弱っている闖入者?2

「姫ちゃんは回復魔法よりも前に、あの白い玉を食べさせようとしてるんだけど……。

 先に回復させた方が良いかな?」

「止めた方が良いんじゃない。

 妖精姫ちゃんがそれを頼まないと言う事は、何か理由があるんでしょうから」

「そうだよね……」

と言いつつ、片足立ちになると、靴と靴下を脱ぐ。

 もう片方も脱ぐと、それぞれの足のパジャマのズボン、その裾をまくる。


 ……こんな事だったら、スカートに履き替えてくれば良かったかも。


 そんな事を考えつつ、そっとため池の方に近づく。

 そして、足先から水に入る。


 ちょっと冷たいけど、これぐらい問題ない。


 足が池の底に付くと、龍君は体をビクっと震わせて、こちらを見た。

 そして、池の中で暴れ出す。


 ちょ、ちょっと!?


 妖精姫ちゃんが慌てた感じに飛んできて、外に出るよう指示をしてきた。

 急いで出ると、龍君は落ち着きなく泳ぐものの、大人しくなる。

 一体どうしたんだろう?


 そんな事を考えていると、困った顔をした姫ちゃんが、身振り手振りをする。


 え?

 わたしの強さが伝わった?

 それで怯えちゃったのかも?

 困ったなぁ。


「わたくしがやるわ」

「え?」

 振り返ると、イメルダちゃんが靴を脱ぎながら続ける。

「妖精ちゃん達のように上から渡そうとされると怖いんじゃないかしら?

 わたくしが水の中から食べさせてみるわ」

「いや、弱っているとはいえ、危ないかもしれないよ?」

 仮に本当に龍だったら危険だ。

 だけど、イメルダちゃんは首を横に振る。

「大丈夫よ。

 こんなに怯えているのに池の中に留まっているって事は、それだけ力が弱っているって事でしょう?

 それに、わたくしの様に、力の無い子供からの方が、素直に食べてくれるかもしれないし」

「そうかもしれないけど……」

 視線を姫ちゃんに向けると、妖精姫ちゃんはやや渋い顔ながらも頷いた。

 念のためだろう、近衛騎士妖精の白雪ちゃんと黒風こくふう君がイメルダちゃんの脇を固める。

 わたしも、イメルダちゃんの後ろに移動し、すぐにでも助けられる様にする。

 イメルダちゃんはそれを横目で見つつ、水に濡れないように寝間着である白のワンピースの裾を左手で持ち上げ、右手で妖精姫ちゃんから白い玉の欠片を受け取る。

 そして、白い足をそっと水の中に入れる。

 イメルダちゃんの脇から様子を覗くと、水の中にいる龍君は、一瞬、ビクッと震えたが、わたしの時のように過剰な反応はせず、イメルダちゃんの方に視線を向けている。

 やはり、怖がっているようで時折、落ち着き無く、体を捻らせている。

 そんな、龍君に対してイメルダちゃんは「大丈夫よ。これを食べれば元気になるから」と言いながら、上半身を屈め、欠片を持った手を水中に差し込む。

 龍君の体が強く震えた。


 まずい!


 わたしはイメルダちゃんの腰を抱えて、引き寄せる。

 イメルダちゃんが「きゃ!?」と悲鳴を上げるのと同時に、池の上で静電気の様な物が弾けた。


 実際の威力としては多分、大したことは無いし、仮にイメルダちゃんに直撃してもしびれる程度だとは思うけど、それでも、ドキドキしてしまった。

 威嚇だったのか、実際、それが精一杯なのかは分からないけど、怖い事をするのは止めて欲しい。


 そんな事を考えつつ、視線を池に戻すと、龍君が、力を使い切ったかのようにお腹を向けて浮かび始めた。

 必死に戻そうとしているようだけど、その力は弱い。


 まずいかも!


 すると、手の中にいたイメルダちゃんが抜け出し、池の中にバシャバシャと入って行く。

「ちょ!?」

 わたしも後を追おうとするも「サリーさんは来ないで!」ときっぱり言われてしまう。


 えぇ~!


 龍君の近くまで行ったイメルダちゃんは、スカートが濡れるのも構わず、その場にしゃがむと、龍君の体を起こす。

 そして、「食べなさい!」と口元に玉の欠片を持っていく。

 だけど、龍君、弱々しく首を振って食べたがらない。

 それを見たイメルダちゃんは、妖精姫ちゃんの方に顔を向けると、叫ぶように言う。

「姫ちゃん!

 欠片これ、わたくしが口にしても大丈夫!?」

 妖精姫ちゃんは驚いた様に目を見開いていたけど、イメルダちゃんが「どうなの!?」と再度問う勢いに飲まれたように、コクコクと頷いた。

 イメルダちゃんはそれに頷き返すと、龍君に言い聞かせる。

「ほら見て!

 食べても大丈夫な物だから」

 そして、龍君に見せるように、欠片を少し、口に入れた!?


「ちょ、本当に大丈夫なの!?」

 わたしが焦ったように訊ねると、姫ちゃんは”た、多分大丈夫……のはず”と言うように身振り手振りをする。


 いや、多分じゃ困るんだけど!?


 そんなやり取りをしている間に、イメルダちゃんは白い玉の欠片を龍君の口元に近づける。

 イメルダちゃんが食べたので安心したのか?

 それとも、抵抗をする力がもう無いのか?

 目を開けるのも辛そうな龍君は、口の中に差し込まれるそれを、そのまま受け入れた。

 そして、喉をゴクリと鳴らす。

「もう少し、頑張って!」

 イメルダちゃんは元気づけるように声をかけながら、近衛騎士妖精の皆が持ってきた白い玉の欠片を、龍君の口の中に入れていく。


 もう、大丈夫なのかな?


 すると、妖精姫ちゃんが身振り手振りをする。


 え?

 体力回復魔法?

 ゆっくりとね、了解!


 近づきすぎるのもつたないかと思い、白いモクモクをそっと伸ばし、イメルダちゃんの腕の中にいる龍君を包む。

 龍君、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 大丈夫かな?

 魔法をかけつつ、そっと近づき、様子を見る。

 静かに寝息を立てている。


 可愛い!


 イメルダちゃんが訊ねてくる。

「ねえ、この子は魔獣になのかしら?」

「魔獣……。

 なのかな?

 龍って」

「”りゅう”?

 この子、”りゅう”って生き物なの?」

「……ごめん、そうかなぁ~って思っただけで、確信は無い。

 見た目が、空想って言うか、物語に出てくる龍に見えたの」

「物語の生き物……。

 ”りゅう”ってどんな生き物なの?」


 う~ん、改めて龍って何か聞かれても、よく知らないなぁ。

 日本とか中国で出てくる妖怪? っていうのが、正しいのかな?


「わたしが知っている話だと、川とか山にいる、神様みたいな存在?

 怒らせたら、嵐やら雷やらが起きるとか」

 イメルダちゃんが眉を寄せる。

「神様って、六神ではなく?」

 そういう返しをされると困る。

「異国の神様なの」というと「異国の……。そうなのね」と少し渋い顔をしながらも頷いた。

 すると、籠を持った妖精メイドのサクラちゃん達が飛んできて、龍君をそちらに入れるよう身振り手振りをする。

 あと、黒バラちゃんがイメルダちゃんの寝間着の肩辺りを引っ張る。


 あ、池の中にいると風邪を引いてしまうか。

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