ワイバーン君で問題発生!?

 林に到着すると、白狼君は帰っていった。

 今日は獲物は無しだ。

 がっかりした顔でこちらを見てきたから、「昨日、大きなリクガメ君を狩ってあげたでしょう?」と言ったら、”仕方がないご主人様だ”というように一鳴きすると、帰っていった。


 えぇ~!

 何なの、あの態度!

 まったく、ろくでもない狼だ!


 ぷりぷり怒りながら、荷車を引いていると、林の先に人の気配を感じた。

 目をこらすと、赤鷲の団の皆だった。

 何やら、辺りを見渡している。

「お~い!」

とわたしが手を振り近づくと、それに気づいた赤鷲の皆が振り返してくれる。

「何をやってるの?」

とわたしが訊ねると、三人して苦い顔になった。

「領主様に探索するよう命令されたんだ」

「探索?

 何を?」

「ん~……」

 赤鷲の団団長のライアンさんは少し考えた後、「すまんが、俺の口からは言えん。組合長にでも聞いてくれ」と少し済まなそうな顔をする。

 ひょっとしたら、ワイバーン偽竜君関係の話かな?

 だとすると、余り突っ込んだ話をしない方が良いかな?


 もう少し探索するという赤鷲の皆と別れて、町に向かう。


 門の前に、何人もの冒険者が立っていた。

 なんだか、皆、不機嫌そうだ。

「お~い、どうしたの?」

 わたしが手を振り近づくと、わたしに気づいた皆は、笑顔で手を振り返してくれる。

「いや、領主様からの命令で、ちょっとな……」

 いつも陽気で、しかも、口が軽いとよく怒られている冒険者のおじさんが、何やら奥歯に物が挟まったような事を言っている。

 こちらも、何やら大変そうだ。

「頑張って!」と言って上げると、笑顔で頷いてくれた。


 門番のジェームズさん達に挨拶をしつつ、町に入る。

 今日は狩りをしていないので、冒険者組合に向かう。

 ん?

 何やら、入り口の前に高級そうな馬車が停まっていた。

 あ、入り口から派手な格好をしたおじさんが出てくる。

 わたしは、荷車ごと路地に入り、そこから様子を窺う。

 何やら、派手な格好のおじさんは偉そうな顔で、見送りをしているらしきアーロンさんやハルベラさんに対して「本当にゆゆしき事だぞ!」とか「信用問題だ!」とか言いつつ馬車に入っていく。

 そして、馬車の窓から「この過失は、必ず補うように!」とか叫んでいた。

 アーロンさんやハルベラさんはただ、頭を下げてそれを聞いている。

 馬車が走り出しても、しばらく頭を下げていたアーロンさんだったけど、しばらくすると、顔を上げた。


 その形相に思わず「ひっ!」って漏らしちゃった。


 眉を限界まで寄せ、顎が強ばり、顔を赤くさせて――比喩でも何でも無く、青筋が額に浮き出ていた。

 怯えたのはわたしだけでは無かったようで、通りすがりの人たちも、ギョッとした顔になり、逃げるように離れていく。


 えぇ~

 何があったんだろう?

 っていうか、わたし、大激怒しているアーロンさんに用があるんだけど!


 頭を抱えつつ思い悩み、再度、組合に視線を向けた。

 ……思いっきり、アーロンさんと目が合った。

 呆れた顔をしながらため息を付く組合長は、さっさと来い! というように手招きをした。



 荷車を預けた後、入った冒険者組合の中は、重苦しい空気になっていた。

 冒険者の多くが苛立っている様子だったし、組合の職員さんの表情も硬かった。

 アーロンさんの後ろにいるわたしに気づいた冒険者の皆は、少し、表情を柔らかくして手を振ってくれたけど、すぐに元に戻った。

 わたしは黙って進むアーロンさんの後を追いながら、組合長室に入った。

 そして、手で促されるまま、いつもの長椅子に座る。

 対面に座ったアーロンさんは、深くため息を付いた。

「黙っておこうとも思ったんだが、ここまで大事になってしまったからな。

 絶対にお前の耳に入るだろうから、その前に話しておく。

 ワイバーンの件で、領主様が――実に下らない事で騒ぎ立てている」「領主様が?

 また、怖がってるの?」

 赤ムカデ君の事もあり訊ねると、何故かアーロンさんは吹き出した。

 そして、「くくく」とニヤけながら続ける。

「そういえば、そのようなそぶりは見せていないな。

 そう考えると、あの方にしては勇敢と言えなくないか……。

 だが、領主様が騒ぎ立てているのは、そこではない。

 ワイバーンの一匹、その片翼が無い事だ」

「え?

 何が問題なの?」

 まあ、不自然と言えばそうだけど、騒ぐほどのものでもない気がする。

 それに、さっきの偉そうな人は「ゆゆしき事」とか言っていた。

 よく分からない。

 わたしが首を捻っていると、アーロンさんは深くため息を付いた。

「領主様が言うには、”自分の物”であるワイバーン、その貴重な翼を盗んだ者がいるといって騒いでいるのだ」

 ???

「どういうこと?

 拾ったのは赤鷲の皆なんだよね?

 だったら、赤鷲の皆のものなんじゃないの?」

「もちろんそうだ。

 そうなんだが……。

 領主様は”自分の領地”に落ちていたものは自分のものだと強硬に言い始めてな。

 ワイバーンは三匹とも没収したんだ」

「はぁ~!」

 わたしは思わず声を上げてしまった。


 いや、何なのその理屈は!?

 え!?

 つまり……。


「拾ったものを――」ふんだくったあげく、片翼が無い事に言いがかりを付けているの! と叫ぼうとするわたしの口を、アーロンさんは手で塞ぐ。

 そして、据わった目で「お前の思っている通りだが、口に出すな」と小さな声で言った。


 いや、でも、酷すぎない!?


 アーロンさんはわたしの口から離した手で、苛立たしげに頭を掻いた。

 わたしが上げたワイバーン偽竜君が面倒な事になっている。

 そうでなくても、片翼を切らずにわたしていれば、あの偉そうな人にもあんな言われ方はされなかっただろう。

「ごめんね、アーロンさん……」

と謝るも、アーロンさんは首を横に振る。

「お前は全く悪くはない。

 一欠片もだ。

 あのワイバーンは、お前が善意でくれたものだしな。

 それに、わしの言う通りにしてくれた。

 悪いのはわしだ。

 まさか、あそこまでとは……」

 アーロンさんは両手で顔を覆い、俯いてしまった。

 わたしは、それにかける言葉が無かった。



 組合の職員さんが冷房の魔道具を荷車に積んでくれたので、お礼を言いつつ組合から離れる。

 なんだか、ワイバーン偽竜君の件、軽い思いつきだったのに後味が悪い事になっちゃったなぁ。


 あの後、アーロンさんから「この件について、お前は一切何もするな!」と厳命を受けてしまった。

 どれだけ、良かれと思った事でもろくな事にはならないらしい。

 仮に、どうしても必要だと思ったら、アーロンさんに相談するように言われた。

 まあ、わたしだってこれ以上、面倒な事にはなりたくないので、同意した。

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