フレドリクさんからケルベロスの話を聞こう!1
視線を向けると、顔を強ばらせたキズナシ君がガクガク震えていた。
ケルちゃんと並んでみると、キズナシ君はやっぱり小さい。
やっぱり怖いのかな?
「大丈夫だよ?」
と声をかけるも、後ずさり、振り返ると、地面とテントの隙間に顔を突っ込み、無理矢理外に出て行った。
「お、おい!」
とエイダンさんがその後を追っていく。
えぇ~!
「ササ、サリーちゃん!」
ん?
視線を向けると、アナさんがケルちゃんに指をさしながらガクガク震えている。
「ケ、ケ、ケルちゃんって、まさか……。
ケ、ケ、ケルベロス……じゃないわよね?」
あれ、アナさんはケルベロスを知ってるのかな?
わたしが答える前に、「ほっほっほ!」という愉快そうな笑い声が聞こえてくる。
火蜥蜴の団団長のフレドリクさんだった。
おじいちゃんな団長さんは温和な顔をアナさんに向ける。
「アナちゃんはなかなか博識のようだが、この子はケルベロスではないぞ」
……え!?
驚愕するわたしを尻目に、フレドリクさんが続ける。
「まあ、わしも一瞬そう思ったが、この子にはケルベロスの特徴がかけておる。
ほれ、あの尻尾の先を見てみい」
え?
尻尾?
小白鳥の皆が抱きついているケルちゃんの、その尻尾をアナさんと一緒に見る。
細長い尻尾、それがどうしたのかな?
だけど、アナさんは気づいたみたいで、「ああ、なるほど!」と合点が言ったという様な顔をする。
フレドリクさんは嬉しそうに頷く。
「そうじゃ。
ケルベロスであれば、尻尾は蛇の姿をしてなければならない。
じゃが、その子のものはただの尻尾、つまり、別の種族と言うことになる」
えぇぇぇ!
衝撃の事実!
ケルちゃん、実はケルベロスでなかった!?
他の火蜥蜴のおじいちゃん達も「蛇で無ければ確実にケルベロスじゃないのう」とか「わしもうっかり騙される所じゃった」とか言っているから、間違いなさそう!
嘘でしょう!?
完全にケルベロスだと思い込んでいた!
あれ、でも、エルフのテュテュお姉さんもケルベロスって言ってなかったっけ?
あ、でも、言及していなかったかな?
ひょっとして、ケルベロスを思い出していただけかもしれない。
これは恥ずかしい!
わたしが羞恥に悶えていると、センちゃんに抱きついているヘルミさんがモフモフの毛から顔を上げ「じゃあ、ケルちゃんは何の魔獣なの?」と訊ねる。
フレドリクさんは右手で自分の顎を撫でながら、少し考えるそぶりを見せつつ答える。
「多首犬の一種では間違いないじゃろう。
基本、首は二つのものが多いが、それ以上のものもいない訳ではない。
わしが見た中で最多は五首じゃな」
首五つ!?
もう、訳が分からなくなりそう!
「それにしても、ケルベロス、のう。
懐かしいのう」
と言いつつ、フレドリクさんがレフちゃんの頭を撫でると、嬉しそうな左首ちゃんはもっともっととおじいちゃんに促すようにすり寄る。
「ほっほっほ!
甘えん坊な子じゃのう」
と更に撫でている、フレドリクさんにアナさんが訊ねる。
「フレドリクさんはケルベロスを見たことがあるのですか?」
「ん?
ふぉっふぉっふぉ!
あるぞ。
ずいぶん若い頃じゃったがのう」
えぇ~!
「戦ったの?」
とわたしが訊ねると、一瞬、目を丸くしたおじいちゃんは大笑いをし始めた。
「若い頃、向こう見ずと良く窘められたわしじゃが、流石にそこまでは出来んかったのう。
仮にそのようなことをしておったら、ここにはおるまい」
ケルベロスにあったのは、まだまだフレドリクさんが若い頃で、帝国魔術師団の行軍中に、
「ここら辺にはいないが、賢く、独特の鳴き声で魔術すら操り、木々の影に溶けるように接近してくる
自分で言うのも何じゃが、わしは魔術師団の選良で、仲間達も生きてさえいれば名のある魔術師になっただろう、素晴らしい若者ばかりであった。
じゃが、所詮、行軍と言っても、三十人ほどでしかなく、恐るべき
「キキ!」という独特の鳴き声を口ずさみ、加虐的な笑みを浮かべているその猿型の魔物に対して、高い鼻は無残に折られ、ただただ逃げ惑うことしか出来なかったのじゃ。
そのことも有り、何とか木々が開けた明るい場所に向かおうと駆けていた。
一人、また一人と仲間達が欠けていく。
背後から絶叫が投げかけられ、時には友の首が上から降ってくることすらあった。
それでも、わしは、わしらは何も出来なかった……。
ただ、自身が助かるために駆けていたのじゃ」
少なくとも、我が
そんなことを考えつつ、フレドリクさんの続きを聞く。
「すると、薄暗い木々の中、明るい場所が見えてきたのじゃ。
森の切れ目だ! 助かる! と必死にそちらに向かって駆けた。
少なくとも、闇からの奇襲が出来なくなるのでやり返せる、そう思ったんじゃ。
だが、そこに飛び込んだ時に目に入ったのは、
体長は荷馬車を2台連ねたぐらいか。
暗闇よりもなお深く見える黒い毛に覆われた3つの犬の顔は冷たい目をこちらに向けていた。
そして、尾から伸びる細長い蛇が、こちらに向けて威嚇をするかの様に、わしなど一呑みに出来そうな口を大きく開け「シャ~シャ~」と声を漏らしていた。
わしはもう、一目で分かった。
生きる伝説、フェンリルと双璧を成す、最悪の魔獣、”死を見送るもの”ケルベロスじゃとな。
どれくらい、呆然としていたのかは分からない。
だが、後ろから仲間が悲鳴を上げて、我に返った。
振り向くと、
更に、森の奥から地獄から湧き上がってくるような笑い声が聞こえてくる。
それは、五十匹ぐらいはいたと思う。
対する、わしらは既に十人ほどになっておった。
凶暴な殺意の並に襲われ、わしは――情けないことにその場にひざまずき、丸まってしまった。
魔術師としての――魔術師団の団員としての矜持など投げ捨てて、頭を抱えて蹲ってしまったのじゃ。
微かな生き残る可能性すら投げ捨てる暴挙じゃが、それほどまでにただ、わしは怯えてしまったのじゃ。
もちろん、その時のわしもそのことは重々承知していた。
だから、すぐ訪れるだろう最悪の結末を怯えて震えておったのじゃ。
じゃがのう。
全く来ないのじゃ。
どころか、音がしないのじゃ。
先ほどまで放たれていた殺気も、嘲笑するように響いていた奇声も、どころか、辺りで鳴いていた魔鳥の気配も気づいたら聞こえない。
恐る恐る顔を上げても、
動くのは師団の、困惑した顔の仲間だけだったのじゃ。
「し、死んでる!?」
という声が聞こえ、視線を向けると先ほど襲われていた仲間が、起き上がり、怖々と見下ろしている。
その視線の先にはぐったりと横たわる
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