フレドリクさんからケルベロスの話を聞こう!2

 突然、ドサドサと重い物が落ちる音があちらこちらから聞こえてきた。

 いくつも、いくつも……。

 慌てて視線を向けると闇大猩猩やみだいしょうじょう達がそこら辺に転がっておった。

 木の上にいた奴らも、立っていた奴らも、等しく地に横たわっていた。

 そのどれも、ピクリとも動かない。

 それらの表情には苦悶の色は見えなかった。

 ただ、呆けたような顔をしていた。

 呆けたまま生気を失い、ただ、死んでいる。

 そんな有様じゃった。


 わしらは混乱した。


 助かったのかもしれない。

 だが、それ以上に何が起こったのか分からず、ただただ、うろたえるだけだったんじゃよ。


 すると、突然、わしの体に影が覆い被さってきた。


 空気がひんやりとしたものが混じり、悪寒が体中を駆け抜けた。

 そう、わしらは……。

 わしらは闇大猩猩やみだいしょうじょう”ごとき”で大騒ぎをしている場合じゃなかったんじゃよ。


 誰も、声を出さなかった。


 森も、魔獣も、仲間達も――そして、わしも……。

 たった、一体の魔獣によって、氷付けにされたようだった。

 寒いのに、汗が狂ったように流れた。

 世界が止まったかのようなその場所で、背後から微かに「シャ~、シャ~」という声だけが聞こえた。

 逃げなくては――いや、”逃がしてください”、そればかりを思った。

 すると、しばらくすると、声がな、聞こえてこなくなったんじゃ。


 ひょっとしたら、見逃してくれたのか?


 若いわしは恐る恐る振り返ったのじゃ。

 すると、眼前に巨大な蛇の真っ赤な目があった。

 更に、巨大な犬の三首が冷たい視線でわしのことを見下ろしておった。

 そこからは、正直、良く覚えておらん。


 わしを救助してくれた騎士が言うには、奇声を上げながら森を走っていたとのことじゃ。

 それ以来、わしは戦闘に出るのが怖くなってしまっての。

 残念ながら、魔法師団で出世することは出来なかったのじゃ」


 闇大猩猩やみだいしょうじょうってのはよく分からないけど、大人のケルベロス、凄く強そうなのは分かった。

 アナさんやクッカさん達も、顔を青ざめさせていた。

 ただ、ケルちゃんと、ケルちゃん彼女に抱きついてモフモフを堪能しているヘルミさんだけは、暢気な感じに「がうがう」とか「気持ちいい~」とか言っていた。



 結界を抜けて、我がに到着!

 う~ん、色々と疲れた……。


 あれから、やってきた組合長のアーロンさんはケルちゃんを見るなり「お前、やっぱりか!」などと騒ぎ出した。

 なので、物知らずなマッチョ系組合長にきちんと「この子はケルベロスじゃないよ! 多頭犬たとうけんって魔獣なんだよ!」って教えて上げた。

 フレドリクさんも加勢してくれたので、アーロンさんは何やら渋い顔をしつつも「多頭犬たとうけん……か」と一応、納得してくれた。

 もっとも、その後、失礼なことに「お前が関わっている魔獣が、そんな生やさしいものとは思えないんだが……」などとぶつくさ言っていた。


 もう、最近のアーロンさんはわたしの扱いが酷い気がする!


 一応、従魔登録の許可を得たケルちゃんだけど、残念ながら町中をむやみに連れて歩くのは駄目だと言われた。

 ケルちゃんが――というより、特定の魔獣や魔物以外はもともと駄目なんだとか。

 なので、町に連れてきた場合は、前に受付嬢のハルベラさんに連れて行ってもらった待機場に預けるようにとの事だった。

 元々、その話は訊いていたので問題なかったんだけど、ひょっとしたら、ケルちゃんが不満そうにするかな?

 何て思いつつ、様子をうかがうもケルちゃん、沢山の人に撫でて貰えるのが嬉しいのか、「がうがう」言いながらアナさん達にすり寄るのが忙しく、話を聞いていなかった。


 ま、まあ、いいかな?

 その時になったら、話せば……。


 その後、門まで向かうと、門番のジェームズさん達に驚かれた。

 だけど、愛想の良いケルちゃんに皆、すぐに表情が柔らかくなった。

 門番のジェームズさんに少々呆れた声で「従魔の魔道具は多首の魔獣でも、一つの首に付ければ良いんだぞ」と言われてしまった。

 もっとも、仮に買う前に聞かされていたとしても、首一つに付けると揉めるだろうから、結局は三首に付けただろうけどね。

 因みに、恐ろしい顔のジェームズさんに対しても、ケルちゃんは臆すことなく”撫でて!”という様に「がうがう!」と近づいていた。


 凄い!


 そんなケルちゃんを撫でながら、「なかなか、元気が良いな」と首を撫でているジェームズさん、身の程知らずの若者に笑いかけるボスみたいで、ちょっと怖かった。


 従魔の待機小屋の紹介を受けた後も、小白鳥の皆やアナさん達がケルちゃんの相手をしてくれるみたいなので、その間、ヴェロニカお母さんの手巾しゅきんを生地屋さんに売りに行った。

 生地屋さんの店長さんに「今度、帝都に行くから出来るだけ沢山、刺繍をして欲しい!」と頼まれてしまった。

 もちろん、ヴェロニカお母さんにブラックな仕事をさせるつもりはないので「出来るだけ、ね」と答えておいた。

 何やら、更に増えた怪しい宗教団体を避けるように進みつつ、待機小屋に戻る。

 帰ろうとしてるのに、「この子は小白鳥の団に入るの!」とか訳の分からないことを言いつつ、ケルちゃんの背中にへばりつくヘルミさんを、クッカさん達と引き剥がし、ケルちゃんが”このお姉さんも連れて帰ろう?”というように「がうがう」言うのを「残念ながら、ヘルミさんは我がの国法で入国が禁止されてるの」と宥めつつ、町から出て、帰ってきた。


「お疲れ様」

と言いつつ、ケルちゃんから荷車を外して上げた後、家の中に入れて上げる。

 ケルちゃん用荷車を片付けた後、わたしも家に入ると、シャーロットちゃんが駆け寄ってきて「お帰りなさい!」と抱きついてくれる。


 可愛い!


「ただいまぁ~!」とハグし返しつつ帽子を外していると、ニコニコ顔のヴェロニカお母さんが近寄ってきた。

 そして、シャーロットちゃんがケルちゃんと一緒に家の奥に向かうのを見つつ、小声で訊ねてきた。

「町ではどうだった?

 やっぱり、ケルちゃんは入れなかったでしょう?」

「え?

 普通には入れたよ?」

「え!?」

 ヴェロニカお母さんは目を見開いて驚く。

 そして、何やら焦りながら小声でさらに続ける。

「いや、あの、組合長は良いと言ったの!?

 ほら、ケルちゃんってケルベロスでしょう!?」

 おお、ヴェロニカお母さんはケルベロスを知っていたんだ。

 まあ、一応だけど、”流石は”と言っておこうかな?

 しかし、残念ながら、見識が浅いと言わざる得ないなぁ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る