわりつける。
骨を回復させるのは結構難しくて、下手をすると変な風にくっ付きそうになる。
ただ、なんやかんや冒険者の皆を回復してきたので、その辺りはうまく出来るようになっている。
白いモクモクで顎を持ち上げ、調整しつつ回復する。
あと、歯も割れたり砕けたりしていたけど、口に残っていたものや、落ちていた欠片を使い、一応、治した。
あとで、調整は必要かもしれないけど。
治療しつつ「一体、何があったの?」とアナさん達に訊ねると、受付嬢のハルベラさんが苦痛を耐えるように言う。
「わたしが悪いの。
領主様が冒険者を酷使しろと、徹夜になっても探させろって言うから……。
わたし達、冒険者組合にはそのような事を強制する権限はありませんって言ったの。
そしたら、わたし、殴られて――さらに蹴られそうになった所をライアン君が庇ってくれたんだけど……。
それに怒った、護衛騎士に殴られたの」
マークさんが「あんな金属製の小手を付けたまま殴ったら、普通死ぬぞ!」と怒りを噛みしめるように呟いた。
「なによそれ!」
と小白鳥のヘルミさんが怒声を上げる。
「そんなこと、許されるの!?
ふざ――」
「止めろ!」
更に続けようとするヘルミさんを、巨漢冒険者のパットさんが肩を掴み止める。
「なんでよ!」と睨むヘルミさんに、普段無表情なパットさんにしては珍しく、
「いちいち声に出すな。
ここにいる、〝誰もが〟同じ思いだ。
だから、いちいち言うな」
「っ!」
ヘルミさんは歯を噛みしめ、パットさんの手を雑に払った。
すると、わたしの肩に手が置かれた。
視線を向けるとハルベラさんが頬を張らしたまま、少し困ったような笑顔でこちらを見ていた。
「サリーちゃん、そんなに不安そうな顔をしないで。
大丈夫よ」
わたし、そんなに不安そうな顔をしてたのかな?
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